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第125話 大聖堂

 大聖堂の中は、光に、満ちていた。

 高い、高い天井。見上げれば、首が痛くなるほどの。その天井を支える、白い石の柱が、両脇に、整然と、並んでいる。壁の高いところには、色とりどりのステンドグラスが、はめ込まれ、外の光を、無数の色に、砕いて、床へと、降り注いでいた。

 白檀の香が、空気に、満ちている。清らかで、荘厳な、匂い。だが、その清らかさは、俺たちにとって、優しいものでは、なかった。

「……っ」

 隣で、メルティアが、小さく、息を呑んだ。

 赤い瞳を、細めて、わずかに、顔を、しかめている。悪魔である彼女にとって、この場所は、聖属性の、塊だった。空気そのものが、肌を、刺す。呼吸をするたびに、刃を、飲み込むような。

「大丈夫か」

 俺が、小声で問うと、メルティアは、無理に、微笑んだ。

「……平気よ。これくらい。……でも、長居は、したくないわね」

 その声には、♪の余裕は、なかった。

 ◇

 俺たちを、案内するセドリックの背中を、見ていた。

 金髪の、若い男。白い法衣。以前、ミルフィ村で対峙した時と、姿は、変わらない。だが、その足取りに、どこか、硬さが、あった。

 ミルフィ村で、セドリックは、見たはずだ。聖剣が、俺の魔印を、止めた瞬間を。教会の理屈では、説明のつかない、あの光景を。それを、彼は、まだ、消化しきれていない。穏やかな背中の奥に、その、揺らぎが、透けて見えた。

 セドリックは、振り返らずに、大聖堂の、奥へと、進んでいく。俺たちを、導きながら。その先に、待つ男のもとへ。

 ◇

 大聖堂の、最奥。

 祭壇の、前に、その男は、立っていた。

 金色の法衣を、まとっている。白髪の混じった、短い髪。齢は、五十ほどか。柔和な顔立ちに、穏やかな、微笑みを、湛えている。一見すれば、どこにでもいる、優しげな、初老の聖職者だった。

 だが、その、穏やかさの奥に──微塵も、揺るがない、何かが、あった。

「ようこそ、灰原カイト殿」

 その男が、口を開いた。ヴィクトル・ルミエール。異端審問局長。俺たちを、この場所へ、呼び寄せた、張本人。

「長い、旅路でしたでしょう。……よく、いらしてくださいました」

 その声は、柔らかかった。労わるような、響き。まるで、遠来の客を、迎えるかのように。

 俺は、身構えた。だが、ヴィクトルからは──敵意が、感じられなかった。殺意も、ない。ただ、穏やかな、善意だけが、そこに、あった。

 それが、かえって、不気味だった。

 悪意ある敵なら、身構えようも、ある。憎しみを、ぶつけてくる相手なら、憎しみで、返せる。だが、この男は、違った。心から、俺たちを、迎え入れようとしている。その、善意で。

 ◇

 ヴィクトルの、穏やかな目が、俺の、左腕へと、向いた。

 袖の下の、黒い紋様。45%で、止まった、魔印。ヴィクトルには、その、状態が、見えているようだった。

「……ほう」

 ヴィクトルが、興味深そうに、目を、細めた。

「45%で、止まっている。進行が、完全に、停止している。……これは、実に、興味深い」

 ヴィクトルが、一歩、俺に、近づいた。柔和な顔のまま。

「穢れた力を──悪魔契約という、穢れを、穢れた剣で、抑え込んだ。教会の、理では、説明が、つかない。穢れは、穢れを、生むだけのはず。それが、なぜ、鎮まっている」

 ヴィクトルの声に、純粋な、探究の色が、あった。まるで、興味深い、謎を、前にした、学者のような。

「これを、この目で、確かめたかった。だから、あなたを、この場所へ、招いたのです。……あなたが、何を、したのか。教会の理を、超えて、何を、成したのか」

 ヴィクトルが、俺の目を、まっすぐ、見た。穏やかで、澄んだ、目だった。

 そして──その口から、次の言葉が、放たれた。

 ◇

「灰原カイト殿」

 ヴィクトルの声は、あくまで、穏やかだった。

「あなたを、浄化します」

 その言葉が、大聖堂の、荘厳な空気の中に、静かに、響いた。

 あまりに、自然に。あまりに、優しく。まるで、当然のことを、告げるかのように。

「あなたの魂は、悪魔契約で、穢れている。このままでは、あなたは、救われない。……だから、私が、その穢れを、祓う。それが──あなたへの、救いなのです」

 救い。

 ヴィクトルは、そう、言った。穢れを、祓うことが。全属性を、奪うことが。悪魔との契約を、断つことが。それが、俺への、救いだと。

 その声に、一片の、迷いも、なかった。ヴィクトルは、心の底から、それを、信じていた。俺を、救うのだと。だからこそ、その言葉は──どんな、脅しよりも、静かに、重く、大聖堂に、沈んでいった。


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