表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
137/140

第137話 二人の追放者、その結末

「──成立、しました……!」

 シアの声が大聖堂に響いた。

 その瞬間、俺の左腕の紋様が変わった。

 これまで暴れていた黒い糸が、静かにほどけていく。聖と魔が対立をやめる。俺の魂と悪魔契約が、初めて同じ場所に在ることを許し合う。相容れなかった二つが一つの力の表裏として、共にあることを。

 紋様は穢れではなくなっていた。

 ただの、俺の一部として、そこにあった。

 そして──静かに、薄れ始めた。

 ◇

 45%で止まっていた黒い紋様が色を失っていく。

 暴走の根が消えたから。対立が終わったから。歪みが、なくなったから。それだけの理由で、紋様は俺の腕から少しずつ消えていった。

 メルティアの体が光を取り戻していた。

 薄れかけていた輪郭が確かなものに戻っていく。契約は、解除されなかった。断たれもしなかった。ただ、俺の魂と共に在ることを、許された。それだけで、メルティアは消えずに済んだ。

「……守れたわ」

 メルティアの声が、震えていた。

「守れた……! 今度は、間に合った……!」

 千二百年抱えてきた後悔が、その一言にこもっていた。

 ◇

 だが、その、勝利の光景の中で。

 俺の前に、レクスがまだ立っていた。

 両腕を広げたまま。俺を、庇い続けたまま。金色の光が引いた後の大聖堂で、レクスは、まだそこにいた。

「レクス……!」

 俺は蝕を静かに解いた。共存の術式は、もう、俺一人で保てる。魂と契約が、自然に馴染み合っている。

 俺が触れる前に、レクスの体がゆっくりと傾いだ。俺は駆け寄って、崩れかけたその体を抱きとめた。

 両腕は、灰色ではなかった。

 いや──もう、灰色ですら、なかった。ぼろぼろと、崩れかけている。契約解除で得た、数年の猶予。それが、この一瞬で、すべて、焼かれていた。

 ◇

「……よう、カイト」

 レクスの声が掠れて、俺の耳に届いた。

 目はまだ開いていた。赤黒さの薄れた、少しだけ人間の色が戻った、あの目で。

「……調和、成功したみたいだな。……お前、腕、綺麗になってきてるぞ」

 レクスが俺の左腕に目をやった。薄れゆく紋様を、見つめた。それから、少しだけ、笑った。

「……よかった」

 俺は、返す言葉を持たなかった。何を、言えばよかったのか、分からなかった。ただ、レクスの体を抱きとめる腕に、力を込めた。

「……なあ、カイト」

 レクスが、続けた。

「お前が、俺を、殺さなかった理由。……俺、やっと、分かった気がするんだ」

 俺は、レクスを見た。噴水広場で、空っぽに笑っていた男。天幕で、澄んだ笑みを見せた男。その男が今、俺の腕の中で最後の言葉を探していた。

「殺す理由が、なかったんだよな」

 レクスの声は、静かだった。

「俺も、お前も。……最初から、敵じゃ、なかったんだ。……追放したり、追放されたり。斬り合いかけたり。……ぜんぶ、間違いから始まったけど。……最初から、敵なんかじゃなかった」

 その言葉が、大聖堂の静寂に落ちていった。前線基地の天幕で、俺がレクスに告げた答え。その本当の意味が、今、レクス自身の口から返ってきていた。

 ◇

「……いい人生、だった」

 レクスの声が、遠くなりかけていた。

「勇者、だった頃は……何も、分かってなかった。追放されて。……全部、失って。命まで、悪魔に売って。……それで、やっと、分かったんだ」

 崩れかけた腕で、レクスが俺の袖を掴もうとした。うまく掴めなかった。だが、指先が俺の袖に、確かに触れた。

「守るって、意味を。……お前に、会って。……知れた」

 レクスの目が、俺を、見た。赤黒さの薄れた瞳の奥に、澄んだ光が、宿っていた。

「……ありがとな、カイト。……お前に、追放されて、よかった」

 俺は答えられなかった。返す言葉が、喉に詰まった。噛みしめた奥歯に、鉄の味が滲んでいた。

「泣くなよ」

 レクスが、また、笑った。

 あの、天幕で見せた憑き物の落ちた、澄んだ笑みで。

「……いい、終わり方、だろ。……最後に、誰かを守って、消える。……剣は、握れなかったけど。……盾には、なれた」

 その言葉を最後に、レクスの目から光が、静かに抜けていった。

 ◇

 俺の腕の中で、レクスの体が、軽くなっていく。

 崩れた腕。灰色ですらなくなった、その腕。だが、その顔には、憑き物の落ちた、穏やかな表情があった。

 穢れた悪魔契約者としてでは、なかった。

 契約から解放された、一人の人間として。

 かつて勇者と呼ばれた男が、最後に誰かを守って、満ち足りて、この世を去った。それが、レクスという男の結末だった。

 大聖堂の高い天井から、ステンドグラス越しの光が静かに降り注いでいる。俺の腕の中に、もうレクスの息はなかった。だが、その顔は、笑っていた。

 俺は、しばらく、動けなかった。

 薄れゆく左腕の紋様を、腕の中の動かなくなった仲間を、ただ見ていた。守れなかった命の重さと、守り抜いた命の重さが、同じ胸の中で、混ざり合っていた。

 視界の隅で、香の匂いがふっと赤い色に見えた気がした。感覚侵食の名残だった。魔印が消えても、この感覚だけは完全には消えないのだと、なんとなく分かった。それでいい、と思った。全部、俺の一部だ。

 俺はゆっくりと、レクスの体を床に横たえた。

 その顔に、そっと手のひらを当てた。憑き物の落ちた澄んだ笑みが、そこに残っていた。


読んで下さりありがとうございました!

★★★★★評価と[[[ブックマーク]]]、リアクションお願いします!

Youtubeにて作品公開中!

http://www.youtube.com/@mizukara-h2z

ご感想やご質問など、ぜひコメントでお聞かせください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ