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第67話 視る者

 ミルフィ村の空気は、花の匂いで甘かった。

 翌朝。ラスティカからミルフィ村へ。馬車で半日。教会の調査団が来る前に、ユイに会わなければならなかった。

 診療所に入った。窓辺の花瓶が増えていた。前は一つだった。今は三つ。黄色い花、白い花、紫の花。窓辺が色とりどりに埋まっている。花の匂いが部屋全体に漂っていて、診療所の消毒液の匂いを押し返していた。

 ユイが椅子に座って花を活けていた。新しい花瓶に、摘んだばかりの花を入れている。茎に朝露がまだ残っている。紫がかった灰色の瞳が花を見ている。笑顔。変わらない。穏やかな笑顔。戦場の記憶が嘘のように遠くなる顔。

「お兄ちゃん! また来てくれたの?」

「ああ。来た」

 何のために来たかは、言わなかった。教会がお前を確保しようとしている、とは。言えるわけがない。十四歳の少女に、自分が「聖なる器」として狙われていると。

 ユイが紅茶を入れてくれた。メルティアの入れ方とは違う。ユイは砂糖を多めに入れる。甘い。温かい。戦場で鉄の味に慣れた舌に、砂糖の甘さが沁みた。

 ◇

 シアが診療所の外に俺を呼んだ。

 村の通り。春の風。野花の匂い。シアの紫の瞳が真剣だった。

「カイトさん。ユイちゃんの『変換』について、新しい発見があります」

「聞く」

「前回は、ユイちゃんの体が魔素を聖属性に近い形に変換している、とお伝えしました。体の外にも微量の聖属性が放出されている、と」

「ああ」

「その後、治療を続ける中で、もう一段階先が見えました」

 シアが言葉を選んでいた。紫の瞳が地面を見ている。

「ユイちゃんは『聖と魔の変換器』です」

 変換器。

「魔素を取り込んで、聖に近い力に変えて、体の外に放出している。自動的に。無意識に。……これは、普通の人間の体にはない機能です。ユイちゃんの体だけが持っている」

 シアの紫の瞳が俺を見た。

「そして——この機能は、封印陣の調律点と同じ原理で動いています」

 封印陣の調律点。聖と魔の均衡を取り直す場所。俺が蝕を使って調律を行った、あの場所。

 頭の中で、線が繋がった。

「待ってくれ。封印陣の調律点は、聖と魔の均衡を取る場所だ。ユイの体がそれと同じ機能を持っているなら——ユイ自身が、歩く封印陣の一部ということか?」

 ノアの声が外套の中から低く響いた。

「……近い。だが正確ではない」

 千年の魔導書が、俺の推理を修正する。

「ユイの体は封印陣そのものではなく、封印陣を『読む』能力を持っている。変換器であると同時に、封印陣の構造を感知する能力がある」

「感知する?」

「ユイの『魔力が視える目』は、人間や魔物のオーラを視るだけではない。封印陣の設計図を直接視ることができるかもしれない。千二百年前の封印の構造が、ユイの目には見えている可能性がある」

 封印陣を直接視る目。エリシアの学術的な解析ではなく、メルティアの千二百年前の記憶でもなく。ユイ自身の目で、封印の残骸を直接見る。

 教会がこれを知れば「聖なる器」として確保する。聖属性の生成と封印構造の可視化。教会にとって、ユイは道具になる。

 悪魔がこれを知れば「変換器」として利用する。魔素を変換し、封印を読み取る。悪魔にとっても、ユイは道具になる。

 どちらにとっても——ユイは人間ではなく機能として扱われる。十四歳の少女が、花を活けて笑っている少女が、機能として。

 ◇

 診療所に戻った。

 ユイがテーブルの前に座っていた。花瓶の花の角度を直している。いつものように。紫がかった灰色の瞳が花を見ている。

 隣に座った。

「ユイ」

「ん?」

「……お前の目に、何が見える?」

 ユイが首を傾げた。紫がかった灰色の瞳が、俺を見た。不思議そうに。怖がってはいない。日常の質問のように受け取った。

「何って……光の色だよ」

「光の色?」

「人の周りの光。みんなにあるの。お兄ちゃんの黒いの。シアちゃんの白銀。メルティアさんの赤。リーゼさんの碧。……みんな違う色で光ってるの」

 ユイの声は穏やかだった。特別なことを話している意識がない。「見えるもの」を、「見えるまま」に話しているだけ。生まれた時からこうだったのだろう。比較対象がない。自分の「視える目」が特別だと知らない。

「……他には?」

「あとね、地面の下にも光がある」

 心臓が跳ねた。

「青い線みたいなの。ずっと前からあるよ。この村の下にも、ラスティカの下にも。細い線がたくさん走ってて、ところどころで交差してるの」

 封印陣だ。千二百年前に設置された封印陣の残骸。青い線。ユイには、地面の下の封印陣の構造が「視えて」いた。ずっと前から。ただ、それが何なのか知らなかっただけ。

「最近ちかちかしてるの」

「ちかちか?」

「うん。前は静かに光ってたのに、最近は点滅してる。それと……青い線の間に、黒い穴みたいなのが見えるの。穴から、暗い風が吹いてる」

 黒い穴。冥渦だ。ユイの目には、冥渦が「黒い穴」として視えている。暗い風——冥渦から吹き出す瘴気を、ユイは「風」として感知している。

 封印陣の構造だけでなく、冥渦の位置まで視える。エリシアの設計図は学術的な解析だ。メルティアの記憶は千二百年前の知識だ。だがユイの目は、今この瞬間の封印陣をリアルタイムで視ている。

 修復の精度が、段違いに上がる。

「お兄ちゃん? なんで怖い顔してるの?」

 ユイが俺の顔を覗き込んだ。紫がかった灰色の瞳。この瞳に、世界の設計図が映っている。千二百年前の封印の残骸と、今まさに開こうとしている冥渦が。

「……怖い顔なんかしてない」

「してるよ。眉間に皺がある」

 ユイが指を伸ばして、俺の眉間に触れた。小さな指。温かい。力が弱い。だがその指が触れた瞬間、眉間の力が抜けた。

「大丈夫だよ、お兄ちゃん。私の目のこと? 前から見えてるから、怖くないよ。綺麗だもん」

 綺麗。

 ユイにとって、「視える」ことは恐怖ではない。世界を見る方法の一つ。花の色を見るのと同じように、人の光を見て、地面の下の青い線を見ている。怖がっていない。花を活けるように、自然に。

 リーゼが部屋の隅で碧い瞳を細めていた。腕を組んで壁に凭れている。ユイの言葉を全て聞いていた。碧い瞳の中に、計算がある。ユイの能力の戦略的価値を、既に測っている。だが同時に、別の色もあった。十四歳の少女が「綺麗だもん」と笑う姿を見ている、柔らかい色。

 メルティアが窓辺に立っていた。赤い瞳が、ユイを見ている。窓から差し込む春の光の中で花を活けている少女。その少女の周囲の空気が、微かに揺れている。聖属性のフィールド。風がないところで揺れる花弁。

 メルティアの赤い瞳に、複雑な色が浮かんでいた。千二百年前の封印と同じ機能を持つ少女。天使だった自分が作った封印の、写し身のような存在。

 ユイは「視る者」だった。

 封印陣の構造を視る目。聖と魔を変換する体。この少女の存在が、聖戦の鍵になる——だが、鍵は常に、鍵穴を持つ者に奪われる。


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