表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/139

第102話 帰還

 南門の見張りが、旅人の帰還を告げる鐘を二度鳴らした。

 俺は宿を出て門へ向かった。リーゼもメルティアもマルクスも続き、今朝アリアと一緒にミルフィ村から来ていたユイも、痩せた足でついてくる。門の向こうに、見覚えのある人影が立っていた。一ヶ月前、同じ門から出ていった茶色の外套の背中だ。

 だが、出発した時とは何かが違っていた。

 その人影の周りに、薄い光が漂っている。教会の白銀でも、悪魔の赤黒でもない。白銀と金色のちょうど間の、温かそうな光が、外套の輪郭をなぞるように静かに揺れていた。

 フードが上がり、紫の瞳が覗いた。

「ただいま」

 シアの声だった。けれど出ていった時の、決意で固められた声とは違う。何かを置いてきたような、あるいは確かに何かを掴んできたような、ほどけた響きがそこにあった。

「おかえり」

 俺が言うより先に、別の声が割り込んだ。ユイだった。痩せた体で、それでも全力で駆け出して、シアの胸に飛び込んでいく。

「シアちゃん! おかえりなさい!」

 シアはユイをしっかりと抱きとめた。一ヶ月前なら、ユイの勢いに少しよろけたかもしれない。今のシアは微動だにせず、ユイの背中に手を回して、その頭の上で穏やかに微笑んでいる。

「ただいま、ユイちゃん」

 メルティアが近づいてきて、赤い瞳でシアの周りの光をじっと見つめた。

「……その光」

「はい」

「習得したのね♪」

「メルティアさんのおかげです」

 メルティアの赤い瞳が、一瞬だけ揺れた。千二百年前に自分が失った光を、シアが取り戻して帰ってきた。その意味を噛みしめるように、メルティアはしばらく何も言わなかった。

 やがて、ゆっくりと手を伸ばして、シアの肩に触れる。

 一ヶ月前、この門でシアを送り出した時、メルティアは肩に触れようとして、寸前でやめた。あの時は触れられなかった手が、今は迷いなくシアの肩に置かれている。

「おかえりなさい、シアちゃん」

 その声に、♪はなかった。

 ◇

 宿に戻ると、久しぶりに暖炉の前の椅子が全部埋まった。

 ずっと空いていた席にシアが座り、メルティアが紅茶を淹れる。三つしか並ばなかったカップが、今日は四つ。湯気の立つカップを受け取ったシアは、一口飲んで小さく息を吐いた。

「……あったかい」

 たった一言に、一ヶ月の旅の疲れが滲んでいた。俺たちは誰も口を挟まず、シアが紅茶を飲み終えるのを待った。

 カップを置くと、シアは顔を上げた。

「カイトさん。手を、見せてください」

 左腕をテーブルに出し、袖をまくる。手首から肩へ、そして首筋へと伸びる黒い紋様が、暖炉の光に晒された。シアが手を伸ばすと、その掌に白銀と金色の間の光が灯る。温かく、柔らかいその光が、俺の左腕の紋様にそっと触れた。

 次の瞬間、いつもと違う感覚が背筋を走った。

 これまでシアの浄化の光が魔印に触れると、紋様は必ず反発した。チリチリと棘を立てるように、魔印が「敵」を感じて身構えた。だが今は、その反発がまるでない。調和の光は紋様の上を撫でるように流れていき、魔印はそれを警戒もしなければ、敵とも見なしていなかった。

 そして、黒い紋様の脈動が、ふっと弱まった。

 いつもドクドクと脈打っていた感覚が、嘘のように静かになる。完全に止まったわけでも、消えたわけでもない。それでも確かに、弱まった。

「……っ」

 思わず声が漏れた。常に首の奥に居座っていた疼きが引いて、舌に張りつく鉄の味まで、ほんの少し薄くなっている。

 シアが紫の瞳で俺を見た。

「調和の光は、魔印を刺激しないんです。浄化は魔を敵だと見なすから、魔印が反発する。でも調和は、魔を敵だと思わない。ただ在るものとして受け入れる。だから魔印も、反応しないんです」

 シアの手が離れると、魔印の脈動が少しずつ戻ってきた。けれど今、この紋様が誰かの力で確かに弱まったのを、俺は初めて目にした。

「三者同時操作」

 シアが言った。紫の瞳には、もう迷いがない。

「できます。ユイちゃんの目が結び目を視て、私の調和が暴走を抑えて、カイトさんの蝕が均衡を保つ。三つが揃えば、結び目を解けます」

 部屋が静まり返った。リーゼの碧い瞳も、メルティアの赤い瞳も、ユイの紫がかった灰色の瞳も、みんなが俺の左腕を見つめている。

 マルクスが銀縁の眼鏡を押し上げた。

「データ的に言えば、成功確率は算出不能です」

 いつもの口調だが、その声には熱がこもっていた。

「三つの力を同時に使った記録など、どこにもない。前例がない以上、シミュレートのしようがありません。……ですが」

 ノートを閉じて、銀縁の奥の目がまっすぐ俺を見据える。

「やるしか、ないでしょう」

 三つの力が、ようやく揃った。シアの調和、ユイの目、俺の蝕。あとは実行するだけだ。

 その時、窓の外を白い法衣がよぎった。

 セドリックだった。穏やかな顔のまま、ガラス越しにこちらを見ている。まるで、俺たちが何かを掴んだことに気づいてしまった——とでもいうように。


読んで下さりありがとうございました!

★★★★★評価と[[[ブックマーク]]]、リアクションお願いします!

Youtubeにて作品公開中!

http://www.youtube.com/@mizukara-h2z

ご感想やご質問など、ぜひコメントでお聞かせください。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ