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第70話 二つの狩人

 朝の空気が、二つの方角から重かった。

 ラスティカの南門からは、白い法衣の一団が街道を歩いてきていた。教会の調査団。三名。白い法衣に銀の十字架。後方に聖騎士が一名。護衛だろう。整然とした足取り。ドルクがギルドの受付で待ち構えている。

 同時刻。アリアが酒場に駆け込んできた。亜麻色の髪が乱れている。眼鏡が曇っている。

「カイト。もう一つ来てる。南東から。闇市の匂いが——人間じゃない。悪魔の気配。しかも」

 アリアの眼鏡の奥の瞳が、恐怖で揺れていた。

「レクスの契約相手のものに似てる。あの下級悪魔の系統。……三体。森の中を、ミルフィ村に向かってる」

 レクスの下級悪魔。あの粘ついた声の悪魔。レクスの寿命を喰いながら、裏で悪魔勢力に情報を流していた。「辺境に聖と魔の変換器がある」——ユイの情報を、悪魔勢力に売ったのだ。

 教会と悪魔。光と闇。二つの狩人が、同時にユイに向かっている。

 ◇

 リーゼが碧い瞳で状況を整理した。

「二正面作戦よ」

 酒場の隅。四人と、アリア。ドルクが教会の調査団を受付で足止めしている間に、対策を組む。リーゼの碧い瞳が全員を見渡した。

「教会は法的な手段で来る。調査令状を持っている以上、暴力では対抗できない。力でねじ伏せれば、こちらが犯罪者になる。……だが悪魔は力で来る。法的手段は通じない。殺すしかない」

 リーゼの碧い瞳が、一人一人を指した。

「シア。教会の調査団にはあなたが法的に対応して。ユイちゃんの治療記録。ギルドへの提出書類。教会法の手続き規定。……全部、ここに書いてある」

 リーゼが一枚の紙を差し出した。教会法の条文と手続きの要点をまとめたもの。リーゼが戦場の法律書から抜き出して、シアにも分かるように書き直した。碧い瞳の下の隈は消えていない。夜中に書いていたのだろう。

「カイトとメルティアと私で、森の悪魔を迎え撃つ。アリアは風読みで状況を中継して。教会と悪魔の動きを同時に監視する」

 全員が頷いた。シアの紫の瞳が紙を見ている。教会法の条文。追放された聖女が、自分を追放した教会の法律で、教会の調査団と戦う。皮肉だが、リーゼの知識がシアの武器になっている。

 ◇

 ミルフィ村。二手に分かれた。

 シアが診療所の前で待った。診療所の壁に沿って植えられた花が、朝の風に揺れている。花の甘い匂い。ユイが活けた花と同じ種類の野花が、外にも咲いていた。その匂いの中に、白い法衣の調査団がミルフィ村に入ってきた。三名。先頭の男が書類を掲げた。「聖戦令に基づく聖属性調査。この村で聖女の治療を受けている少女について、調査を行う」

 シアが一歩前に出た。銀色の髪。紫の瞳。フードを外していた。顔を隠さなかった。

「私はこの少女の治療を担当している聖属性使いです。治療記録は全てラスティカのギルド本部に提出済みです」

 調査団の先頭の男が、シアの顔を見た。目が細くなった。「……聖女シア? 教会を追放された——」

「追放の理由は治療行為の無断実施であり、聖属性の使用資格は剥奪されていません。教会法第三十七条に基づき、ギルド登録の聖属性使いとして活動する権利は保持しています」

 シアの声が震えていなかった。紫の瞳が真っ直ぐに調査団を見ている。半年前のシアなら、教会の法衣を見ただけで身が竦んだだろう。今は違う。リーゼが整理した教会法の条文が、シアの背骨になっている。

「調査であれば正式な手続きを。対象者への事前通知と、対象者の権利告知と、ギルドマスターの立会いが必要です。教会法第五十一条。……これらの手続きなしに少女に接触することは、法的に認められません」

 調査団の男の顔が歪んだ。教会法を盾にされるとは思っていなかったのだろう。追放された聖女が、教会の法律でこちらを止めてくる。

 ◇

 同時刻。ミルフィ村の東の森。

 走っていた。リーゼが先頭。俺とメルティアが後ろ。針葉樹ではなく広葉樹の森。新緑が頭上を覆っている。木漏れ日が地面に模様を作っている。だが、空気の匂いが変わっていた。森の土の匂いと、新緑の匂いの中に——甘くて腐った匂いが混じっている。闇市の匂い。悪魔の瘴気。

 メルティアの赤い瞳が鋭くなった。「三体。前方百メートル。……下級よ。上位じゃない。だけど、数が多い」

 木々の間に、影が動いた。灰色の肌。尖った耳。赤黒い瞳。小柄な体。三体の下級悪魔が、森の中を低い姿勢で這うように進んでいた。ミルフィ村の方角に。ユイの方角に。

「止める」

 火と雷を呼んだ。爆炎ブラストを先頭の悪魔に叩き込んだ。森の木が一本折れた。悪魔が悲鳴を上げて転がった。残り二体が左右に散った。

 リーゼが右の一体に突っ込んだ。剣が弧を描いた。悪魔の腕を切り落とした。灰色の肌が裂けて、黒い血が飛び散った。人間の血とは違う色。違う匂い。酸味のある、錆びた鉄の匂い。

 メルティアの影が左の一体を拘束した。地面から伸びた影の触手が、悪魔の両脚を絡め取った。動きが止まった。

「下級の分際で。契約者の寿命を喰いながら、他の悪魔に情報を売る。……悪魔の風上にも置けないわ」

 メルティアの赤い瞳が、捕らえた悪魔を見ている。♪がない。上位悪魔の怒り。契約の倫理に反する行為への、千年の矜持からの怒り。

 三体を撃退した。殺しはしなかった。下級悪魔は実体が脆い。傷を負えば一時的に退却する。だが消滅はしない。また来る。

 口の中に鉄の味が広がった。属性酔い。爆炎一発分の消耗。魔印が微かに——ほんの微かに脈を上げた。進行としては誤差の範囲。だが、「誤差」が積み重なれば数字になる。

 ◇

 ミルフィ村に戻った。

 診療所の前。シアが教会の調査団と向かい合っていた。調査団の先頭の男が、苦虫を噛み潰した顔をしていた。

「……再調査の手続きを取ります。次回は正式な令状を持って参ります」

 調査団が踵を返した。白い法衣がミルフィ村を出ていく。シアが紫の瞳で見送っていた。汗が額に浮いている。緊張していたのだ。法的論理で教会と渡り合うのは、戦闘とは別種の消耗がある。

「シア。よくやった」

「……リーゼさんのメモのおかげです。教会法の条文がなければ、何も言えませんでした」

「言ったのはお前だ。条文を知っていても、口に出せなければ意味がない。……お前の声が、ユイを守った」

 シアの紫の瞳が潤んだ。だが涙は流さなかった。唇を噛んで、頷いた。

 診療所の窓が開いていた。ユイが窓辺に立っていた。紫がかった灰色の瞳が、遠くの森を見ていた。

「……お兄ちゃんが戦ってた。見えたよ。黒い光と赤い光がぶつかってた。森の中で。……怖くなかった。お兄ちゃんの光が勝ったから」

 ユイの目には、村の外で起きた戦闘が「光の衝突」として視えていた。カイトの魔属性の黒と、メルティアの赤と、下級悪魔の赤黒い光がぶつかる様子が。

 視えている。全部、視えている。

 二つの狩人を退けた。だが、どちらもまた来る。教会は正式な令状を持って。悪魔は更に数を増やして。

 ユイを守る方法は、ユイを隠し続けることではない。ユイ自身の力を、ユイ自身のために使えるようにすること。そうすれば、ユイは「守られる存在」ではなく「自分で立つ存在」になれる。

 だが、その方法がまだ見えない——


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