過去編~孤独の誤解~
文体をゲームのシナリオ書くときに似せてみました。
…とか言って何も変わってない(笑
再び時は進んで、今は夏休み。
中学生になって部活を始めても、相変わらず一年で一番喜ばしい時期であることに変わりはない。
「ありがとうございました!」
この頃には俺も玲菜も完全に別のグループに属しており、教室でだべることも、たまの休みに会って話すことも無くなっていた。
つまりは順調に「幼なじみ」を過去形にする段階に入っていたのだ。このまま行けば次にお互い顔を付き合わせてじっくり話をする機会は数年先になるだろう。そして、昔はあーしたこーしたという昔話を懐かしんで、お互いの親密さを過去にする儀式の完了だ。それを経て俺たちは更に疎遠となり、やがて完全に思い出と同化する。
もちろん当時はここまで大人びた見解は持ち合わせていなく、ただ「玲ちゃんとはこのまま会わなくなるのかなぁ」と、どこか郷愁の情に似た寂しさを抱いていただけである。
「悠里、帰りに駅前のスポーツショップ行こうぜ。振動止めとかグリップとかちゃんとした奴見たくてよ」
「ああ、それは…」
「瀬ー名子っ!! 今日女子テニでサイゼ行くんだけど瀬名子もどう?」
俺がテニス部らしい放課後の予定をスケジューリングしようとしていたところへ、失礼な呼び方と共に女々しい提案が飛び込んできた。
声の主は二年の日比野先輩。俺を瀬名子と言いふらしまくり、恥じるべき汚名を全校生徒周知のレベルにまで拡げた無意識の悪魔である。
ちなみに言い出した元凶は未だ判明していない。テニス部から広まったことは間違いないと思うのだが…。
「その名で呼ばないで下さいよ。それに何度誘われてもそんな恥ずかしい集まりには参加しませんから」
「え~、サイゼは値段安めだけどドリアとドリンクバーで夜まで粘れるし良くないかなぁ?」
「いやサイゼが恥ずかしいんじゃなくて!」
このように限りなく天然素材でできていながら、時に人間及び人間関係に甚大な悪影響を及ぼすのがこの日比野という生物兵器だ。
端的に言って剛の男になりたかった俺としては、先輩によってその真逆のイメージを全校生徒に植え付けられたことはリアルに訴訟ものであった。
「行こうよぉ、私もっと瀬名子と絡みたいんだよ~」
「…瀬名子なんてのは先輩の頭の中にしかいないので無理です」
「今日は玲菜も来るのになぁ」
…………。
まあ、ホントに出るとこ出たい気持ちには時たまなったのだが、この無邪気な性格と“奇妙な運の良さ”がどうも嫌いになれないのだ。
「政明、悪いんだけど今日は寄り道パスするわ」
「お、お前……くぅ!」
女装野郎だの何だのと遠巻きに悪態をつきながら、友人は背中で恨めしさを語って去って行った。
「女装野郎とか、政明も酷いこと言うよねー」
俺は何も答えなかった。
……。
その後、更衣室で着替えを済ませた俺は校門で玲菜たちが通るのを待っていた。
一応異性とご飯を食べに行くということで、俺はいつもより念入りに手入れをして着替えてきた。その為に身体は夏の夜風を受けてスースーとメントールの涼しさを感じていた。
…まったく。今まで散々つっぱねてきたのに。
生ぬるい風を感じつつ、玲菜が来ると知った途端に簡単に折れてしまった自身の内情を測りかねていた。
別に、話くらいしようと思えば何時でもいくらでもできたはずだ。それをしなかったのは、これが大人になることと、ある種の通過儀礼の様な感覚でいたからだ。極端に言えば乳離れに近い気持ちだった。
「お、いたいた! 瀬名子ー!」
俺の迷いをかき消すように、突風のような明るい声が身体を突き抜ける。
顔を上げれば、部室からは制服を着崩した女子集団がゾロゾロとこちらへ向かって来ていた。揃いも揃って明るめの色したラケットバックを肩から背負い、男子部員の部活後よりも格段に涼しそうな顔をしている。
良く言えば身なりを整えていて清潔的。悪く言えば俺たちとは部活に対するスタンスが違う、といったところか。
「ちゃんと待ってたんだね、エラいエラい」
日比野先輩とは別の先輩が俺の元へ駆け寄り、弟をあやすかのように頭を撫でつけてくる。先輩じゃなければ手を伸ばしてきた時点で払いよけているところなのに…。
いくつかの黄色い声の中に、つまらなそうに髪の毛を弄っている玲菜の姿があった。
「あっ…」
「よしよし、じゃあハーレム状態でサイゼに行こうかー」
幼なじみとの会話も断ち切られ、結局俺は両サイドをホールドされた状態のままレストランサイゼまで連行された。
ハーレムってのは、もっとこう物理的に自由な状態を指すものだと思う…。
そして、俺たちはファミレスに入るには結構な大所帯の構成のまま、駅前にある目に良さそうな色をした外装の軽食屋へとなだれ込んでいった。
時間的にはまだ夕食時には早かった為、両手の指に余る人数でも悠々と席を確保できた。
入り口にレジがあり、中心にドリンクバーが据えてあるごくありふれたレストラン。入店した時の店員の『あっちゃぁ…』という表情からして、彼女らが日常的にたまり場として使っていることが見てとれた。
「というわけで、今日はついに瀬名君が参加してくれましたー」
良く分からない状況確認をした後、女子部員たちは当人そっちのけで盛り上がる。
俺は体面上ヘラヘラ笑うわけにもいかないので、終始むすっとした顔を心がけていた。そしてコップの水を口につけては、時たま真向かいに座る玲菜の表情を窺う。
「……」
男幼なじみが正面にいるというのに、相変わらず女幼なじみはつまらなそうにしてテーブルに視線を落としていた。
……。
俺はその所作を見て訝しく思う。
今ここにいるグループは、一部そうでは無い者もいるものの、廊下で玲菜を取り巻いていた集団だ。だから、てっきりこういう場では玲菜がもみくちゃにされ質問責めにあうものかと思っていたのだが。
「どう瀬名子? バックハンドは上手くなった?」
「…え、ああ、いえ、まだダメです」
「手打ちでやり過ごせるのは初心者の間だけだからねぇ。さっさと直さないとレギュラーは遠いよー?」
一番軽そうな日比野先輩が真面目にテニスのアドバイスをしてくれるとは。なんか普段チャラケている人が真剣に話をしてくれるのってカッコいいよな。しかも先輩で実力者だったりすると更に。
「……」
しばらく先輩とストローク談義に没頭していると、正面から刺すような視線が向けられていることに気がついた。言うまでもなく玲菜である。
「…何? 玲菜」
「別に」
そう言って席を立ち、ドリンクバーへと向かう玲菜。
その様子を見て周囲は少し驚いたような表情を見せた。
「瀬名子、玲菜のこと下の名前で呼ぶんだね」
「え、先輩たちだってそうじゃないですか」
「あたしらは、ほら、先輩だしね」
??
同級生が名前呼び捨てで呼びあってはいけないかのような返答だ。
「あの子さ、ああいう感じで基本クールの百乗みたいな顔してるじゃん? だから未だに部員内でもさん付けで呼ぶ子が多いのよ」
「そのくせ時々、女の子らしく笑ったり試合中とかに熱い動きを見せてくれるんだけどね」
「その温度差こそあの子の真骨頂って感じよね」
最後の意見に全員で頷く女子部員。
なるほど、今日だけ機嫌が悪いのかと思っていたが、いつもああなのか。そしてそれが正反対な感情の発露をこれでもかと言わんばかりに演出している、と。
ああ、つまりこれは…。
「演技…か…」
「ん? 何、瀬名子?」
俺は少し浮かれていた自分を厳しく律した。
計画は、ほとんど進行していなかった。
俺の壮大な目的は玲菜の周りの女子をギャップ萌えで惚れさせることじゃない。あいつ自身がありのままの姿をさらけ出し、キラキラと輝いてほしいのだ。
その為の足がかりとしてこの部活動に入ったのに。玲菜はあろう事か、部員らにすら巧みな演技をしかけて一目置かせることで、煩わしいコミュニケーションの一切を掌握したのだ。そこに、果たして交友関係などあるのだろうか。
……。
「でも今年は玲菜が入ってくれて良かったね。あの子が一年の中じゃ飛び抜けて上手いし、いざってなったら仕切ってくれるから見てて安心できる」
そこからは、恐らくよく話題にしているのであろう玲菜の話にシフトした。とっくに当の本人もドリンクバーからカフェオレを持って戻ってきているので、本人を交えての女子テニトークとなっていた。
俺は当然ついていけないので、ストローで氷をカラカラさせてぼんやりと考え事に耽っていた。
…最近、まともに話し合ってなかったから見落としていた。今の玲菜は、親の機嫌を取るために猛勉強している姿を親に見せるが、成績は一向に上がってくれない受験生のようじゃないか。見てくれだけ整えても、内側がますます中に閉じ籠もるだけじゃないか。
…なんとか、しないと。
「どしたの瀬名子? 放置されてスネちゃった?」
「だ、誰が…すか」
気づけば全員がこちらを見ていた。よほどつまらなそうに見えたのか?
「じゃあそんな寂しがりやの瀬名子に玲菜様から一言、はい」
玲菜はそのムチャぶりに顔をしかめた。先輩の振りにそんなリアクションしたら、男テニならぶっ飛ばされてるぞ。
周りの視線が集まる中、刹那の逡巡の末に玲菜は。
「ね、つまらないでしょ?」
と、少し厳しい目線で俺に言いつけてきた。
女子部員は総じてポカンとしている。
……。
いくら俺でも、今の言葉がこの場のことを指していないことくらいは察することが出来た。
お前は、どうしてそこまで…。
何故か、頭の中には篠井先生の笑顔が浮かんだ。
あの人はある意味、玲菜と正反対だ。冷徹と温和、器用と不器用、演技と本音…。挙げればキリがないと、最近の先生とのやりとりを思い出しながら考える。
正反対が故に玲菜に足りないもの、持ちすぎているものを見出すことができる…そんな気がした。
……。
俺は、玲菜を再び見つめる。
今度は熱い言葉でテニスを語り、クールさに少し熱を加えることで周囲を翻弄していた。
こんな奴を変えようなんて、並大抵のことじゃないよな。
ついでにかなり人道的でもない方向に逸れつつあるのだが、もはやそこは意地の世界だった。
見てろよ玲菜。お前に、みんなとふれあう事の楽しさを思い知らせてやる。
……。
そうして、俺はようやく自覚できる罪を積み重ねていくことになる。
やはり、玲菜という完璧孤立無援女をねじ曲げるのは正攻法では難しかったのだ。
ーーそして、全てに決着がついたとき。
俺の元には何も残っておらず、ただ惨めな恨みの感情と、深い深い罪悪感だけが心を埋め尽くしていた。
続




