④君の描く町
日向の仲間たちに絵を褒められ、嬉しさが滲むさくら。
その後も2人は、観光課の課長に挨拶をしたり、町の様々な風景をスケッチして、距離を縮めていくー
ひと通りのやり取りを終え、学生さんたちと別れると、私は日向くんに連れられて観光案内所の裏手に回った。
裏手は建物の日陰になっており、少し涼しかった。
そこでは課長さんらしき、色黒で小太りの中年男性が汗をかきながら、他の職員さんたちに指示を出していた。
「おお、日向くんじゃないか」
「課長、お久しぶりです」
課長さんが汗を拭きながら私たちの方に向き直る。
それと同時に日向くんはさっと頭を下げ、課長の正面に立った。
「この子は北川さくら。僕と共にポスターを作る学生です」
「はじめまして。北川と申します」
「はは、そんなに固くなるこたぁないよ」
深々と下げた頭を上げると、課長さんはがははと豪快に声を上げて笑う。
今までと違う、日向くんの大人びた声のトーンに、
私は内心戸惑いを隠せなかった。
「ポスター作りの進捗はどうだい?」
「彼女と共にアイデアを集めているところで、
今週末には案をいくつか出せます」
「頼もしいね。君たちならきっとできるよ」
課長さんは満足げに腕を組み、うんうんと頷く。
私は日向くんの大人びた姿に戸惑いを隠せず、
目を見開きながら2人のやり取りを見ていた。
「日向くん、せっかくならこの準備の様子もインスタに
上げてくれないかい」
「もちろんです。今から撮影してきます。
…さくら、ちょっと待っててね」
「うん」
こうして、私は課長さんと2人で取り残された。
正直、さっきみたいに大人と堂々とやりとりをする姿は、昨日の楽しそうに石で作品を作っていた姿とはまるで別人だった。
まじまじと日向くんの後ろ姿を追っていると、課長さんもまた、目を細めながら日向くんの背中を見つめていた。
「あの子は昔から本当に町思いでね。北川さんも見ててわかるだろうが、町の良さを外の人に伝えるために、彼なりに奔走してきたんだ」
遠目に見える日向くんは、にこにこしながらも深く腰を折り、町の大人たちに頭を下げている。
「もちろん、大人と衝突することは何度もあったよ。その度に私が仲裁してきたけど、最終的に彼は双方が納得する案を持ってくるんだ」
そう言って日向くんの後ろ姿を見守る課長さんの眼差しは温かく、彼に対する信頼が滲み出ていた。
将来は役所に来て欲しいね、と冗談混じりに笑う課長さんに笑みを返していると、日向くんが走って戻ってきた。
「お待たせしました!課長、加工した画像を送りましたので、確認をお願いします」
にこやかながらもてきぱきと課長さんとやり取りをする日向くん。その姿を尊敬の眼差しで見ていると、ふと目の端に港の景色が入った。
波に揺れる木造の漁船の周りでは、日間浦の漁師たちが黙々と作業をしていた。
日に焼けた肌に力強い腕を浮かべ、網を打ち、魚を運ぶ姿はたくましく、息を呑むほど頼もしい。
「おお、今日も海が荒れてるな!」
声を掛け合いながら、鍛え抜かれた手つきで仕事を進める姿に、町の人々の逞しさと海への誇りを感じた。
その力強さと活気が、日向くんの背中と重なり、彼がこの町に育まれた一人だということを、私はしみじみと理解した。
「…さ、さくら。アイデア集めの続き、やろっか。」
不意に日向くんが向き直り、ニコっと微笑む。
その笑顔に、気さくさも逞しさも、どちらも日向くんを構成する大切な一面なのだと知る。
私は、心がじんわり温かくなるのを感じ、そっと笑みを返した。
ーー
課長さんとのやりとりを終え再び町に出ると、夏の光がまぶしい。町を歩きながら、私はふと日向くんの姿に目を向けた。
「おー、日向くん。頑張ってるかい?」
「はい、おかげさまで順調ですっ!」
「はは、それはよかった」
子どもたちが駆け寄ってきて肩車をねだり、日向くんはにこにこと受け止める。小さな手を握り、笑顔で応える姿に、私の心は温かくなった。
町のあちこちで、人々が日向くんを慕う声が聞こえる。商店の奥さんは差し入れを手渡し、通りすがりの大人も軽く会釈していく。その小柄な後ろ姿からは、確かな頼もしさがにじみ出ていた。
――こんな風に町とつながっているんだ。
私は心の奥で、小さな勇気が湧いてくるのを感じた。
ーー
お昼時になり、私たちは海辺の小さな喫茶店『トリトン』で休憩した。休憩中も、絵の話やイツキさんをはじめとする町の人々の話で話題が尽きなかった。
「イツキはね、今年の祭りのテーマソングを作るんだ」
「すごい…!」
「でも依頼されてる曲調が、普段の作風と違いすぎて苦労してるみたい笑」
「ふふ、そうなんだ」
トリトンは老夫婦が営む昔ながらの喫茶店で、年季を感じる焦茶の木の家具が並び、棚の上には奥さんの趣味らしい華やかな花柄のティーセットが沢山飾られていた。薄暗く人もまばらな店内には昔の洋楽が流れ、窓辺では埃っぽい水色のカーテンがクーラーの風に揺れている。
重厚感のある家具に女性的な食器類が雑多に並ぶごちゃっとした感じが、かえって私に安心感を与えてくれた。
「…トウマは花火大会や祭りのフィナーレで上げる花火の制作を手伝ってるし、ハルカも役所勤めの親御さんと協力して色々動いてくれてる。…俺たちはポスター作りで頑張らないとね」
「うん」
町で出会った同年代の子たちも、この町を盛り上げるために頑張っている。そう思うと、私もやれる限り頑張ろうと、心の奥底に小さく、でも力強い灯火が灯った。
ーー
その後、私たちは町を見下ろす小さな展望スポットへ向かった。
丘の上の展望台からの景色を見渡すと、空と海、
そして町の人々の営みが視界いっぱいに広がった。
「…日向くん。ここにある景色や人たちのこと、
ポスターに使えそうだよね」
「うん、ちょうどいいネタがいっぱいだ」
日向くんは指をさしながら町を見渡す。祭りののぼりや、
通りの小さな商店、笑顔で働く町の人々
ーーどれもポスターに映えそうな風景ばかりだ。
「じゃあ、まず今日のスケッチを元に、
簡単なラフを作ってみようか」
私はスケッチブックのページをめくり、鉛筆を手に取る。
「俺はメインのオブジェクトとかレイアウトを考えるから、
さくらは雰囲気とか細かいイラストを描いてみて」
日向くんの提案をうけ、少し緊張しながらも笑顔でうなずく。
こうして私たちは、時に黙々と、時に小声で話し合いながら、
ラフを完成させていった。
「…できた!」
「案1、完成だね」
ラフスケッチの真ん中にはこの町のモチーフである
鯛のキャラクターが踊り、背景は輝く水面が描かれている。
鯛の周りには漁船や灯台、法被を着て踊る人々など、この町の象徴がたくさん散りばめられている。
「この調子で、ラフを増やしたり、
ブラッシュアップしていこっ!」
「うん!」
ラフ1の完成を祝い、私たちはハイタッチをした。
にこにこと笑う日向くんの無邪気な笑顔につられ、
私もまた自然と笑みが溢れた。
私たちは町の小道を歩きながら、思いつくままにアイデアを出していった。
時折出会う学生さんや子供たちたちも興味津々で見守り、時折アドバイスをくれた。
「この提灯の色、ポスターだと映えそう!」
「ここに向日葵を入れるのもいいんじゃない?」
2人でアイデアを出し合っていると、次々とひらめきが浮かび、それらはまるで泥団子を磨くように、会話の中でみるみるうちに磨かれ、形になっていく。
私は心の中で、少しずつ自信が芽生えるのを感じた。
「町の人たちや風景、全部好きになれそう……」
スケッチを抱きしめながら、防波堤の上でぽつりと呟くと、隣にいた日向くんは真っ直ぐにこちらを見つめながら言った。
「俺はさくらの描いた町が好きだよ」
心臓がどくんと跳ねる。
驚いた顔で見つめる私をよそに、日向くんはゆっくりと目を細め、穏やかな笑みを浮かべて言った。
「さくらの絵は、周りに対するあったかい眼差しが出てる。だから好き」
潮風が、黙り込んだ私の前髪を優しく撫でる。
私に向けられた眼差しは、優しくて、真っ直ぐで、だけどどこか大人で。
その優しい言葉と表情に、胸の奥がいっぱいになり、指先が熱くなった。
「…ありがとう」
声に出した瞬間、胸の奥がふわりと温かくなる。
けれどその温もりは、すぐにちくりと痛みに変わった。
―素直に喜んじゃいけない。まだ全然上手くないし、描いてばかりいないでちゃんと勉強しなきゃ。
それに、日向くんに惹かれる気持ちだって、ひと夏の間だけのもの。長くは続かない。…続いてはいけない。
波のさざめきに、心が揺れる。
本当はうれしいはずなのに、正反対の思考がないまぜになって、素直に喜べない。
喉の奥がつまり、視界が軽く滲む。
私は口元を結び、群青の水面とともに揺れる気持ちを、ただ黙って見つめるしかなかった。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
急な展開がなく、ゆっくりと進むお話ですが、縁側でまったりと冷たい麦茶を飲む感覚で楽しんでいただければ幸いです。
次回は、日向とともに本格的にポスター制作に励むさくらの元に、とある来訪者たちがやってきます。
よければ次回も楽しみにしてください!☺️
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