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第127話 隠された真実

「シュタイン家の聖剣は──寄生の、魔器よ」

 リーゼの声が、大聖堂に、静かに、響いた。

 碧い瞳は、ヴィクトルから、逸れない。傍らの「星断ち」の柄に、手を添えたまま、リーゼは、続けた。

「使う者の、魔力を、吸い上げる。少しずつ、命を、削っていく。……私の父は、この剣に、魔力を、奪われ続けて、弱っていった。当主として、聖剣を、握り続けた、その代償に」

 リーゼの声に、抑えた、痛みが、滲んだ。

「弱った父は、任務に、失敗した。……そして、教会は、その父に、冤罪を、着せた。聖剣の、真実を、隠すために。魔力を吸う剣の、存在が、明るみに出れば、都合が、悪かったから。……裁判の記録を、抹消して。父を、処刑した」

 リーゼが、一歩、ヴィクトルに、近づいた。

「教会は、『正しさ』を、語りながら──真実を、隠してきた。父の、命を、犠牲にして。……これが、あなたたちの、言う、正義なの?」

 ◇

 俺は、身構えて、ヴィクトルの、反応を、待った。

 言い逃れるか。あるいは、知らぬ存ぜぬを、通すか。真実を、突きつけられた者が、見せる、動揺を。

 だが。

 ヴィクトルの、穏やかな微笑みは──崩れなかった。

 それどころか、彼は、静かに、頷いた。まるで、その事実を、認めるかのように。

「……ええ。知っています」

 その一言に、リーゼの、碧い瞳が、揺れた。

「聖剣の、真実も。あなたの父上の、ことも。……すべて、知っています」

 ヴィクトルの声は、あくまで、穏やかだった。

「あの記録を、抹消したのは──当時の、審問局長。私の、前任者です。私自身が、下した判断では、ありません。……ですが」

 ヴィクトルの、澄んだ目が、リーゼを、見た。

「私は、その、判断を、引き継ぎました。今も、その真実を、隠し続けている。……それは、私の、意志です」

 ◇

 リーゼが、息を、呑んだ。

 言い逃れも、しない。隠しもしない。ヴィクトルは、あっさりと、認めた。真実を、隠していることを。自らの、意志で。

「なぜ……!」

 碧い瞳を見開いて、リーゼの声が、震えた。

「なぜ、認めておきながら、隠し続けるの……! 父は、無実だった! それを、知っていながら……!」

「民を、守るためです」

 ヴィクトルの答えは、迷いが、なかった。

「考えても、みてください。聖剣の、真実が、公に、なれば、どうなるか。教会が、聖なる武器と、称えてきたものが、実は、人の命を、喰らう、魔器だった。……そんなことが、明るみに、出れば。教会の、権威は、揺らぐ。人々は、教会を、疑い始める」

 ヴィクトルが、両手を、広げた。この、荘厳な、大聖堂を、示すように。

「教会への、信仰を、失った、民は──救いから、遠ざかる。魂の、拠り所を、失う。死後の、安寧を、信じられなくなる。……それは、民にとって、不幸なことです。だから、私は、隠した。真実を。……民を、救うために」

 その言葉を、聞いて、俺は──背筋が、凍った。白檀の香が、ふいに、冷たく、鼻を、刺した。

 ◇

 この男は。

 真実を、隠すことすら──「救い」だと、言っている。

 嘘をつくことも。人を、犠牲にすることも。すべてが、ヴィクトルの中では、「救い」に、奉仕していた。手段を、選ばないのでは、ない。彼にとって、あらゆる手段が、正しかった。それが、「救い」の、ためで、ありさえ、すれば。

 だから、この男は、揺るがない。何を、突きつけても。どんな、矛盾を、指摘しても。すべてを、「救い」という、大義の中に、飲み込んでしまう。

「父の、死は」

 絞り出すような、掠れた声で、リーゼが問うた。

「あなたたちにとって……『救いのための、犠牲』だったと、言うの……?」

 ヴィクトルは、少しだけ、目を、伏せた。憐れむように。哀しむように。

「……悲しいことです。あなたの父上の、死は、私も、心を、痛めています。無実の人が、犠牲になった。それは、確かに、痛ましいことです」

 だが、ヴィクトルは、顔を、上げた。その目には、揺るがない、信念が、あった。

「ですが──大きな、救いのためには、時に、小さな、犠牲が、必要なことも、ある。一人の、犠牲で、万人が、救われるなら。……それは、必要な、痛みなのです」

 ◇

 リーゼは、言葉を、失っていた。

 碧い瞳が、ヴィクトルを、見つめたまま、震えている。父の死を、「必要な犠牲」と、言い切られて。その、あまりの、揺るがなさに。

 俺も、拳を、握りしめた。

 真実を、突きつけた。教会の、欺瞞を、暴いた。だが、ヴィクトルは、それを、認めた上で、なお──「救い」の、名の下に、正当化して、みせた。矛盾を、指摘しても、届かない。この男の、論理の、中では、すべてが、筋が、通ってしまう。

 どうすれば、いい。

 どうすれば、この男に──届くのか。武力でも、ない。論理でも、ない。真実を、突きつけることでも、ない。ヴィクトルの、揺るがない信念は、そのどれをも、飲み込んでしまう。

 口の中に、苦い鉄の味が、広がっていた。大聖堂の、静寂の中で、俺は、初めて──この対決の、本当の、難しさを、思い知っていた。


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