中央高校の恋人事情
さすがは系列校一を謳うだけあり、中央高校の食堂は景観も料理も素晴らしかった。
校舎から離れた場所にある食堂「Harvest」は、外装がオシャレな赤レンガで造られており、使われているのか疑問な煙突までこさえてあった。
ただ、周りの木々がやけにうっそうとしているため、見た目としては森に棲む魔女の家といった印象だ。
「学食なのに値段が高めなのが唯一の欠点かな」
遅めの昼食を頂いた後、苦笑しながら至流がそう切り出してくる。こいつの苦笑は爽やかスマイルとニアイコールで、全然苦には見えなかった。
至流オススメの半熟オムライスを食し、俺とアオイが環境の違いに軽く凹んだのは言うまでもない。
オムライスに生クリームて、反則過ぎる…。
「なぜウチは改装もされず弁当屋の出張販売しか来ないのか」
「書店部の売上が低いからですかね?」
学校なのに営業成績みたいなもので優劣決めるなと言いたい。
まだ六時間目の授業中の為、食堂内には俺たち以外の生徒は見当たらなかった。
「あれ、そういえば何で至流と店頭にいた女子部員はこの時間から店頭出てんの?」
「ああ、ウチは金曜日の五・六限が選択科目なんだよ。で、書店部だけ特例で部活動を選択できるのさ」
「わあ、それはいいですね」
大したことないように見えて実に羨ましいカリキュラムである。
書店というものは、先週の間に売れた書籍を一週間かけて再入荷する仕組みとなっている。
特に売り上げの高い土日に売れた本は、木曜・金曜を跨いで一気に入ってくるのだ。
故に、週を通して見れば木金が一番手ごわい曜日となる(土曜日もそれなりに入荷するが、次の日曜日が休配の為に分散できて楽)
「いいなあ、現場を分かってる理事長でさ」
「あのオバサン週一くらいでウチ見に来るんだよ。あ、オバサンってこっちの理事長の事ね。そんでやれここの陳列が雑だのやれ棚の上に埃があるだの、言いたいことだけ言って帰っていくから厄介極まりないよ」
やれやれと言った感じでアイスコーヒーを飲み干す至流。
ふうむ、それでもろくに店頭も見ずに文書で指示だけ送ってくるウチの理事長よりかは全然マシだと思う。
「朝はどうしているんですか?」
「さっきの子達がやってくれるよ。ここは女子だけ校内に寮があって、彼女らはそこの費用を免除される代わりに書店部に属しているのさ」
「…では、自ら望んで書店部に入ったわけではない人もいるんですね」
アオイが興味を示したのは少し意外な所であった。
てっきり『わあ、自分で稼いで一人暮らししてるなんて大人みたいです!(キラキラ)』なんてリアクションを想像していたのだが。
「そうだね。女子高だった頃から女子の憧れの学校だったらしいから、そこで暮らせるならなりふり構わないって子もいるっちゃいるかな」
「そうですか…」
アオイはそこで悲しげな顔をして俯く。何か特に彼女の感情を害する節があったようだ。
「もしかしてアオイちゃんもユーリンに嫌々入部させられたとか?」
「いえ、違います。私の場合はむしろ逆で」
「逆? へえ、何何、聞かせて?」
ユーリンなどという不愉快極まりない呼び名は後で注意するとして、アオイの話は俺も気になる。
「えーと、それは…」
アオイは困ったような表情を浮かべながら、チラチラと俺の方を窺っている。
「すみません…ここではちょっと…」
「ふーん、了解。今度こっそり教えてね。ユーリン抜きでさ」
「…そのユーリンはやめろ」
何だろ、俺には言えない事情でもあるのだろうか。アオイに限って俺と玲菜のような裏表はないと思うのだが。
そう考えていた矢先、某ネズミ王国のパレード音が鳴り響いた。
予想通りそれは至流の携帯の着信音で、条件反射のようにアオイはその音を聞いてニコニコ笑だした。子ども…。
「もしもーし。うん、どうしたの? ……オッケー、すぐ行くよ」
言って電話を切った至流は、シャツのボタンを留め直して席を立った。
「ゴメン、どうやら店に上客さんが来てるみたいで顔出さなきゃならなくなっちゃった。二人はゆっくりしていってよ」
「ん、了解。上客なんてさすがは吉祥寺だな」
「はは、ホストさせられてる気分だよ。まあ唯一の男手だし、しっかり後輩達を守らなくちゃってね」
…って、男子部員お前だけなのか。それは辛いな色々と。
「じゃあまたねお二人さん!ユーリンと仲良くなれて良かったよ。俺も近い内にそっち行くからね」
とりあえず『店長会』でまた会おう、と言い残して至流は去って行った。
あれこそ気さくな店長というのに相応しい、喋りっぱなしでうるさいくらいのムードメーカーだ。
あの明るさが部員を引っ張っているのだろう。
「男子部員、あいつだけなんだな」
「しかも二年生も和佐店長だけらしいですよ」
「え、マジで?」
「はい、レジの子に聞きました。和佐店長を巡って全二年生女子部員がチミドロノアラソイ? だったそうです」
……。
…どうやら、ここの書店部にもかなり複雑な内部事情があるらしい。
「だから部員のことを『あの子たち』って呼んでいたのか」
ちょっとしたハーレム展開を想像していたが、現実は愛と憎しみの昼ドラルートだったようだ。というか、あいつそんなことあったのにケロっとしてて凄いな。
…至流ならば、心をコントロールする術を知っているかもしれない。
食後にチーズケーキを頂いた後、俺たちは中央高校を後にした。
「有意義な放課後でした」
「うん、そりゃ良かった」
夕陽に染まった道をアオイと二人で歩く。大好きなお菓子を与えられたような屈託のない笑顔を讃えるアオイを、俺は羨ましく思った。
「……はあ」
「どうしました?」
ついつい自身の歪んだ内面と比較してしまい、俺は思わずため息を吐いてしまったようだ。アオイが心配そうにこちらを覗き込んでいる。
「いや、アオイにはそのままでいて欲しいなってね。俺や玲…俺みたいにはならないでくれよ」
「……。そういう感じで秋篠先輩にも言ったんですね」
「ん? 何を?」
「『奈留ならいいお母さんになるだろうなってさ』」
俺は電柱に激しく頭を打ちつけた。
ホント世の中ってのは嫌なことだけは無尽蔵だ。
「そんな冗談はともかく、残念ながら先輩のお願いはきいてあげられませんよ」
「え、なんでさ?」
「…私だって、内心では色々と変わって来ているんです」
「ほう。内心ね…確かに変わるとしたら内心だよなアオイは」
俺はアオイの体をジロジロと見回しそう答えた。
「え? どういう意味ですか?」
むむ? という顔をする後輩。
いつものように皮肉が伝わらない辺り、あまり内心も変わってないのではないかと苦笑してしまう。
「気にするな。それよりアオイ、おんぶしてやろうか?」
「おんぶ?」
「あぁ、お前幼少は北欧か。あれだ、背中に乗っけるやつ」
「はあ、ではお願いします」
そう言って、何の警戒もせずに俺の背中にまたがってくるアオイ。冗談半分だったのに、まさか乗ってくるとは…。
足をしっかりと腕で固定し、人通りの少ない通学路をゆっくりと歩きだす。
「あはは、やっぱり軽いなー」
「……」
「昔は有夢もよくおぶってやったっけなあ。懐かしいなぁ」
「……」
妹との幼少時代を思い出し、少し感傷的になる俺。しかし、先ほどバス停で感じたアオイの甘い香りが鼻孔をくすぐり、すぐに現実へ引き戻される。
アオイは先ほどから黙り込んでおり、彼女の両腕は俺の胸元にきつく巻きついているよう。まるで後ろから抱きつかれているみたいだ。
「どうしたアオイ? やっぱり恥ずかしいか?」
「……」
「…先輩」
「ん?」
「…いつまでもアオイを子ども扱いしないで下さい」
……え?
歩みこそ止めなかったが、後輩の思わぬ発言に、多少足元がぐらつ俺。
アオイの両腕は更に俺をきつく締め付ける。
「先輩って、ジュンカン、ですよね」
「ジュンカン?」
「……いえ、何でもないです」
意味深長なアオイの発言が気になるが、そろそろ駅が近いから俺も恥ずかしくなってきて正常に思考が働かない。
「私、決めました」
「ん、ん? 何を?」
「先輩を私の抱き枕にします」
「お前も確信犯か!!」
バス停での発言を曲解して言い直してきやがった。
アオイに俺が翻弄されるなど…くっ。
「今日は楽しかったです。ありがとうございました。店長会頑張って下さい」
「くそ、忘れていたのに…」
こいつもなかなか猫かぶっているのかもしれない。
っていうか女子ってみんなそうなのか?
地面に伸びる俺とアオイの重なった影を見つめ、俺はそんなことを考えていた。
続




