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書店部の内部事情  作者: 片羽京介
最終章『いくつかの真実を隠したまま迎える終幕』
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副店長の刃


小学五年生のとある冬、つまり玲菜がまだ孤高ではなかった頃、俺たちは唐突に教室内で小芝居を披露することになった。


きっかけは些細なことで、休みの日に何をして遊んでいるかというありふれた女子トークが発端だった。そこで玲菜が『悠里と演技ごっこ』と自慢げに答えてしまったので、あれよあれよという間に俺は彼女らの前まで引きずりだされ、一芝居うつハメになったのだ。


されるがままに教壇をどかして黒板の前に立つ俺たち。表情は片や満面の笑顔。片やサッカーを中断して猿芝居を強要されている為に大いに不満顔。ちなみに玲菜はサッカー好きではない。


机から期待を込めた瞳で見守る元凶の女子グループ。次第に、何か始まりそうな雰囲気に釣られて数人また数人と観覧者が増えていく。


…玲菜はともかく、お遊戯レベルの俺が演技をしてもちっとも盛り上がらないだろうに。


……それで、まあその時の芝居の良し悪しはこの際問題ではなく。重要なのはそれ以来、事ある毎に日常に演技を持ち出し、相棒にもそれを強要して即興で小芝居を展開するようになったお調子者が生まれてしまったということだ。


クールな幼馴染が突如として声色を変え、揚々と何やらここではない世界の話をし始める度に、俺は辟易しながらもその世界観を共有するのであった。


最初の頃こそクラスメート全員をポカンとさせていたが、いやはや人間というものは大抵のものには耐性がついてしまうらしい。

冬の中頃に始まったこの騒動が、周囲に受けいられるようになった時でさえ、未だ世界は白く凍えたままだったのだから。


…受け入れられなかったのは俺自身も同様であり、最初の頃は玲菜の無茶ぶりに耐えられず無視したことも何度かあった。


そこでずる賢い玲菜は、俺を舞台上に引きずり出す為にこんな提案をしてきた。


『勝負しよう、どっちがみんなから拍手してもらえるか』



……。

当時の俺は平均的な小学生だった。だから、小さい頃からの幼馴染と馴れ合い、触れ合い、そしていつからか競い合うようになっていた。

どんな形でも、玲菜から勝負を挑まれたら絶対に勝つ。


…それはもしかしたら、当時朧げだった未知の感情を誤魔化す為の強がりだったのかもしれない。とにかく俺は、こと玲菜との争いに関してはどのようなものでも受けて立つよう心に誓っていた。


かくして、激戦の最中でそのサインは生まれ、互いに心を切り替える為のおまじないの様にしばらく多用していた。


これから五分は演技になりきる。なりきれなかった方の、負けだ。


意味は変わらずとも、当時と今とではその受け止め方がまるで違う。俺が屋上階で玲菜に迫…る演技をした時は、『俺の行動に合わせろ』という脅迫めいたニュアンスで。

そして今回の彼女からのサインは『今の環境での立場のまま、お互いにどれだけの本音を言い合うことができるか』という挑戦状。


しかし時は流れ、互いの関係が大きく変化していたとしても、俺がこのサインにかける意気込みは一つしかない。


ーー玲菜にだけは、負けたくない。


相変わらずその心は、裏に潜む輪郭のない心象を包み隠すように空元気なものだった。


「じゃあ質問。というか、まずは確認。深千代さんは生徒会長になりたいの?」

「ええ、もちろんよ」

「…そっか。“俺”は初耳だよ、それ」


今の俺たちは、向き合って話しているようで、実は向き合っていない。周りにどれだけの人が、どれだけ近くにいてもボロは出さない。それが書店部の“店長”と“副店長”だ。


しかし、他人行儀に見えて実は身近な存在。だって俺たちがこの一年ちょっとの間、一番話をして共に仕事をしていたのは、一番長い時間を共にしたのは、やはり“この二人”なのだから。


「…正直言うと、店長にはずっと隠していた。店長にだけは」

「うん、そうだろうね」


俺は極力、感情を表に出さないようにして彼女の言葉を肯定した。

今の俺には、玲菜の正直なんて政治家の言う正直と同義だった。怒りっていうのは神出鬼没で、なかなか生まれないと思ったら五月雨のように突如として全身を打つんだ。


「…違う。多分店長が思っていることと、私が抱いていることは違う」

「? それはどういう?」


副店長は答えない。

俺の思っていること…玲菜は最低最悪の策士だということ…それが、違うというのか?

俺はしかし、今の深千代さんの言う台詞を深く考えないようにした。

こいつは人の心を操る術に長けている。ペースにハマれば、それこそ同種の二乃舞の二の舞だ。


「ま、そんなことはどうでもいいか」

「……」


俺は追求を諦め、本題の質問をすることにした。


「深千代さん、何をしたんだい?」

「何を、とは? そもそも誰にかしら?」

「生徒会とこの学校にだよ」


副店長の心は乱れない。予想済みなのか、それとも既に万事を達観できる詰めの境地なのか。


そう思わされるほどに、この成績は良いけれども学校行事や学級運営において何の功績も残していない普通の女子生徒は奇跡の偉業を成し遂げたのだ。


玲菜は確かに高嶺の花として校内でも目立つ存在だが、一方で信頼されている存在かと問われればそうではない。


…中学の文化祭以降、こいつの孤高の花としてのアイデンティティは死んだ。俺の中学生活と繋がりを犠牲にして。そこからの玲菜は人当たりの良い、けれどもどこか同年代離れした雰囲気をまとうようになり、性格からではなくオーラのようなもので他者から敬遠(特に敬の字の意味合いが強い)されるようになった。


…少し話が逸れた。要はこいつはオンリーワンだがナンバーワンではない。少なくとも、毎年何故か出てくる『生徒会長になってもおかしくない』というイメージを持たれている生徒ではないはずだ。


だから、そんなやつがいきなり生徒会長補佐なんて役職をもらうのは不可解なわけで。


「俺、いや、僕が生徒会長になる為に裏で色々動いていた様に、深千代さんも何かしていたんじゃないのかな?」

「……」


玲菜は腕を組み、目を閉じた。

その可能性を考えなかった訳ではない。ただ、春に俺が玲菜を出し抜いて書店部の店長に指名されたという驕りが、玲菜に対する警戒の目を曇らせていたのかもしれない。


「店長」

「…ん?」


目を閉じたまま、玲菜はおもむろに口を開く。

目で語るこいつがその視覚を遮断してくることにより、俺はこれから先にどのようなことを言われるのか予想できなくなる。

実は頭の中では結構混乱しているので、雰囲気を察するセンサーも機能していない。


「ウチの店の月平均売上っていくらだったかしら?」

「それは、大体1800万くらいだろ」

「そう。繁忙期と閑散期で多少の開きはあるけれど。それでね、その平均を上げる為にはどれくらいの売上を稼がなければいけないと思う?」


??

表面的に言わんとしていることは分かるが、質問の意図自体が分かりかねる。


俺がその真意を推し量るために押し黙っていると、今度は玲菜の方が痺れをきらしたらしい。その目が、ゆっくりと開かれた。


「…分からないなら教えてあげる。全体の売上をパーセンテージ単位で上げようと思ったらね、“生徒に下品な本を売り捌いたり姉妹校と在庫分け合ってた”くらいじゃいつまでも達成できないのよ」

「っ!?」



俺は、怒気を含んだその視線を受けながら、二つの大きなショックを受けた。


一つは、早くも玲菜に中央高校との支店間移動協定が看破されていたということ。そしてもう一つは、玲菜がそれ以上の大きな歯車を秘密裏に動かしていたということだ。

じゃなければ、今ここで俺の暗躍を糾弾してくるわけもないから。

だから俺は、先ほどした質問をもう一度玲菜に対して投げかける。


「…じゃあ、何をしたんだ? 君は」

「店長は、手本とするところを間違えている。私たちがしているのは書店部という部活動だけど、内容は一般の書店と変わらない。亜理亜や和佐店長もよくやっている方だけど、私たちにはもっと参考にするべき先達が身近にいるじゃない」


それって、お前。

聞いても驚きもしないであろうその集団を、しかしここで挙げることには別に大きな意味がある。


「そう。大学本部。新星大書店部及び新星大出版よ。行ったことないでしょ? あっちで顔見たことないものね」


足下から小さな努力を積み上げていた俺と違い、玲菜は既に生徒会なんて程遠い、更なる高みに刃を突き立てていた。


動揺して視界がぐらつく中、微かに耳元に閉店の放送が流れてきた。

五分なんて時間は、とうの昔に過ぎ去っていた。











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