表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
132/140

第132話 最悪の天秤

「……カイト」

 薄れゆく体で、メルティアが俺の名を呼んだ。

 金色の光は、なおも降り注いでいる。焼けた白檀の香が、鼻の奥を刺し続けていた。大聖堂を満たし、俺の魔印を灼き、そして──メルティアの存在を削り続けている。

 抱きとめた腕の中で、彼女の輪郭がまた滲む。実体が光に溶けていく。

「契約を──解除させて」

 その声は、驚くほど穏やかだった。

「今、私が消えれば。ヴィクトルの浄化は対象を失う。……あなたの魂から、穢れの源が断たれる。魔印も消える。あなたは──助かるわ」

 俺はその言葉を聞いていた。

 だが、頭が拒否していた。理解することを。受け入れることを。

「メルティア。お前──」

「聞いて、カイト」

 メルティアが俺の言葉を遮った。赤い瞳が、まっすぐ俺を見上げている。薄れゆく体で。それでも、その瞳だけは確かにそこにあった。

「千二百年前、私は……間に合わなかった」

 ◇

 その一言に、俺は息を呑んだ。

「彼が世界を救うために体を壊していくのを。教会に穢れと呼ばれて、浄化されるのを。……私はただ、見ていることしかできなかった」

 メルティアの声が震えた。千二百年、抱え続けた後悔。その重さで。

「天使だった私は、教会に逆らえなかった。彼を救えなかった。……その後悔を千二百年、抱えて生きてきた。堕天してでも彼を守ればよかったと。……何度も、何度も思った」

 メルティアの手が、俺の腕を掴んだ。薄い感触。だが、確かにそこにある意志。

「今度こそ──間に合わせる」

 その赤い瞳に、涙はなかった。ただ、千二百年分の決意だけがあった。

「あなたを死なせない。同じ後悔を、二度としない。……だから、カイト。契約を解除させて。私を消させて」

 その言葉は、懇願ではなかった。

 メルティアは、笑おうとしていた。いつもの、あの♪をつけた声で。

「……ふふ。悪くない最期でしょう? 千二百年も生きたのよ。……最後に、大切な人を救って消える。……それって、けっこう素敵じゃない♪」

 その、♪が。

 これまでで、一番、痛かった。

 ◇

「──ダメだ」

 迷いはなかった。考える必要もなかった。答えは、最初から決まっていた。

「お前を消させない」

「カイト」

「聞け、メルティア」

 俺は腕の中の、薄れゆく彼女を強く抱きしめた。感触が希薄でも。指の間からこぼれ落ちそうでも。

「俺は前に言ったはずだ。確実に助かる道を選んで、他の全部を捨てるのは──俺じゃない、って」

 メルティアの赤い瞳が揺れた。

「お前はあの時、俺を『強欲』だと言った。……ああ、そうだ。俺は強欲だ。全部、欲しい。命も、世界も、仲間も、妹も。……お前も、だ」

 俺はメルティアの目を、まっすぐ見た。

「お前を犠牲にして助かる道なんて──俺は選ばない。絶対に」

 メルティアが何かを言おうとした。だが、その言葉は出てこなかった。ただ、赤い瞳が大きく揺れた。

 ◇

 だが──状況は、待ってくれなかった。

 金色の光が強くなる。ヴィクトルの聖域が、出力を上げている。

「……無駄な抵抗を」

 祭壇の前で、ヴィクトルが静かに告げた。その顔に、もう微笑みはない。ただ、憑かれたような確信だけがある。

「その悪魔が消えれば。あなたは救われるのです。……それが正しい道。なぜ、それを拒むのですか」

 俺は答えなかった。その代わりに、周りを見た。

 リーゼが聖剣を抜いていた。「星断ち」の刀身が、金色の光に晒される。だが──吸収が起きない。

「……効かない!」

 リーゼが歯を食いしばった。

「聖域そのものが聖属性の塊よ! 吸収しようにも、規模が違いすぎる……!」

 ユイが俺の左腕に手を伸ばした。だが、魔印に触れる寸前で、金色の光に弾かれる。

「痛……っ! お兄ちゃんの魔印に触れない! 光が邪魔してる……!」

 シアが調和の光を、必死に灯していた。白銀と金色の間の、あの光を。だが、その光は聖域の圧倒的な出力の前に、押し潰されそうになっている。

「……ダメ、です。力が足りない……! この聖域は、大きすぎる……!」

 誰も。

 誰も、この聖域を破れない。

 ◇

 俺は腕の中の、メルティアを見た。

 輪郭が、また薄れた。時間がない。このままでは、何もしなくても彼女は消える。聖域に削られて。

 思考が加速する。

 方法は。他の方法は。

 結び目を解く──できない。ユイが触れられない。

 聖剣で吸収する──できない。規模が違いすぎる。

 調和で聖域を防ぐ──できない。出力が足りない。

 契約を解除する──それは、メルティアが消えることだ。

 すべての道が閉ざされていた。残されたのは、一つだけ。俺が最も選びたくない、その道だけ。噛みしめた奥歯から、血の味が広がっていく。

 メルティアの手が、俺の頬に触れた。薄い、光のような感触で。

「……カイト。もう、いいの。……あなたは、生きて」

 俺はその手を握りしめた。

 諦めない。まだ、何かあるはずだ。全部を守る道が。誰も失わない道が。

 だが──金色の光は、容赦なく降り注ぎ続けていた。

 時間は、もうほとんど残されていなかった。


読んで下さりありがとうございました!

★★★★★評価と[[[ブックマーク]]]、リアクションお願いします!

Youtubeにて作品公開中!

http://www.youtube.com/@mizukara-h2z

ご感想やご質問など、ぜひコメントでお聞かせください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ