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第15話 異端審問官

 シアがロスト・エデンに加わって、五日が経った。


 生活は穏やかだった。シアは回復魔法の腕を活かして、依頼後のパーティの治療を担当した。リーゼの打撲を癒やし、俺の魔力消耗を聖属性で緩和し、メルティアには「お怪我はないですか?」と聞いて「ないわよ♪」と返される日々。メルティアが怪我をしたところを、誰も見たことがなかった。


 シアの聖属性魔法は、攻撃力こそないが、回復・防御に関しては一級品だった。聖なる障壁を展開して味方を守り、傷を光で塞ぐ。パーティに回復役がいるだけで、安全マージンが段違いに広がった。


 依頼の効率が上がった。以前なら一日で撤退していた連続戦闘を、シアの回復があれば二日間続けられる。報酬が増え、ランクの暫定評価がCに引き上げられた。


 ラスティカでの日常は、静かに、確かに回っていた。


 壊れたのは、六日目の朝だった。



 ◇



 ギルドの扉が開いた時、空気が変わった。


 物理的に。酒場の中の温度が、一度か二度、下がったように感じた。冒険者たちの声が途切れ、ジョッキを置く音が止まり、誰もが入口を振り返った。


 白い法衣の男が立っていた。


 痩身。長身。白い法衣は一点の汚れもなく、裾が床に触れる寸前で止まっている。胸に銀の十字架。首から下げた鎖が、歩くたびに微かに鳴った。


 顔を見た。


 銀縁の眼鏡。眼鏡の奥の瞳は灰色で、冷たいというより、温度という概念が存在しない色をしていた。口元に薄い笑みを浮かべている。だが、目は笑っていない。口と目が別々の表情をしている顔。


 聖属性の気配が、肌を刺した。


 俺の左腕の魔印が、びくりと跳ねた。聖属性に反応している。それも、シアの聖属性とは桁が違う。シアの力が春の陽だまりなら、この男の聖属性は真冬の日差しだ。明るいが、温度がない。


 シアが俺の隣で硬直していた。紫の瞳が見開かれて、顔から血の気が引いている。唇が微かに動いた。声にならない声。だが、読めた。


 ――審問官。


 白い法衣の男が、酒場の中を見回した。銀縁の眼鏡が蛍光灯の光を反射する。視線が端から端まで流れて、一人一人の冒険者を撫でていく。品定めではない。査定だ。データを収集している目。


 視線が、止まった。


 俺の左腕の上で。


 一瞬だけ。だが、確かに止まった。灰色の瞳が微かに細くなった。それから、俺の隣のシアに移った。尖った耳。銀色の髪。白い法衣の少女。


 男の口元の笑みが、ほんの僅かだけ深くなった。


「冒険者ギルド、ラスティカ支部。ギルドマスターとの面会を希望します」


 声は穏やかだった。低くもなく高くもなく、完璧に制御された声量。酒場の隅々まで届くが、怒鳴ってはいない。訓練された声だ。


「……教会の方か。来客の予定は聞いてねぇが」


 受付の男が警戒を隠さず答えた。


「急なことで申し訳ありません。教会異端審問局第三席、マルクス・ヴァレンティと申します。公務でこちらに参りました」


 異端審問局。


 その名前が酒場に落ちた瞬間、空気が更に冷えた。冒険者たちの何人かが席を立ちかけた。異端審問局は教会の実力組織だ。悪魔契約者や異端者を追跡・拘束する権限を持ち、必要とあらば聖属性の武力を行使する。辺境の冒険者にとっても、関わりたくない相手の筆頭。


 受付の男が奥に走った。数分後、奥の扉が開いて、大柄な男が出てきた。


 ドルク・グラニット。ラスティカ冒険者ギルドのマスター。禿頭に豊かな顎髭。樽のような体型。両腕に古い戦傷が走っている。元Aランク冒険者の肉体は五十五歳になっても衰えていなかった。


「ギルドマスターのドルクだ。用件を聞こう」


 ドルクの声は低く、太い。マルクスの制御された声とは対照的な、地面から這い上がるような重低音。


「手短に申し上げます」


 マルクスが銀の十字架に手を添えた。


「教会から追放された元聖女、シア・ルナティークの身柄確保。それが今回の任務です」


 シアの体が震えた。俺の隣で、小さな体が一度だけ大きく揺れて、それから歯を食いしばるように止まった。


「シア・ルナティークは教会の管轄下にある人物です。追放処分は教会内部の措置であり、教会外部に逃亡した場合、身柄の確保と帰還は審問局の責務です」


「……教会の内部事情は教会で処理してもらいたいもんだな。うちは冒険者ギルドだ」


 ドルクの目が据わった。大きな体を椅子に深く沈めて、腕を組む。


「シア・ルナティークは当ギルドに冒険者登録している。ギルドの登録者は、ギルドの管轄下だ。教会の権限はギルドには及ばない」


「ギルド憲章第七条、ですね。『登録冒険者の身柄はギルドが管理し、外部権力の干渉を受けない』。よく存じています」


 マルクスが眼鏡を押し上げた。灰色の瞳に変化はない。反論されることを想定していた顔だ。


「しかし、ギルド憲章第十二条にはこうあります。『登録者が国法または教会法に抵触する行為を行った場合、当該権限機関との協議のうえ、身柄の引き渡しを行うことができる』」


「シアは犯罪者じゃねぇぞ。教会から追い出されただけだ」


「追放処分を受けた者が教会の許可なく王国内を移動することは、教会法第三十一章に抵触します。技術的には違反です」


「技術的、ね。随分と窮屈な法律だ」


「法は法です。感情で判断するのは三流ですよ、ギルドマスター」


 ドルクの目が鋭くなった。だが、マルクスの視線を受けて揺るがなかった。元Aランク冒険者の眼力は、審問官の冷徹さと正面から噛み合っている。


「……言い分は分かった。だが、即時引き渡しには応じられん。ギルドの審議が必要だ。少なくとも三日はかかる」


「三日」


「辺境のギルドには辺境のルールがある。急かしても速くはならんぞ、審問官殿」


 ドルクが時間を稼いでいることは、誰の目にも明らかだった。マルクスにも分かっているだろう。だが、灰色の瞳は表情を変えなかった。


「よいでしょう。三日、待ちます」


 マルクスが踵を返しかけた。


 そして、止まった。


 振り返った。灰色の瞳が、まっすぐ俺を見た。


「もう一つ」


 声の温度が変わった。穏やかさは同じだが、その下に、刃の気配が混じっている。


「あなたは灰原カイト。ロスト・エデンのリーダー。全属性魔法の使い手。嘆きの地下墓地の踏破者」


「……よく知ってるな」


「データは常に集めています。そして」


 マルクスの灰色の瞳が、俺の左腕を射抜いた。


「あなたの左腕に感じる気配。あれは悪魔の契約印ですね」


 酒場が凍った。


 冒険者たちの視線が一斉に俺に集まった。囁きが広がる。「悪魔の契約?」「マジかよ」「あの全属性魔法って、悪魔の力だったのか?」


 マルクスの口元の笑みが、静かに深まった。


「聖女の逃亡を助ける悪魔契約者。……最悪の組み合わせだ」


「……それで?」


「三日後。ギルドの審議結果がどうであれ、私は任務を遂行します。聖女の身柄確保。そして、悪魔契約者の調査。抵抗されるなら」


 マルクスの右手が、白い法衣の袖口から光を纏った。金色の光。聖属性の魔力が、鎖の形をとって指先に巻きついている。一瞬だけ、俺に見せた。そしてすぐに消した。


「実力行使も辞さない」


 それだけ言って、マルクスはギルドを出ていった。白い法衣の裾が扉の向こうに消える。聖属性の残滓が空気に漂って、数秒後に薄れた。


 酒場に、重い沈黙が残った。



 ◇



 ギルドの裏手。倉庫の陰。


 ドルクが俺たちを呼んだ。五人。俺、リーゼ、メルティア、シア、そしてドルク。


「三日の猶予を取った。だが、あの審問官は本気だ。三日後に何があっても任務を遂行する」


 ドルクの声が低い。冗談を言う雰囲気ではなかった。


「ギルドとして教会に正面から対抗するのは難しい。辺境のギルドには、王都の教会に逆らえるだけの政治力がねぇ」


「……つまり、三日後にシアを引き渡せ、と?」


「馬鹿言うな。俺はそんなことのためにお前を呼んだんじゃねぇ」


 ドルクが俺を見た。元Aランク冒険者の目が、真っ直ぐに。


「三日後。あの審問官が動いた時、ギルドは公式には『中立』を取る。だが、街の外で何が起きても、ギルドは関知しない。……分かるな?」


 分かった。


 街の中で戦えば、ギルドが巻き込まれる。街の外なら、ギルドの管轄外だ。ドルクは「公式には手を出せないが、街の外でやれ」と言っている。


「カイト。お前の悪魔契約のことは、今さら隠しても仕方ねぇ。だが、この街で問題を起こさなければ関係ない。ここは辺境だ。事情持ちなんぞ珍しくもねぇ」


 ドルクが立ち上がった。巨体が倉庫の天井に届きそうだ。


「三日間で準備しろ。あの審問官は強い。聖鎖のマルクス。異端審問局第三席ってのは、教会の武力の中でも上から三番目だ。Aランク以上の戦闘力がある」


 ドルクが去った後、四人で顔を見合わせた。


 シアの顔が蒼白だった。紫の瞳が揺れている。唇を噛んでいる。


「……私のせいです。私がここに来たから」


「違うわ」


 リーゼの声が鋭かった。碧い瞳がシアをまっすぐ見ている。


「あなたはここに逃げてきた。逃げることは罪じゃない。追い出した側が追いかけてくるのは、追い出した側の問題よ」


「でも、カイトさんたちまで巻き込んで……」


「巻き込まれたんじゃない。自分で選んだの」


 リーゼがシアの肩に手を置いた。


「ロスト・エデンは追放者のパーティよ。仲間を教会に差し出すなんて、最初からありえないわ」


 メルティアが壁にもたれて腕を組んでいた。赤い瞳がマルクスの去った方角を見ている。


「聖鎖。……厄介ね。聖属性の拘束術は、私とカイトにとっては天敵よ」


 声が低い。冗談がない。メルティアが冗談を言わない時は、状況が本当に危険な時だ。


「三日間で対策を立てる」


 俺は言った。全員を見た。リーゼの碧い瞳。メルティアの赤い瞳。シアの紫の瞳。


「街の外で迎え撃つ。ラスティカの住人を巻き込むわけにはいかない。戦場は、こっちで選ぶ」


 左腕の魔印が、袖の下で脈打っていた。聖属性の残滓がまだ空気に漂っている。魔印がそれに反応して、警告のように熱くなっている。


 三日。


 その間に、Aランク以上の審問官に勝つ方法を見つけなければならない。


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