第124話 王都へ
馬車の車輪が、街道の石を、規則正しく踏んでいた。
王都まで、数日の道のり。レクスの体を気遣って、俺たちは、無理をせず、ゆっくりと、進んでいた。荷台に敷いた毛布の上で、レクスは、時折、眠り、時折、目を覚ましては、外の景色を、眺めていた。
道中の馬車は、思いのほか、静かではなかった。
「レクス、揺れて、辛くない? 水、飲む?」
アリアが、灰色の腕を気遣って、水筒を差し出す。レクスは、掠れた声で、笑った。
「過保護だな、お前は。……昔から、そうだ。俺が、膝を擦りむいたくらいで、大騒ぎして」
「そりゃ、あんたが、無茶ばっかりするからでしょ」
幼馴染の、気安いやり取り。命を賭けた手術を、共に乗り越えた二人の間には、以前よりも、深い何かが、通っていた。
◇
荷台の反対側では、ユイとシアが、身を寄せ合っていた。
「シアちゃんの、その光……綺麗だね」
ユイが、シアの手のひらに灯る、調和の光を、覗き込んでいた。白銀と金色の間の、温かい光。シアは、少し照れたように、笑った。
「まだ、練習中なの。……もっと、上手に、使えるように、なりたくて」
「私も、練習してるよ。魔印の中を視るの。……二人で、頑張ろうね」
ユイが、シアの肩に、頭を預けた。血の繋がりはない。だが、二人は、まるで、姉妹のようだった。互いの力を、互いのために、磨いている。共に、カイトの魔印と、戦うために。
その光景を見て、俺は、少しだけ、胸が、温かくなった。
◇
御者台の近くでは、リーゼとメルティアが、並んで、座っていた。
「聖剣の代償……本当に、大丈夫なの?」
メルティアが、赤い瞳で、リーゼの顔色を、うかがった。リーゼは、碧い瞳を、前方に向けたまま、静かに、答えた。
「大丈夫、とは、言えないわ。……でも、動ける。それで、十分よ」
「無理は、しないことね。……あなたに倒れられたら、困るわ」
メルティアの声に、♪はなかった。だが、その言葉の奥に、リーゼへの、確かな気遣いが、あった。かつては、悪魔と、元騎士。相容れないはずの二人が、今は、同じ戦いに向かう、戦友になっていた。
「……あなたこそ」
リーゼが、ぽつりと、言った。
「王都は、あなたにとって、辛い場所なんでしょう。……無理は、しないで」
メルティアが、少しだけ、驚いたように、リーゼを見た。それから、赤い瞳を、細めた。
「……ふふ。心配してくれるの?」
「戦友、だもの」
リーゼの、素っ気ない返事。だが、メルティアは、その一言に、どこか、嬉しそうだった。
◇
数日が過ぎ、王都が、近づいてきた。
地平線の向こうに、それは、見え始めた。
大聖堂の、尖塔。
白く、高く、天を、貫いている。周囲のどの建物よりも、はるかに高く。まるで、地上の全てを、見下ろすように。教会の権威。その象徴が、青い空を、背景に、聳え立っていた。
馬車が、進むにつれて、その尖塔は、少しずつ、大きくなっていく。近づくほどに、その威圧感が、増していった。
俺は、左腕の、袖を、まくった。
黒い紋様。45%で、止まったまま。だが──気のせいだろうか。王都に近づくにつれて、その紋様が、わずかに、脈打つような、気がした。ずっと、静かだったはずの魔印が。
ヴィクトルの聖域に、近づいているからか。あるいは、これから、あの場所で、起きることへの──予感、だろうか。舌の奥の鉄の味が、いつもより、濃く感じられた。
◇
メルティアが、馬車の窓から、大聖堂を、見上げていた。
赤い瞳が、その白い尖塔を、じっと、見据えている。その横顔は、いつになく、硬かった。
「……あそこに、ヴィクトルが、いる」
メルティアが、静かに、呟いた。
「千二百年前と、同じ場所に。同じ、教会の総本山に。……何も、変わってない」
メルティアの赤い瞳に、遠い記憶が、よぎった。千二百年前、あの場所で、教会が、「彼」を、浄化した。守れなかった、あの人を。その場所へ、今、また、向かっている。
「教会は、千二百年、何も、変わらなかった。……穢れを、浄めることが、正義だと。今も、そう、信じてる」
メルティアの声に、静かな怒りと、深い哀しみが、滲んでいた。
「でも、今度は……違う。今度こそ、私は、守り抜く。あなたを。……あの時、できなかったことを」
俺は、メルティアの、その横顔を、見ていた。千二百年分の、後悔と、決意を、その赤い瞳に、宿した、堕天使の、横顔を。
◇
馬車が、王都の門を、くぐった。
石畳の大通りを、進む。人々の視線が、注がれる。そして、馬車は、やがて、大聖堂の、正門前に、たどり着いた。
白い、荘厳な、門。
その前に──白い法衣の聖職者たちが、整列していた。まるで、俺たちの到着を、待ち構えていたように。ずらりと並んだ、白の列。その、先頭に。
金髪の、若い男が、立っていた。
セドリック。
穏やかな微笑みは、いつもと、変わらない。だが、その目の奥には、以前は、なかった、何かが、宿っていた。
「お待ちしておりました、灰原カイト殿」
セドリックの声が、正門前に、澄んで、響いた。
「長い、旅路でしたね。……猊下が、お会いになります。どうぞ、こちらへ」
その言葉とともに、大聖堂の、重い扉が、ゆっくりと、開いていく。奥から、白檀の香と、荘厳な聖属性の気配が、混じり合って、流れ出してきた。清らかで、そして、悪魔にとっては、刃のように鋭い匂い。
ヴィクトルとの、直接対決。
その幕が、今、上がろうとしていた。
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