第32話 王都の流儀
王都での初任務は、翌朝に来た。
ギルド本部の掲示板から依頼書を取る。ヘルムートが指定した五件の中から、最も緊急度の高いものを選んだ。
王都南門外の街道に出没する「鉄甲蟲」の群れ。Bランク標準依頼。商隊の通行に支障が出ており、至急の駆除を要請。
「鉄甲蟲。体長一メートル前後の甲虫型魔物。名前の通り甲殻が鉄に近い硬度を持っていて、通常の剣では傷がつきにくい。群れで行動する。個体数は二十から三十」
リーゼが依頼書の裏に添付された魔物図鑑の抜粋を読み上げた。
「物理攻撃が効きにくい。火属性は有効だが、甲殻の内部に熱が通りにくく、表面だけ焼いても効果が薄い。弱点は甲殻の関節部分と、腹部の軟組織」
「硬い殻を割るか、殻を溶かすか、殻の隙間を突くか。三択ね」
メルティアがジョッキから目を上げた。朝から麦酒を飲んでいる。王都でもその習慣は変わらない。
「殻を溶かす。火と土で溶岩弾を使えば、甲殻の硬度は関係ない」
「融合魔法を初手で使うの? 消耗が心配だけど」
「二十体程度なら、溶岩弾を数発と通常属性の併用で足りる。第二段階には入らない」
リーゼが頷いた。作戦は固まった。
◇
南門を出て、街道を三十分ほど歩いた地点。
街道の両側に冬枯れの灌木が茂っていて、その奥に鉄甲蟲の巣があるらしい。地面に掘り返された穴が点在していて、黒い土が盛り上がっている。甲虫が掘った跡だ。
先客がいた。
街道の脇に、五人のパーティが陣を敷いていた。重装の前衛が二人。弓使いが一人。魔法使いが一人。そして、中央に立つリーダーらしき大柄な男。
男がこちらに気づいた。
「おい。この依頼は俺たちが先に受けた。後から来た奴に横取りされる筋合いはねぇぞ」
声が大きい。態度も大きい。筋肉質の腕を組んで、俺たちを見下ろしている。胸の鎧にギルドの紋章と、パーティ名が刻まれていた。「白銀の牙」。Bランク。
「横取りじゃない。同じ依頼を並行で受けている。ギルド本部の受付で確認済みだ」
「並行? 聞いてねぇぞ。……ああ、お前たちか。辺境から来たっていう」
男の目が変わった。品定め。俺たちの装備と人数を見ている。四人。全員が軽装に見える。重装の前衛がいない。
「辺境のBランクが王都で通用すると思うなよ。ここはお前たちの遊び場じゃない」
声に侮蔑が混じっていた。だが、敵意というよりは縄張り意識だ。王都のBランクとしてのプライド。辺境から来た無名のパーティに、自分たちの領分を荒らされたくない。
「通用するかどうかは、結果で見せる」
「……ふん。好きにしろ。ただし、俺たちの邪魔はするなよ」
男が背を向けた。白銀の牙のメンバーが、灌木の方に向かっていく。
リーゼが小声で言った。
「感じ悪いわね」
「気にするな。結果で黙らせればいい」
「……それ、ドルクの台詞に似てるわね」
「似てない」
「似てるわよ♪」
メルティアが口を挟んだ。♪つき。余裕がある。
◇
灌木の奥に入ると、すぐに鉄甲蟲が現れた。
黒い甲殻。体長一メートル。六本の脚が地面を掻いて、がしゃがしゃと金属的な音を立てている。甲殻の表面に鈍い光沢がある。叩けば鉄を叩いた音がするだろう。
最初に動いたのは白銀の牙だった。
前衛の二人が大剣を振り下ろした。刃が甲殻に当たる。硬い音。火花が散った。甲殻に傷がつかない。
「くそ、硬えぞ!」
「関節を狙え! 脚の付け根だ!」
弓使いが矢を放った。矢が甲殻に弾かれて飛んだ。鉄の甲殻に、通常の矢は通じない。魔法使いが火球を撃った。甲殻の表面が焦げたが、中まで熱が通っていない。甲蟲は平然と動いている。
白銀の牙が苦戦していた。物理攻撃が通らない。火属性も表面だけ。関節を狙おうにも、甲蟲は体を丸めて関節を隠す防御姿勢を取る。
一方、こちら。
「カイト」
リーゼが剣を構えたまま、俺を見た。碧い瞳が「やって」と言っている。
火と土を呼んだ。火を呼ぶと胸の奥で何かが燃える。土に触れると足元が揺るがなくなる。二つの属性を掌の中で重ねる。
溶岩弾。
拳大の赤熱した岩石の塊が掌の前に生まれた。温度は溶岩に等しい。顔に熱波が当たる。空気が揺らぐ。
放った。
溶岩弾が一体目の鉄甲蟲の甲殻に着弾した。
音が違った。白銀の牙の大剣が弾かれた甲殻が、溶岩弾の前では紙のように溶けた。赤い光が甲殻に沁み込んで、黒い表面がオレンジ色に変わる。鉄が融点を超えている。甲殻が液状化して垂れ落ち、中の軟組織が露出した。
リーゼが飛び込んだ。露出した急所に剣を突き入れる。一撃。鉄甲蟲が痙攣して動きを止めた。
二体目。溶岩弾。甲殻が溶ける。リーゼが斬る。
三体目。メルティアの影縛りで動きを止めて、俺が溶岩弾で殻を溶かし、リーゼが仕留める。
四体目。五体目。六体目。
流れ作業だった。俺が殻を溶かし、リーゼが急所を突く。メルティアが逃げる個体を影で拘束し、シアが聖属性の障壁で飛び散る溶岩の破片からパーティを守る。
十五分で十二体。
白銀の牙が、八体の鉄甲蟲に囲まれて膠着している間に、こちらの担当分は終わっていた。
口の中に薄い鉄の味。溶岩弾を六発。属性酔いの第一段階の入口。軽い。すぐに消える程度。
「……終わったわね」
リーゼが剣の刃についた体液を布で拭いた。息はほとんど乱れていない。
白銀の牙のリーダーが、こちらを見ていた。
大剣を甲殻に叩きつけていた腕が止まっている。額に汗。息が上がっている。八体の鉄甲蟲はまだ健在で、白銀の牙の前衛二人が盾代わりに立っている。
俺たちが十二体を片付けた。同じ時間で。
男の顔に、いくつもの感情が走った。驚き。屈辱。否定。そして、最後に——認めたくないが認めるしかない、という表情。
「……手伝おうか」
「要らねえ!」
男が叫んだ。だがその声に、さっきの侮蔑はなかった。代わりに、意地があった。自分たちの分は自分たちでやる、という意地。
白銀の牙が戦い方を変えた。大剣で殻を叩くのをやめて、魔法使いの火属性で関節部分を集中的に焼き、前衛が軟化した関節を狙って斬る。俺たちの戦い方を見て、即座に応用した。適応が速い。この男たちも、腕は悪くない。
三十分後。白銀の牙が残りの八体を片付けた。
男が俺の前に来た。汗まみれ。大剣を肩に担いでいる。
「……次は負けない」
それだけ言って、背を向けた。さっきの「遊び場じゃない」とは、声の色が違っていた。侮蔑ではなく、競争。見下しではなく、対等の宣言。
リーゼが「悪くない反応ね」と小さく笑った。
◇
ギルド本部で報告書を提出した。
受付嬢が書類を確認しながら、処理速度と効率を記録している。
「鉄甲蟲十二体、十五分。Bランクの標準討伐時間が三十分ですから……上位の実績ですね。融合魔法による甲殻の無力化が特に効果的だったようです」
数字が記録された。ヘルムートが求めた「数字」。達成率。速度。効率。王都のギルドは、全てを数値で評価する。
報告を終えて酒場に降りた。テーブルについて、四人分のジョッキを注文した。王都の麦酒。エルデンのものよりは飲みやすいが、ラスティカの味ではない。
酒場は昼間から賑わっていた。冒険者たちのテーブルから、断片的な会話が聞こえてくる。
「聞いたか、辺境のパーティ。鉄甲蟲を十五分だってよ」
「溶岩弾って何だ? 火と土の融合? 聞いたことねぇな」
「全属性使いだろ。悪魔契約で全属性覚醒したって噂の」
「へぇ。で、実際どんな奴なんだ?」
「普通の兄ちゃんだったぜ。灰色の髪の。大した風貌じゃない」
「ふーん。面白いな」
面白い。
その一言に、辺境との温度差を感じた。
ラスティカでは、「悪魔契約者」という言葉は恐怖を運んでいた。石を投げられた。店で物を売ってもらえなかった。視線が刃だった。
王都では、「悪魔契約者」は酒の肴になる話題だった。「面白い」「へぇ」「ふーん」。遠い土地のゴシップ。実害がない限り、興味の対象であっても恐怖の対象にはならない。五十万人の都市では、一人の悪魔契約者など、大通りを歩く人波の中の一粒に過ぎない。
少し楽だった。石を投げられないのは楽だ。
だが、少し寂しかった。ラスティカでは、良くも悪くも「顔」があった。名前を呼ばれた。リタに書類を押しつけられ、ドルクに「まだ生きてるか」と言われ、農村のおばあちゃんに焼き芋をもらった。
ここでは、「面白い話題」であって、「人間」ではない。数字と噂で消費される存在。
ジョッキの麦酒を啜った。ぬるい。ラスティカのリタが注ぐ麦酒は、もう少し冷たかった。
「カイト。顔が暗いわよ」
リーゼの碧い瞳が、俺を見ていた。
「暗くない」
「嘘。ラスティカが恋しいんでしょう」
「…………」
「私もよ。少しだけ」
リーゼが麦酒を一口飲んで、顔をしかめた。「ぬるいわね」。同じ感想だった。
メルティアが赤い瞳で酒場を見回していた。
「王都は広いわね。この酒場だけで、ラスティカのギルドの三倍はある。……でも」
「でも?」
「暖炉がないわ。大きすぎて、全体が温まらないのよ」
そうだ。この酒場には暖炉がない。代わりに壁際に大きな鉄のストーブがあるが、五階建ての広いフロアを温めるには足りていない。テーブルの下で足が冷える。
ラスティカの酒場は小さかった。暖炉が一つあれば、全体が温まった。
小さい方が、温かいこともある。
だが、ここが今の戦場だ。小さな楽園は後ろに置いてきた。前を向くしかない。
「明日も依頼がある。早めに切り上げよう」
「はーい」
四人がジョッキを空けた。王都の麦酒は、二杯目から少しだけ馴染んできた。
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