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第29話 名前が先に歩く

 依頼書が、いつもと違っていた。


 リタがカウンター越しに差し出した紙には、ラスティカのギルド印ではなく、見慣れない紋章が押されている。二頭の鹿が向かい合う意匠。


「エルデンの街からの広域依頼よ。ラスティカから馬車で二日の距離。辺境の外縁、王都寄りの中規模都市」


 リタの声がいつもより改まっていた。


「エルデン近郊の廃坑に上位の不死型魔物——レヴナントが出現。Bランク以上のパーティを要請。しかも」


 リタが依頼書の一行を指で示した。


「指名依頼。パーティ名『ロスト・エデン』宛て」


 指名。名前を指定して、依頼を出してきた。ラスティカの外の街が、俺たちの名前を知っている。


「理由は?」


「依頼書にはこう書いてあるわ。『不死型魔物への対処経験があるパーティを希望。ラスティカのロスト・エデンは嘆きの将軍(アンデッド騎士)の討伐実績があり、聖属性使いを擁するため、レヴナント討伐に適任と判断』」


 嘆きの将軍。第9話で討伐した嘆きの地下墓地のボス。あの実績が、ラスティカの外にまで伝わっている。


「……噂が、仕事を連れてきたわけか」


「そういうこと。はいはい、書類はちゃんと書いてね。遠征は初めてでしょう? ギルド間の連携書類が要るから、余分に一枚」


 リタが書類を重ねて押しつけてきた。事務的だが、口元が笑っている。



 ◇



 馬車で二日。


 ラスティカの丘陵地帯を南東に進み、街道が平地に変わった頃、景色が変わった。枯れ草の丘がなくなり、畑と牧草地が広がっている。家の造りが石壁から木造に変わる。道幅が広くなり、すれ違う馬車の数が増えた。


 辺境から、人の多い土地に出てきた。空気が違う。人の匂い、家畜の匂い、煙の匂い。ラスティカの澄んだ冬の空気とは異なる、生活の密度が濃い匂い。


 エルデンの街は、ラスティカの三倍ほどの規模だった。石造りの城門。市場が二つ。ギルド支部はラスティカの支部より一回り大きく、二階建て。


 ギルドに入った瞬間、視線が集まった。


「あれだろ。ラスティカの……」


「悪魔契約者パーティ。教会の討伐隊を退けたっていう」


「Bランクか。見た目は普通だな」


「銀髪の小さいのが聖女だってよ。半エルフの」


 囁き声が飛び交っている。ラスティカでは慣れた空気だが、知らない街で知らない人間に名前を知られている感覚は、また別の居心地の悪さがあった。畏怖と好奇が混じった視線。辺境の「恐怖」とは温度が違う。ここでは「面白い話題」として見られている。


 シアがフードを深く被った。尖った耳を隠している。紫の瞳が不安げに揺れていたが、リーゼが黙ってシアの肩に手を置いた。シアの揺れが止まった。


 エルデンのギルド受付で依頼を受理して、廃坑の位置を確認した。街の北西、丘陵の中腹にある古い鉱山跡。五年前に閉鎖されて以来、放置されていた。一ヶ月前から、坑道の奥に光る目が見えるという報告が鉱夫から上がり始め、先週、調査に入ったCランクパーティが負傷して撤退した。



 ◇



 廃坑の入口は、丘の斜面に口を開けていた。


 木枠が腐りかけている。支柱の間から冷たい風が吹き出していた。地下から上がってくる風。湿っている。そして、微かに腐敗の匂いが混じっていた。甘くて酸っぱい、生き物が朽ちていく匂い。


「不死型の匂いね。腐肉の残り香」


 メルティアが鼻を小さく動かした。赤い瞳が坑道の暗闇を見ている。


「レヴナント。死後に魔素で再活性化した人型のアンデッド。スケルトンやゴーストより上位。肉体を持つから物理攻撃が通るけれど、魔素の核を破壊しない限り再生する」


「嘆きの将軍と同類か」


「同系統だけど、将軍ほどの知性はないわ。代わりに、再生速度が速い。斬っても焼いても、核が無事なら数分で元に戻る」


 松明を灯して坑道に入った。


 暗い。松明の光が壁に反射して、湿った岩肌がぬらぬらと光っている。水滴が天井から落ちて、足元の水溜まりに波紋を作る。規則的な音。ぽたり。ぽたり。


 坑道は下り勾配で、奥に進むほど空気が冷えていく。息が白い。肺の中まで冷える。だが、その冷たさの中に、不自然な温度の「ムラ」があった。所々で空気が生温かくなる。魔素が空気中に漂っている証拠だ。


 三つ目の分岐を右に曲がった時、シアが立ち止まった。


「……います。前方、二十メートル。強い魔素の反応。一体」


 シアの紫の瞳が暗闇を見つめている。聖属性で魔素の流れを感知している。


 暗闇の奥に、光が見えた。


 青白い光。二つ。目だった。


 レヴナントが立っていた。


 元は人間だったのだろう。だが、今は違う。灰色の皮膚。痩せこけた体。肋骨の形が皮膚の上から浮き出ている。腕が異常に長い。爪が黒く変色して、刃のように尖っている。顔に表情はない。あるのは、青白く光る二つの目と、半開きの口だけ。


 口から、嗄れた呼吸音が漏れていた。生きているのではない。魔素が空気を循環させて、呼吸の模倣をしている。生命の真似事。


 動いた。


 速い。松明の光を横切る灰色の影。爪が弧を描いて、俺の胸を狙った。


 土。地面から石の壁を隆起させた。爪が石壁に刺さる。貫通しかけている。力が強い。壁が亀裂で割れた。


 リーゼが斬りかかった。剣がレヴナントの右腕を肩口から切断した。腕が地面に落ちる。


 だが、倒れない。


 切断面から灰色の泡が噴き出した。泡が固まって、腕の形に再生し始める。五秒。まだ途中だが、輪郭が見えている。十秒もあれば完全に戻る。


「再生が速い……!」


「核を壊さないと意味がないわ。核はどこ?」


 メルティアが影を走らせた。レヴナントの体の中を影で探っている。


「胸の中央。心臓があった位置に、魔素の核がある。黒い球体。直径は拳大」


 胸の中央。だが、レヴナントが腕の再生を終えて再び動き出した。黒い爪が横薙ぎに振られる。リーゼが剣で受けた。金属音。リーゼの体が後退する。力負け。不死型は疲れを知らない。時間が経つほど不利になる。


「シア!」


「はい!」


 シアが両手を前に突き出した。白銀の光がレヴナントに向かって放たれた。


 聖属性がレヴナントの体に触れた瞬間、変化が起きた。


 再生が止まった。


 灰色の泡が、白銀の光に触れて灼けるように蒸発していく。聖属性が魔素を「浄化」している。再生の燃料である魔素が、聖属性によって燃やされている。


 レヴナントが初めて反応を見せた。嗄れた声で叫んだ。苦痛ではない。魔素を構成する自我の残滓が、浄化に対する拒絶反応を示している。


「今よ!」


 シアの聖属性が再生を止めている間に、俺が動いた。火を呼ぶ。胸の奥で何かが燃える。怒りに似た熱。


 火球をレヴナントの胸に叩き込んだ。灰色の胸郭が砕ける。内部が露出する。黒い球体。魔素の核。脈動している。


 雷。右手から紫電を放った。雷が核を直撃した。核が罅割れる。中から黒い霧が噴き出した。


 シアが白銀の光を核に集中させた。浄化の光が黒い霧を燃やし尽くす。


 核が砕けた。


 レヴナントの体から力が抜けた。灰色の肌が乾いた砂のように崩れ始める。膝が折れ、胴が崩壊し、最後に青白い目の光が消えた。


 坑道に、灰と砂塵が舞った。松明の光が粒子を照らして、金色に光っている。


 静寂。


「……聖属性が、ここまで効くとは」


 リーゼが息を整えながら言った。剣の刃に灰が付着していて、布で拭っている。


「不死型の再生は魔素が燃料。聖属性はその魔素を直接浄化できる。再生を止められれば、あとは核を壊すだけ」


 シアが額の汗を拭った。白銀の光が手から消える。消耗はあるが、マルクス戦ほどではない。局所的な浄化は、広範囲の障壁展開より負荷が軽い。


「シアちゃん、不死型の天敵ね♪」


「天敵だなんて……。私はただ、光を当てただけです」


「それが天敵なのよ」


 メルティアが微笑んだ。赤い瞳に、シアへの信頼が浮かんでいた。



 ◇



 エルデンに戻ったのは夕方だった。


 ギルド支部で報告書を提出すると、エルデンのギルドマスターが応接室に呼んでくれた。恰幅のいい中年の男。商人上がりの、人当たりの良い顔をしている。


「見事な仕事でした。レヴナントの討伐、しかも坑道内での単独パーティ戦闘。Bランクの水準を超えていますよ」


「四人の連携が良かっただけです」


「ご謙遜を。……実は、一つお伝えしたいことがある」


 ギルドマスターが声を低くした。


「王都のギルド本部が、あなたたちに興味を持っています。ロスト・エデンの名前は、もう王都にも届いている。近いうちに、本部から何らかの接触があるかもしれません」


「……王都が」


「ええ。辺境で教会の討伐隊を退けたパーティ。全属性使い。聖属性の半エルフ。……話題性は十分です。王都のギルドは、使える駒を常に探していますからね」


 駒。その言葉が引っかかった。だが、ギルドマスターに悪意はない。事実を述べているだけだ。


 エルデンの酒場で夕食を取った。四人でテーブルを囲んでいると、隣のテーブルの冒険者たちの声が聞こえてきた。


「あれだろ、悪魔契約者のパーティ。今日、廃坑のレヴナントを倒したって」


「マジかよ。あのレヴナント、Cランクのパーティが逃げ帰ったやつだろ?」


「聖属性の聖女がいるんだって。不死型には効くよな、そりゃ」


「王都で話題になってるらしいぜ。辺境の悪魔契約者が教会を退けた、って」


 声は聞こえている。俺たちの方を見ている。だが、ラスティカで石を投げられた時のような敵意はなかった。興味。好奇心。そして、少しの畏怖。


 名前が、俺たちより先に歩いている。


 ラスティカを出なければ知らなかった。この名前がどこまで届いているのか。噂は商人の馬車に乗り、街道を走り、辺境を越えて、王都にまで流れている。


 窓の外を見た。エルデンの街並み。ラスティカより大きく、ラスティカより騒がしい。その向こうに、もっと大きな街がある。王都レグナシオン。


 名前がそこに届いているなら、俺たち自身も、いずれそこに行くことになるのだろう。


 ジョッキの中の麦酒が揺れていた。琥珀色の液体に、酒場の灯りが映っている。


 エルデンの麦酒は、ラスティカのものより少し苦かった。


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