⑦恋とアイスティー
夜の海岸で、日向に夢を打ち明けたさくら。
後押しするような日向の言葉に、嬉しさと共に寂しさが入り混じる。
数日後。さくらはハルカとカフェで課題を片付けていたがー
―それから数日後。
日向くんは観光課の人との打ち合わせで、朝から町役場に出かけていた。
私はハルカと夏休みの課題を片付けるため、トリトンで勉強していた。
アイスティーを飲みながらひと息ついていると、スマホの画面が淡く光る。
「夕方には終わりそう!」
「つかれた〜」
画面の上にはお決まりの向日葵のアイコン。
こうやって些細なことでも短文で報告してくる日向くんに、思わず頬が緩む。
日向くんに返事を返していると、不意にハルカがにやにやしながら頬付えをつき、口を開いた。
「…さくらってさ、日向のこと好きでしょ」
思わずアイスティーを吹き出しかけて、私は慌てて口を押さえる。
「…なんで…?」
「見りゃわかるよー。海で遊んだ時の態度もそうだし、さっきの表情だってそうだし。2人ともバレバレだって笑」
「2人とも、て」
「日向もあんたのこと好きなの。要するに両思いってことだよ」
胸の奥がぎゅっと熱くなる。信じたい気持ちと、信じてはいけないような気持ちが入り混じる。
「…ほんとにそうなのかな」
「どう見てもそうだって!もしかしてさくら、今まで彼氏いたことない?」
「…!そんなことっ…」
ハルカはくすくす笑いながら続ける。
「ははー、いないな、その顔は。つまりさくらの初恋の相手は日向なわけか。日向も罪な男だね〜」
私は思わず頬を押さえ、目を伏せる。心臓がどきどきして、冷たく湿ったカフェの空気が甘く染まったように感じた。
「いーじゃん、付き合っちゃいなよー!日向自覚してないだけで意外とモテるし、今のうちにモノにしないと〜!」
「でも、この休みが終わったら私、東京に帰るし…」
「いーじゃん、先のことは考えず今を楽しもーよ」
「それができたら苦労しないよ」
無邪気に笑いながら私の肩を叩くハルカ。
そんなハルカとは対照的に、私の心には暗いモヤがかかる。
「夏が終わったら終わってしまう関係だよ。…傷ついて終わるだけの恋に、踏み出す勇気なんてないよ」
自分で口にした言葉に胸の奥が苦しくなり、黙って目を伏せる。
静かな店内に、クーラーの音が響く。
アイスティーの結露が汗のようにグラスを伝う。
その様子を眺めながら俯いていると、おもむろにハルカが口を開いた。
「…でもさ、恋なんていずれ終わっちゃうんだし、早いか遅いか、それだけの違いじゃない?せっかくここに来て、日向のこと好きになれたんならさ、今この瞬間を大事にしなくてどうするよ?」
私は思わず視線を逸らす。胸の奥がぎゅっと熱くなる。ハルカの言葉は、心の奥底でずっと押し込めていた気持ちを、そっと浮かび上がらせるようだった。
「…ハルカって、意外と現実主義なところあるんだね。」
「あはは、まーね。あたしこう見えて意外とモテるからね」
たしかにハルカの顔立ちははっきりしていて、かなり可愛い。
たとえるなら、女優の戸田恵梨香と有村架純を足して2で割り、肌を浅黒くした感じだ。
隣で笑うハルカを見ていると、私の心も少しだけ軽くなる。
日向くんのこと、まだ整理はつかないけれど…この瞬間だけは、自分の気持ちに正直でいられるかもしれない。
ーー
ハルカとの会話を終え、胸の奥が少し軽くなった気がした。
カフェを出て、海沿いの道を歩く。波の音が静かに耳を満たす。
海辺の堤防に登ると、日向くんはコンクリートの地面に腰かけ、遠くの漁船を眺めていた。
「…日向くん」
「…さくら」
堤防の上を並んで歩いていると、潮風がふっと強く吹いて、日向くんのシャツが私の腕にかすかに触れた。
その一瞬だけで心臓が跳ねる。
「あはは、さくら軽すぎて飛んでいきそ笑」
からかうように笑いながら、日向くんは半歩こちらに寄ってくる。
距離が近い。肩が触れそうで触れない。
その微妙な距離が、余計に意識させてくる。
「……大丈夫」
声が震えたのをごまかすように、視線を海に逸らす。
傾きつつある日の光が波間に揺れて、余計に胸がざわついた。
ふと横を見ると、日向くんもこちらを見ていて、視線がぶつかる。
慌てて逸らしたけれど、耳の先まで熱くなるのが自分でもわかった。
「さくらってさ」
不意に名前を呼ばれて、思わず立ち止まる。
「……なんでもない」
日向くんはそう言って笑って誤魔化した。
笑い声は軽いのに、その目が少し真剣に見えて、余計に鼓動が早くなる。
堤防に腰かけて、日向くんと並んで話していると、背後から聞き慣れた声が飛んできた。
「おー、青春してんな」
振り返ると、イツキさんが自転車にまたがっていた。にやりと笑って、わざとらしく口笛を吹く。
「…べ、別にそういうのじゃないです!」
「へぇ? まぁいいけど。女の子ってのはな、そうやって言い訳する時が一番かわいいもんよ」
そう言い残して、イツキさんはひらひらと手を振りながら走り去っていった。
残された私と日向くんは、顔を見合わせて、同時に視線を逸らす。
胸がどきん、と跳ねた。
――ほんとに、そういうのじゃないのに。
やがて、夕陽が海をオレンジ色に染める。頬を撫でる潮風に、トリトンでのハルカの言葉ががよみがえる。
「―日向もあんたのこと好きなの。要するに両思いってことだよ」
おずおずと日向くんの方を見る。
日向くんは黙ったまま、視線を揺れる水面に落としている。
…日向くんは、今、どういう気持ちなんだろう。
私たちは黙ったまま、堤防に座り、揺れる水面を見つめる。
2センチもない間隔で並んだ指先は、触れそうで触れない。
潮風に吹かれて生まれた波は、沈む夕陽を反射し、まるで万華鏡のように光を放ちながらゆらめく。
海辺の花壇に咲く2本の向日葵は、穏やかな潮風に吹かれ、私たちを見守るように小さく揺れていた。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
ハルカ曰く「両思い」だけど、どこか微妙な距離感のさくらと日向。
この2人の関係は今後どうなっていくのでしょうか。
次回「⑧海風と夕立」、ドキドキしながら読んでもらえたら嬉しいです!
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