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第35話 王都冒険者の矜持

 王都北方。貴族領ヴァルフェン。


 馬車で半日の距離だった。街道を北に進むと、平地が丘陵に変わり、森が深くなっていく。貴族の領地の境を示す石柱が街道脇に立っていて、家紋が刻まれていた。鷹と剣の意匠。


 依頼は貴族領の領主からギルドに出されたもの。領地の森に大型の森棲獣「グリムファング」の群れが棲みついて、家畜を襲い、木こりを追い、領民が森に入れなくなっている。Bランク以上のパーティを要請。


 だが、この依頼にはロスト・エデンだけでなく、もう一つのパーティが参加していた。


 Aランクパーティ「鉄騎の盟約」。


 五人のパーティ。全員が銀の鎧を纏っている。教会の聖騎士ではなく、ギルド所属の冒険者。だが鎧の質と手入れの良さが、歴戦の集団であることを物語っていた。


 リーダーが馬車から降りた。


 長い黒髪を編み込みにまとめた女。鋭い切れ長の目。引き締まった体。左頬に古い刀傷が一筋走っている。銀の鎧が体に馴染んでいる。着ているのではなく、鎧ごと体の一部であるかのような佇まい。


 イレーネ・ヴァルトシュタイン。Aランク冒険者。「鉄騎のイレーネ」。


 イレーネの目が、俺たちを順に見た。カイト。メルティア。シア。そして、リーゼ。


 リーゼのところで、視線が止まった。


 リーゼの腰の剣。鞘。構え方。立ち姿。イレーネの切れ長の目が、数秒でそれを読み取った。


「あなた、シュタイン家の剣を使うわね」


 リーゼの碧い瞳が一瞬揺れた。体が微かに硬くなったのが、隣にいて分かった。


「没落したとはいえ、あの型は本物よ。左足の重心、右肩の角度。シュタイン流の基本構え。……見間違えない」


「……お詳しいのですね」


「私も下級貴族の出。騎士団の訓練で、シュタイン流を目にしたことがある。実際に使う人間に会ったのは初めてだけど」


 リーゼの硬さが解けた。碧い瞳が、イレーネを真っ直ぐに見返した。


「没落していても、剣は錆びません」


 イレーネの切れ長の目が、微かに緩んだ。笑ったのではない。だが、認めた目だった。


「いい答えね」



 ◇



 森に入った。


 冬の森。葉を落とした広葉樹の間を、灰色の光が差し込んでいる。枯れ葉が地面に厚く積もっていて、足を置くたびに乾いた音がする。獣の匂い。苔と腐葉土の匂い。そして、微かに混じる血の匂い。


 グリムファングの痕跡が至る所にあった。木の幹に刻まれた爪痕。深い。樹皮だけでなく、木部まで抉れている。太い枝が折れて地面に落ちている。何かが通った跡。大きい。


「グリムファング。知能が高い森棲獣。体長二メートル前後。牙と爪が武器。だが最も厄介なのは群れの戦術行動。罠を見抜き、待ち伏せをし、挟撃する。……獣ではなく、軍隊に近い」


 イレーネが低い声で説明した。歩きながら。足音を立てない歩き方。Aランクの身のこなしは、移動中から違う。


「群れの規模は?」


「斥候の報告では八から十。リーダー個体が一。合計九から十一」


「多いわね」


「多い。だが、鉄騎が五、ロスト・エデンが四。合計九。数では互角。……問題はリーダー個体の強さ」


 イレーネの目が森の奥を見た。切れ長の目に、警戒の色が浮かんでいた。


「リーダー個体はAランク相当。通常のグリムファングより二回り大きく、甲殻のように硬い毛皮を持つ。前回の斥候が一人負傷している」


 森の奥から、低い唸り声が聞こえた。複数。方向が定まらない。グリムファングが、俺たちの接近を察知している。



 ◇



 戦闘は、グリムファングの方から仕掛けてきた。


 左右の茂みから同時に飛び出した。四体。二体が鉄騎の盟約の前衛を狙い、二体がロスト・エデンの側面を突いた。


 挟撃。獣の戦術。


 鉄騎の盟約の反応が速かった。前衛の二人が盾を構える間に、中衛の槍使いが左の個体を突いた。槍が肩を貫く。後衛の弓使いが右の個体の目を狙って矢を放った。目を潰されたグリムファングが方向を見失い、前衛の大剣が胴を叩き斬った。


 二体を、五秒で処理した。


 動きに無駄がなかった。声すら出していない。アイコンタクトと足音だけで連携している。隊列が一度も崩れなかった。盾が前衛を守り、槍が中距離を制圧し、弓が遠距離の隙を潰す。攻守が一体の、完成された陣形。


 Aランクの練度。十年の経験が作った「型」。


 こちらも二体を処理したが、鉄騎の盟約ほど滑らかではなかった。リーゼが一体を斬り、俺が火で一体を焼いた。倒せた。だが、鉄騎の方が一手早かった。


 差がある。個人の実力ではない。連携の成熟度。呼吸を合わせた回数の蓄積。Bランクとの差は、「経験の厚み」だった。


「続くわ。囲みに来る」


 イレーネの声が森に響いた。直後、六体が四方から現れた。先ほどの四体より大きい。成体。目が赤い。


 乱戦になった。


 鉄騎の盟約が三体を引き受け、ロスト・エデンが三体を受けた。メルティアの影縛りが二体の脚を止め、リーゼが一体ずつ仕留めていく。シアの聖属性障壁が横殴りの爪を弾く。俺が火と雷で援護する。


 だが、鉄騎の盟約の戦い方を横目で見ていて、学ぶことが多かった。撤退判断が的確だ。敵の攻撃が想定以上に重い時、前衛が無理に受けずに一歩下がる。その一歩が、槍使いの反撃の空間を作る。攻めるだけでなく、退くことで攻める。


 六体を処理した。


 だが、最後の一体がまだ来ていない。


「リーダー個体。……来るわ」


 イレーネが剣を構え直した。切れ長の目が森の奥を見ている。


 地面が揺れた。


 足音ではない。重量だ。枯れ葉が振動で跳ねている。木の幹が微かに揺れている。何かが、近づいている。


 茂みが裂けた。


 巨大だった。通常のグリムファングの二倍。体長四メートル。毛皮が灰色ではなく、鉄のような光沢を帯びている。甲殻に近い硬質の毛。目が三つあった。通常の二つに加えて、額の中央にもう一つ。赤く光る三つの目が、俺たちを同時に見ていた。


 唸り声が腹に響いた。低周波。内臓が揺れるような振動。


 リーダー個体。Aランク相当。


 イレーネが動いた。


 速い。Aランクの速度。銀の鎧を着ているのに、風のように走った。剣が弧を描いてリーダー個体の首を狙う。


 刃が毛皮に当たった。火花が散った。硬い。甲殻並みの毛皮を、斬れていない。刃が滑って、肩口に逸れた。浅い傷。


 リーダー個体が反応した。前脚の爪がイレーネを薙いだ。イレーネが剣で受けた。金属音。体が吹き飛んだ。二メートル。背中から木の幹に激突した。幹が折れた。


「イレーネ!」


 鉄騎の盟約の前衛が叫んだ。イレーネが地面に膝をつく。左腕を押さえている。鎧の肩当てが砕けて、腕から血が流れていた。


「……大したことない。前に出なさい」


 膝をついたまま、イレーネが指示を出した。声に乱れがない。負傷しても、指揮は崩さない。鉄騎の盟約の前衛二人がリーダー個体に向かった。盾と大剣で牽制する。だが、リーダー個体の爪が重い。盾が軋む。押されている。


 Aランクパーティが、押されている。


 行くしかなかった。


「リーゼ、鉄騎の前衛と合流して牽制を続けてくれ。メルティア、影で脚を!」


 走り出した。


 メルティアの影がリーダー個体の足元に走った。影が後脚に絡みつく。一瞬の拘束。だがリーダー個体が力任せに脚を引き抜いた。影が裂ける。メルティアが「硬い……!」と呻いた。


 一瞬だけ動きが止まった。その一瞬で十分だった。


 土と風を呼んだ。土に触れると足元が揺るがなくなる。風を纏うと体が軽くなる。二つの属性を掌の中で重ねる。


 砂塵のサンド・プリズン


 地面から砂と土の粒子が巻き上がった。風が渦を巻いて砂塵を集め、リーダー個体の全身を包み込んだ。砂の渦が締め付ける。拘束。対単体。


 リーダー個体が暴れた。砂塵の檻が軋む。亀裂が走る。長くは持たない。だが——


 火を呼んだ。胸の奥で何かが燃える。怒りに似た熱。


 砂塵の隙間から火を流し込んだ。砂が高温で焼けて、ガラス質に変化する。砂の檻が、灼熱のガラスの檻になった。リーダー個体が悲鳴を上げた。硬質の毛皮が焼けて、黒い煙が上がる。


 リーゼが飛び込んだ。ガラスの檻の隙間から。剣がリーダー個体の喉を突いた。深い。毛皮が焼けた部分は、鉄の硬度を失っている。刃が通った。


 リーダー個体が崩れた。四メートルの巨体が横倒しになって、森の地面を揺らした。砂塵のガラスの破片が飛び散って、冬の灰色の光の中できらきらと光った。


 膝が折れた。


 地面に手をついた。口の中に鉄の味。視界の端が微かに揺らいでいる。三属性の融合使用。属性酔いの第一段階を超えかけている。第二段階の入口。


「カイト!」


 リーゼが駆け寄った。「大丈夫?」


「……大丈夫。少し使いすぎた」


「また? 毎回言ってるわよそれ」



 ◇



 戦闘が終わった。


 鉄騎の盟約の回復役がイレーネの腕を治療している。シアも手伝おうとしたが、イレーネが「こっちは足りてる。自分のパーティを見なさい」と断った。


 イレーネが包帯を巻かれながら、俺の方を見ていた。左腕を吊って、切れ長の目で。


 立ち上がった。包帯の巻き終わりを結び目で止めて、俺の前に来た。


 右手を差し出した。


「……認めるわ。あなたたちはBランクの器じゃない」


 鉄騎のイレーネの手。剣を振り続けてきた手。硬い掌。刀傷。


「王都に戻ったら、推薦状を書く。Aランク審査を受けなさい」


「……まだ早い」


「早くない。遅いくらいよ」


 イレーネの切れ長の目が、まっすぐ俺を見ていた。言葉は少ない。だが、少ない言葉の一つ一つに重みがある。十年の経験が、言葉を削って磨いた結果の簡潔さ。


 手を握った。硬い掌と、硬い掌がぶつかった。


 イレーネが振り返りざま、リーゼに声をかけた。


「あなたも。シュタイン家の剣、もっと見せなさい。王都にはあの剣を知る者がいる。錆びさせるには惜しい」


 リーゼの碧い瞳が、一瞬だけ広がった。それから、頷いた。強く。


 帰りの馬車の中で、リーゼはずっと窓の外を見ていた。森が遠ざかっていく。碧い瞳に、何かが灯っていた。イレーネの言葉が、リーゼの中で火をつけたものがある。


 Aランクへの道が、外側から開かれ始めた。


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