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書店部の内部事情  作者: 片羽京介
最終章『いくつかの真実を隠したまま迎える終幕』
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57/103

300秒の即興劇


二週間ほど更新が滞ってしまい、すみませんでした。

大人達にペコペコしつつ、早朝と夜更けを奔走しておりました。

…意味不明ですね


では本編をどうぞ






剣崎先輩による最大級の裏切り(倫理的な意味でも)により、夏の終わりまでに玲菜を惚れさせなければならなくなった俺。

そうしなければ俺の生徒会長への道は途絶え、残り半分の高校生活をずっと玲菜に服従して過ごさなければならならくなる。


「まさか、これほど早くに最終決戦とは…」


俺は部室で机に腰掛け、頭を抱えながらこの先の選択肢に苦悶していた。

玲菜を無視して生徒会長を目指すか、あるいは玲菜に没頭して剣崎先輩から評価を得るか。その二択に。


「…いや、後者はできる限り取りたくない」


元々の目的と正反対の行為だからだ。相手を拒絶する為に惚れさせてどうする。


…とはいえ、この勝負に勝った方が、現生徒会長の正当な後継者となるのだろう。俺が勝っても玲菜が会長に就任する確率は高いままだろうが、負ければ俺の淡い希望は消え失せる。


…先輩、何考えてんだよ。


どうも最近裏で暗躍していたらしいが、あの人はその行動の末に何を求めているのか。こんな小賢しいことばかりして、俺たちの何を見たいというのか。


そんなことを考えていると、部室のドアが突然開かれた。


「店長、店が混んでるからサッカー入ってくれないかしら?」

「ん、ああ」


髪を結わいた仇敵こと副店長がドアから顔だけ出して応援を求めてきた。不意打ちをくらった俺は大いにキョドりながらも身なりを整えて店へと出ていく。

何故か、自分が仕切っている店なのに、今日はこの空間に馴染めないでいた。

立ち上がったときの激痛は、その部位を叩くことで処置とする。





「先輩」


7時を過ぎてようやく店が落ち着いた頃、店先に非番のアオイが現れた。


「あれ、アオイどうしたの?」


制服のままこんな時間に顔を出すということは、今まで学校に残っていたのだろうか。純度の高い後輩の表情はどこか暗い。


「クラスでお話していたらこんな時間になってしまったんです。ところで、深千代先輩は?」


…玲菜、と思わず煩わしそうに答えてしまった。今日は早朝から活動しているせいもあり、放課後の急展開を経て精神的な余裕が磨耗してしまっていたようだ。

とっさに表情を明るく装って返事をする。


「んん、多分バックヤードにいるよ。今日夏の文庫フェア出したんだけど、飾り付けが全然まだだからね」

「…よくこれだけの量出せましたね」


アオイは、レジ前にある昨日とは様変わりした季節コーナーを改めて眺める。背の低い什器の上に所狭しと並べられた文庫本たち。


「去年、俺たちが一年生だった時も二人で出してたから、手順は知ってたわけよ」

「そ、そうだったんですか?!」


まあ、去年は開店前ではなく閉店後に並べ始めて、結局日付変わる頃まで悪戦苦闘させられたんだがな。経験しておいて良かった。


「…じゃあ、あの時の本も先輩が並べたんですね」

「え?」


アオイがカウンターに背を向けたまま何事か小さくつぶやいたが、その声はほとんど聞き取れなかった。


「何でもないです。それよりも、放課後の集会はビックリしましたね」


……。


後輩の何気ない会話の展開だったはずなのに、俺にはまるで心を抉る誹謗の言葉を投げかけられたようだった。その証拠に言葉が口から出てこない。


くそ、こんな時になんでレジに客が来ないんだよ。


「瀬名先輩?」


不審に思ったアオイは、首を傾げながらカウンターから乗り出すようにしてこちらを覗き込んでくる。


「…ああ、悪い。そうだな、ホント、ビックリしたよ」

「はい。剣崎先輩の口ぶりからして、もう次の生徒会長は深千代先輩で決まったようなものです」


……。アオイが続けざまに残虐で無慈悲な言葉をぶつけてくる。おかげで俺はすっかり士気を削がれてしまい、作業中だったパソコンの統計表を閉じた。


「そう、とは限らないんじゃないかな」

「そうなのですか? アオイは学校の生徒組織というものをよく知りません」

「まあ、ほら、基本的に生徒会長は立候補者の中から選挙で選ばれるものだからさ。優秀だとか気に入られているだとかいう理由以前に玲菜が立候補しなかったら可能性もない話だしな」


俺は本心を隠す為、ほとんどあり得ないもしもの話を繰り広げて茶を濁そうとする。


「それは無いんじゃないですか? だって深千代先輩、いつも生徒会長になりたいって言ってたじゃないですか」

「…初耳だぞ、それ」


俺はカウンターの影で拳を握り締めていた。今の話で重要なのは、玲菜が会長を目指していたという今更な事実ではなく、それを俺に知られないようにして周囲にも言い回っていたということである。これは、最終的に総選挙の際の投票数に影響してくる。俺の知らないうちに、玲菜はずいぶん前から生徒会長目指して書店部で奮闘する優等生として認知されていたということなのだ。


「…瀬名先輩、なんか今日怖いです」

「ん? そうかな?」


騙されやすいアオイにすら隠し通せていない今日の俺の内側。もはや少し前にかじった『先読みによる人心の掌握術』などきれいさっぱり頭から抜け落ちてしまったようだ。


「おぶってくれた時はもっと優しかったです」

「…その話は色々とヤバイから禁止な」


自分らの学校を抜け出し、中央高校に忍び込んだあの日のことを思い出す。あの時アオイを共犯者に選んでいれば、学生寮であんな辱めを受けずに済んだかもしれない。

俺は学生らしい過去回想に内心で悶えた。


「でも、これからのことを考えると先輩はもう少し怖めになった方がいいかもです。深千代先輩が今まで通り書店部に参加できるとも限りませんし」

「そうだよな。そうなったらどちらか切り捨てた方がいいだろうな」


ウチと生徒会の両立は難しいだろう。それでいてあいつの学年トップクラスの成績を維持するとなると、やはり書店部を切るのが妥当のように思える。


…元から劣等感は抱いていたが、こうしてあいつの選択肢の広さを考えるとまた一段とヘコむな。


「そういえば、この前廊下ですれ違った時のこと、覚えてますか?」

「っ…、いや、そんなことあったっけ?」


そうとぼける一方で、内心では心臓が跳ね上がっていた。正直いつその話を切り出してくるかずいぶん前からハラハラしていたのだ。

アオイの校内一純粋な二つの瞳は、薄っぺらい嘘を見通そうとしているかのように俺の目元、口元を凝視していた。後輩のその様はかろうじて幼さの証と見て取れるものだが、その瞳に見入っていると、何かアオイに不釣り合いな幻想を抱いてしまう。


玲菜や亜理亜のような目で語ってくる奴ではないのに、彼女たちのような妖艶さが最奥に潜んでいるような。それが『女』って奴なのか?


……。


「えーと、悪いけど俺、仕事残ってるからさ」

「あ、はい」


ちょうどタイミング良くレジに客がやって来たところで、俺はアオイとの会話を断ち切ることにした。


「お仕事中にすいませんでした。明後日また部活でよろしくお願いします」

「ああ、じゃあな。

…いらっしゃいませ!」


アオイはいつもの笑顔で別れの社交辞令をたれて店から出ようとしていた。

俺は気持ちを切り替えて目の前の客の対応に集中しかけたが、その直前に目の端に映ったアオイの顔が、妙に気になった。


振り向きざまに何か呟いた後輩は、俺にどんな聞こえないメッセージを伝えようとしたのだろうか…。




そして、時刻は閉店一時間前を迎えた。

既に笹本は帰しているため、店内には二人の客と二人の店員だけである。

俺と玲菜は特に言葉を交わすこともなく、いつものシフト通り各々の役割をこなしていた。

この場合の俺の役割とは、すなわちレジから店をぼーっと見ているか、パソコンを操作して店に有用な情報を見つけ出すかくらいである。今から残り一時間弱では何か大掛かりな作業もできず、やり甲斐もほとんど無いので正直かなり辛い時間だ。


「ねぇねぇ」


そんな風にしてパソコン上で今日売れた書籍の一覧を眺めていると、旅行書コーナーにいた四十代ぐらいの女性客が突然カウンターにいる俺に話しかけてきた。


「何かお探しですか?」

「違う違う。あのね、あなたとあの料理本のコーナーにいる子って付き合ってるんでしょ?」

「…はい?」


いかにも年に四回はハワイに行ってますといった感じのアクティブなおばちゃんだった。さぞやご近所話などにも精通しているのだろう。

とかいう誰も得しない説明は置いといて、この人は今すごく小っ恥ずかしいことを聞いてきたぞ。


「それは、ええと…」

「わたし毎朝あなた達の登校風景を見ながら自分の店開けてるのよ。まったく毎度毎度見せつけてくれちゃって、おかげでついにこうして店まで来ちゃったってわけよ。そしたら店内二人だけになっても一向にいちゃつかないから私もやきもきしてきてねっ」


……。


そう言って図々しくも肩を叩いてくる自営業らしいおばちゃん。まさかイチャラブ(略)に正当な効果があったとは。


「それは、すみません。でも、俺たちお店の中ではあまり会話しないようにって約束しているんですよ」

「なんでよーもったいない」


何が? と内心聞き返したかったが、この人以外にも店内には派手な色の帽子を目深に被った女性客? がいる。店長という肩書きもあるし、店員らしからぬ態度ははばかられる。

…なので、俺は思いつく限りの胸くそ悪いセリフをあえて口に出すことで、おばちゃんの機嫌をとりつつレジからフェードアウトすることにした。


「別に言葉とか必要ないんですよ。玲菜とは、目が合うだけで気持ちとか通じるんで…」


おばちゃんの奇怪な叫びと共に、店奥の参考書コーナーから何かが盛大にすっ転ぶ音と、目の前の雑誌コーナーから何かがくしゃっと握りつぶされる音が聞こえた。ような気がした。





そして閉店三十分前。

例のおばちゃんは散々俺を冷やかした後に何も買わずに去り、立ち読みしていたダサ帽子君も気づけば消えていた。


「………」


で、そうやって『店内には店員二人のみ』という状況になって間もなく…。


「………」


玲菜は店奥での作業を終わらせ、カウンターにいる俺の隣に陣取っていた。


……。


俺がコソコソと亜理亜発信の機密文書に目を通している間、玲菜は何やらピンク色の表紙の本に目を通していた。


…まあ、すでに今日の売上も計算し終わっているから、別に後は何してようと俺は気にしないけどさ。


……。


だったら、せめて部室に戻って読むとか色々な意味でこちらに気を使ってもいいんじゃないかな?


たまには少しくらい早く店を閉めても…なんてことを考えては諦め、普通にしていようと思い至る。

だって多分、相手のことを気にしているのは二人の内の片方だけだから。


「……はぁ」


無意識に零すため息。今の状況が息苦しいのと、自身の冷めきった闘争心に辟易していることが幸せを逃す原動力だ。



…まったく、どうしちまったんだよ、俺。

そう、本当ならここで怒りに打ち震えていなければならないんだ。それこそ、かつて閉店後に一人残って雑誌の場所明けをしていたあの夜のように。血を見ただけで感情が昂ぶったあの夜のように。


……。



改めて玲菜に目をやる。

その黒髪は相変わらず微かな空調に反応するほど滑らかで、動作の一つ一つにも品格というか魅力の断片が感じられた。


…ほら、今の俺はやっぱりおかしい。仇敵なはずの相手の、いいところばかり思い浮かべてしまっている。

彼女の胸元に光るネームプレートには、わざわざ手書きで副店長と記してある。あの肩書きが近い将来には外れて、やがて生徒会長となるのだろうか。


……。

一番の謎はそこだ。何故俺は、玲菜が高校生活を賭けた勝負に大手寸前のフェイズまで踏み入れたにもかかわらず、怒らないのか。焦らないのか。


もしかしたら裏で姑息な取引でもしていたのかもしれないのに、今の俺の思考の中心は別の、少しズレたところにあった。


……。


また、玲菜に視線を向ける。もうこの一時間だけで何度目の盗み見であろうか。特に目的があるわけでもないのに、何故か今はこいつが気になって仕方がない。


「店長」

「!?」


そんな折、唐突に観察対象から目線ではなく言葉を投げかけられる。てっきり読書に集中していると思っていたので、俺は言葉こそ出ずとも軽く飛び上がりそうになった。


「なんか、さっきから私を見ていた様に思えたのだけど。何か言いたいことでもあるのかしら?」

「んん…気のせいだよ深千代さん」


店内には“互いの本性を知る人間”しかいないというのに、俺たちは公モードのままで会話を始めた。


「そう? てっきり剣崎先輩の言ったことをちゃんと信じて実直に私を意識しだしたのかと思ったわ」

「…それは、ないよ」


口では否定しつつも、玲菜の発言は的を得ていた。

だって、当たり前じゃないか?

事情を誤解しているとはいえ、生徒会長から直々に「オトせ」と言われてしまった。容認されてしまった。

俺の心境は脇に置くとしても、目標の為に同級生を口説けと言われたら、当然意識してしまうものだろう。


まるで先輩の提案がまるっと冗談だと思っているような副店長の物言いは、単に俺を貶めようとしているだけにすぎない。


閉店15分前。時計とレジの排気以外に物音は皆無。

玲菜は読んでいた本を閉じてこちらに向き合う。右手を腰元に当て、しかし左手はふわふわと宙を舞い、何かを象っているかのようだった。


「…それはどうして?」

「…え?」

「私を意識することがないのはどうしてなの、店長?」


……。


左手に注目していた俺にとって、彼女の質問は俺の虚をつくものであった。今更ながらに俺たちの関係の確認なんて、中学生に平行四辺形の面積を求めるが如く無駄で無意味なはずなのに。


……。


だから、俺は。


「…だって、俺が深千代さんのことを意識するなんて、普通じゃないでしょ。店内でも“まともに”会話すらしたことないんだから。それほどまでに俺たちの関係って破綻していて、日常的に仮面を被ってどうにか体裁を繕っているに過ぎないじゃないか」


精一杯の言葉で、二人の膠着しきった現状を叫んだ。そこに何か含みがなかったかと問われると、正直よく分からない。


「……」


玲菜は俺の返答に対し、表向きには先ほどと変わらない無表情で応えた。

…いや、それは応えたというには余りにも希薄な反応で。

長い付き合いの俺ですら、その無表情(本心にしろ演技にしろ)からこいつの気持ちを汲み取ることは困難に思えた。

根っからの文系である俺だが、いくら文章を提示されても読めなければ答えは導き出せない。


…そして、いよいよ俺は痺れをきらす。


「なあ、玲菜」

「…玲菜?」


意を決して踏み込んだ俺の剣先は、思わぬ疑問型によって再び虚空を薙いだ。

だって名前呼んだだけで聞き返してくるかよ?!


「玲菜って何? 店長。“私”はただの、新星附属高校書店部の副店長なのだけど」


……。


その言葉を聞いても、俺は別に混乱もしなかったし、奇を衒う玲菜に苛立ちもしなかった。


…それ以上に、俺は今の状況を懐かしく思っていた。


「……そっか。ごめんね、副店長。気がつかなくて」


彼女の微妙な一人称の違い。それは端的かつ明らかに玲菜が演技をしているという何よりの証左であった。

相手の準備は整っている。あとはこちらがなりきるだけだ。“書店部の店長”という役職に。


「それで深千代さん、いくつか聞きたいことあるんだけど、いいかな?」


…早く気づくべきだった。所在なさげに漂う彼女の左手が、人差し指と小指を垂直に立たせた奇妙な造形を象っていたことに。数年ぶりに、遊びの誘いを受けていたことに。


「ええ、私に答えられることなら」




そのサインの意味は今も昔も変わらない。


『これからの五分は舞台の上』



かつての俺が好んで演じた、幼馴染の演技を見る特等席への招待状だった。











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