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第134話 全員の手

「ユイ、シア、メルティア──始めるぞ!」

 俺の合図で、四人の力が、動き出した。

 金色の光が、降り注ぐ、大聖堂で。誰も試したことのない、術式が、始まる。

 焼けた白檀の香に、悪魔の力の、饐えた匂いが、混じり合う。まず、ユイが、俺の左腕に、視線を、注いだ。紫がかった灰色の瞳が、奥へと、沈んでいく。これまでとは、違う。魔印の、結び目じゃない。もっと、深いところ。

「……見える。魔印の、奥。契約の……核」

 ユイの声が、震えた。

「お兄ちゃんの、魂と……メルティアの、力が、繋がってる、場所。……これが、契約の、根っこ」

 症状じゃない。根っこ。ユイの目が、初めて、そこを、捉えた。

 ◇

「シア、頼む!」

 シアが、両手を、掲げた。白銀と金色の間の、調和の光。だが今度は、魔印にじゃない。ユイが視た、契約の核へと、その光を、向ける。

「……場を、作ります。カイトさんの、魂と、契約が──共存できる、場を」

 調和の光が、契約の核を、包み込んでいく。聖と、魔。対立する、二つの力を、排除せずに、受け入れる、その光が。ゆっくりと、二つを、同じ場所に、あらしめようと、していた。

 同時に、俺は、蝕を発動した。聖と、魔の、天秤。その、指先の感覚。今までは、暴走を、抑えるために、使ってきた。だが今は──違う。俺の魂と、契約の、均衡を、保つために。二つが、溶け合いすぎて、俺自身が、壊れないように。

「メルティア!」

 俺が、呼ぶと、腕の中の、メルティアが、赤い瞳を、開いた。

「……ええ」

 メルティアの、薄れかけた手が、俺の胸に、触れた。

「私の力を……あなたの魂に、馴染ませる。……敵じゃ、なく。味方として。……千二百年で、初めてよ。契約を、こんな風に、使うのは」

 メルティアの力が、変わった。これまで、俺を、蝕んできた、悪魔の力。それが、今、ゆっくりと──俺の魂に、寄り添うように、流れ込んでくる。牙を、剥くのでは、なく。手を、差し伸べるように。

 ◇

 四つの力が、一つに、なった。

 ユイの、目。シアの、場。俺の、均衡。メルティアの、協力。

 契約の核で、聖と、魔が──初めて、対立を、やめようと、していた。

 俺の魂と、悪魔契約。相容れないはずの、二つ。教会が、「穢れ」と呼んだ、その混ざり合い。それが、今、憎み合うのでは、なく。共に、あろうと、していた。

 左腕の、黒い紋様が、変わり始めた。

 灼かれて、悲鳴を、上げていた、その紋様。それが、少しずつ──落ち着いていく。暴走の、根が、消えていく。聖と魔の、対立という、歪みが、解けていく。

「……いける」

 抑えきれず、呟きが漏れた。

「これなら──いける!」

 誰も、失わずに。メルティアも、消さずに。俺の、魔印だけを。この、忌々しい紋様だけを──

 ◇

「──無駄なことを」

 ヴィクトルの声が、大聖堂に、響いた。

 その声に、俺は、顔を、上げた。祭壇の前の、ヴィクトルが、こちらを、見ている。憑かれたような、目で。

「穢れは──祓うしか、ないのです」

 ヴィクトルが、両手を、突き出した。

「聖と、魔が、共存する、だと? そんな、まやかしが、あるものか。……穢れは、穢れ。祓うべきもの。混ざり合うなど──あって、ならない!」

 金色の光が、一気に、強くなった。

 ヴィクトルの、聖域が、出力を、上げる。「否定」の力が、俺たちの、調和を、押し潰そうと、してくる。共存を、許すまいと。混ざり合いを、断とうと。

 排除と、受容。

 二つの力が、真正面から、ぶつかった。

 俺たちの、調和の光と。ヴィクトルの、聖域の光が。せめぎ合う。金色と、白銀。祓う力と、受け入れる力。大聖堂の、空気が、軋みを、上げた。

 ◇

 だが──拮抗は、長くは、続かなかった。

 ヴィクトルの、聖域が、勝っていく。

「く……っ!」

 シアの、調和の場が、揺らいだ。聖域の、圧倒的な出力に、押し込まれていく。

「ダメ……! 場が、保てない……!」

 その、瞬間。

 共存し始めていた、俺の魂と、契約の、境界が──溶け始めた。

「……っ、ぐ、あ……!」

 激痛が、走った。

 均衡が、崩れる。聖と魔が、溶け合いすぎて、境界が、消える。口の中に、噛み切った血の味が、あふれた。このままでは、共存では、なく──混濁だ。俺の、魂そのものが、契約と、混ざって、壊れてしまう。

「カイトさん!」

「お兄ちゃん!」

 シアと、ユイの、悲鳴。俺は、蝕で、必死に、均衡を、保とうとした。だが、聖域の妨害が、強すぎる。調和の場が、崩れかけている。俺の、魂が──軋む。

 あと、少し。あと、少しで、届くのに。ヴィクトルの、聖域が、それを、許さない。

 その時。

「──猊下」

 声が、した。

 俺たちの、術式でも、ない。ヴィクトルの、声でも、ない。

 声の主は──セドリック、だった。

「猊下。……お待ちください」

 金髪の、若い聖騎士が、青い瞳に、決意を、宿して。師である男の、聖域の、その真ん中で。静かに、一歩を、踏み出していた。


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