中央高のプールオム
吉祥寺駅から歩いて10分ほどのところに、新星大学附属中央高等学校はある。
元々、吉祥寺擁する武蔵野市は都内でも比較的自然の多い場所だ。故に、栄えている駅周辺から少し歩いただけでもなかなかの自然を堪能することができる。
例によって、中央高校も都内にありながら周辺を背の高い樹木に覆われている為、見た目はまるでおとぎ話の中の建物のようである。
「中央高校…ここも私たちと同じ系列高校なのですか?」
「そう。ただし偏差値は附属校一で、立地条件から毎年倍率もありえない数字出してる所さ」
「はあ、凄いところなのですね…」
新宿にある第二高校とはタイプの違う迫力に、アオイはただただ呆然としていた。
「実は一つこの学校には秘密があるのだけれど、それは追い追い話すとしよう。さ、中に入ろうぜ」
「同じ附属とは言え、勝手に入って良いのですか?」
「その為のコレだからな」
俺がビシッとアオイに見せつけたのは、書店部員なら全員が持っている「部員証」というカードだ。
これを見せることで早朝・夜間の学内への入場が許され、宅急便なども部員証を見せなければ受け取れないしくみとなっている。
「そして部員証の隠された効果が、『系列学校への自由入場』校門でこいつを見せれば楽々クリアーなのさ」
「そんな効果が…確かに入部した頃に聞いたような気もします」
まあ大抵はそれ以外の『部員は全書籍10パーセント割引き』とかの特典に目がいっちゃうからな。
そもそもウチは書店部という小売が校内に設置されている以上、ある程度の部外者の入場は容認されている。もちろん、以前話したが、防犯への取り組みは他に類を見ないほどに厳格である。そういう意味ではこの部員証は数少ない抜け穴であるので、本来は各々がそれを自覚して携帯しなければいけないのだが。
そんなことをアオイに説明しながら、俺たちは案内板に沿って書店部を目指す。
信じられないことに、校門から校舎までの一本道は太陽が木々で遮られていた。木漏れ日が地面に斑な色彩を描いており、初夏だというのにとても涼しかった。
「おいおい、片田舎のウチよりも快適な自然環境じゃないか」
「しかも吉祥寺ですよね。本でしか見たことないので私帰りに寄ってみたいです」
校舎へとたどり着く前にそのハイスペック加減に舌を巻く俺たち。
新宿といいここといい、後から出来た附属高校は優遇され過ぎだ。やっぱ書店部の収入があるとこうやって施設にも影響してくるんだな。
散々自校との比較をして自虐の限りを尽くした後、俺たちは目的の書店へとたどり着いた。
なんと、外装は全面ガラス張りで中が見通せるだけではなく、衣服も専用の礼装のようなものを全員纏っていた。
「うわあ、作業着オシャレですねえ」
アオイがそこで働く女の子達の服装に関心を示している。
そう、やっぱり仕事着は必要だよな。ウチは制服の上からエプロン付けるだけだから、女子とかスカートのまま作業してるんだぜ?
ここみたいなオシャレな服なんて高望みはしないから、せめて就活で着るようなかっちりした奴が欲しい。
などと、形から入るタイプの俺は常々思っている。
「凄いな。店の什器も新品だし、よく手入れされてて陳列も完璧だ」
「映像化コーナーも話題の作品は多面で目立つように展開していますし、これ、POPも手作りですね」
料理漫画の感想役みたいに良い点を羅列していく俺たち。ちなみに、什器とは本を立体的に並べるスタンドのようなものだ。
中央高校の書店部は、一言で言えば『キレイな本屋』である。
圧倒的物量が自慢の新宿第二高校とは趣が違う。敷地面積はウチと同等ながらも、キレイな棚、キレイな陳列を心がけているようだ。比較的裕福な住民が多いという武蔵野市の土地柄を汲んだ展開だ。
「今更だけど、部長が言っていた首都圏書店部三強の話を思い出したぜ」
確か『蔵書量の第二』、『陳列の中央』、『接客のエリシア』だったかな。
エリシアってのは池袋西口にある一番新しい附属高校だ。何でもホスピタリティトレーナーを雇って大手デパートと遜色ない接客を心がけているらしい。
「それに引き換え、古株の我が校の没個性さと言ったら…」
「そうですね…」
などと二人して凹んでばかりもいられないので、俺はここの店長を探すことにした。
「それにしてもここ、女子の部員が多いですね」
「ああ、そこがさっき言ってた中央高校の秘密。実はここは二年前まで女子高だったのだ」
「え、そうなんですか。ではそれまでは女子だけで書店部を?」
「らしいよ。力仕事なところあるから本部から出向してたんだとは思うけど、俺的に本屋って女性店員が多めなイメージ。実際大手チェーンだと女性店員の方が多いって聞くし」
と、そこで、店のスポーツ雑誌の所で作業をしている男子部員を発見した。初めて見かけた男子部員だ。
うわ、背高、足長、腕細!
書店員というよりは本屋に立ち寄ったモデルか何かのような出で立ちだ。髪も明るい。
上はワイシャツだがかなりカジュアルなもので、前のボタンも割と豪快に開放している。
袖は肘まで捲ってあり、ネクタイもエプロンも付けていない。
「えーと、すいません」
俺は自分より明らかに背の高い男子部員に恐る恐る声をかける。
「いらっしゃいませ! …あれ、その制服、もしかして新星の生徒さんですか?」
「え、そうだけど」
「おお、やっぱブレザーは紺がいいですよね。うちは女子高だったからか色が派手なんで嫌なんですよー」
系列校とは言え他校の制服を把握しているとは、こいつなかなかの上級者のようだ。まあオシャレ的な意味か制服フェチ的な意味かは置いとくとして。
「俺は新星大学附属の書店部店長の瀬名悠里って言います。今日ってここの店長いますか?」
「あ、はいはい俺! へーそっか、君が瀬名店長かあ。俺は和佐至流 瀬名君も二年だよね?」
「ああ、そう」
「いやー嬉しいなあ! ようやく同性で同じ役職の知り合いができたよ!」
和佐とかいうここの店長は、俺たちの来訪に本気で喜んでいるようだった。
挙げ句の果てには感極まって抱きつかれる事態となり、近くで立ち読みしていた貴婦人ルックのおばさんが煩わしそうにメガネをクイっと上げていた。
っていうかコイツ香水つけてる?! バニラとミントの合わさったような匂いが背中からするぞ!? 仕事中なのに色気出してんじゃねえ!
「…お前にはドンキホーテの安香水というあだ名を授けるわ」
「ちょ、酷い!?」
俺がいきなり暴言を吐いてもこのリアクション。見た目の割に物腰の柔らかい奴である。
「それで、瀬名店長…セナテンは何しにウチに?」
「……ちょっと和佐店長に相談があってね」
「至流でいいって! 俺もセナ天って呼ぶからさ」
「なんだ俺は、カラッと揚げられたような呼び方をするなよ」
「じゃあ天使セナフィムってのはどう?」
「意外に頭はメルヘンなのか?!」
この感じ。何となく圭太に通じるところがある。
あちらが天然な一般市民タイプなら、こちらは確信犯的上流階級といった感じだ。
アオイはまだ奥の方で陳列を眺めているようなので、俺は流れを断ち切り本題に入ることにした。
「真面目な話、至流に提案があってきたんだよ」
「俺に?」
「そう。ウチと書籍の店間移動の協定を結ばないか?」
片方の店である書籍が品切れた場合、もう片方の店にその在庫があればその書籍を分けてもらう事ができる。
俺が提案したのは、つまりこういうことだ。
本屋というのは地域性に大きく売り上げが左右されるところがある。
例えば、オタクの聖地秋葉原にある書店ではコミックやミリタリー雑誌などがよく売れる。しかし一方で女性誌や料理本などはぼちぼちだ(元が繁華街なので売り上げが低いというわけではなく、割合的に見れば低いということだ)
そしてファミリー層がメインの中型デパートの中にある書店の場合、この比率がおよそ逆転する。ジャンル毎の売場面積からして大きく違う事だろう。
これは極端な例だが、同様の違いがウチとこの店とでも発生しているはずだ。
その無駄を排し、売り逃しを回避するのが今回の提案の狙いだ。
俺は改めて店内を見渡す。
「趣味実用系のコーナーがずいぶんあるな」
「うん、ここら辺は金持ってて元気なお年寄りが多いらしくてさ。釣りやら登山やらの本がバカスカ売れるんだよ」
…なるほど。これはウチの店との違いをよく表している。
東京の隣県に位置している我が校は、比較的若い核家族世帯を中心とした集合住宅がいくつも周囲に存在している。
それ故に児童書や学習参考書などが他店と比べて売行きが良く、一方でここのような比較的年齢層高めがターゲットの本はあまり芳しくない、
俺は至流を児童書売場まで誘導し、話を続けた。
「例えばここで山積みになってる、某菓子パンが悪を挫く人気アニメのキャラクター図鑑。これが今ウチの店では品切れていて、それどころか出版社自体在庫を切らしていて次回重版まで流通が無いという商品なのだ」
「マジで? スペース取るから棚に一冊差して返しちゃおうかと思ってたよ」
「逆にここの店で数が足りない、って本はない?」
「うーん…あ! アレアレ、先週出たMHKのラジオテキストの仏教の奴。 じいちゃんばあちゃんからめっちゃ問い合わせあるのに版元にも無いとか言われて困ってるんだよー」
…ああ、あれね。確か詩人か何かの人が仏教について云々っていう。MHKのテキストじゃなかったら即返品してたわ。
「ウチに在庫あるよ。確か三冊くらい」
「マジで? それ超ほしいよ」
お互いに欲しい本があるので、これなら特に問題なく商品を移動できるだろう。
うん、まあつまりこういうことだ。
在庫の数はパソコンで管理されているからそこは狂ってくるけど、確か玲菜辺りが修正の方法を知っていた気がする。
「…でも、そんなことしちゃって大丈夫なの?」
「バレたらマズい。支店間の移動は極力控えるように注意されてるらしいから」
「えー、どっちも得して良い事なのに…」
短期で見ればそうなのだが、長期的に見れば損になるらしい。
要は、客側からすると「この店になくても他の店から取り寄せてもらえばいい」という状況になり、たった一冊の文庫本を売るためにお金払って郵送してもらうなんてケースが頻発するのだ。
「正式にルール化したら、多分俺たち店長の仕事が増えるだろうよ。これは新宿に、これは池袋に、ってな」
「あー、それはきっついねー…」
「そこでこの秘密協定ってこと。基本は店頭在庫の調整だけど、客注も高額商品なら移動させる予定だ」
「うーん、デメリットはバレた場合のリストだけかあ」
至流はその場で腕を組み考え込む。見た目は割とチャラいが、どうやら店長としての仕事はちゃんとこなしているようなので安心した。俺としても同じ役職の友達ができることは嬉しいしな。
「……まあ、いっか。ウチも売り上げ落ちてて困ってたから、それが改善するなら何でもやらないとだよね」
「よし、決まりだ。晴れて至流の階級はドンキの安物からブルガリプールオムにランクアップしたぞ」
「有名ブランドなのによく特売に出されてるからあまり嬉しくないんだけど!?」
そんなやり取りをしていると、店内を見てきたアオイが俺たちの方へとやって来た。
瞬間、アオイを目にした至流の目がキラキラと輝き出した。
「うわ、すっげー! 銀髪だよ銀髪! 君も書店部なの?」
「う…はい」
「離れてろ。至流、こいつは一年の華宮アオイ。お前の好きそうな北欧の血を引く少女だ」
「ホントに?! 北欧とか本場じゃないか」
何の本場なのか分からないが、恐らくペガサスとかお姫様と竜とかそういう類だろう。
「俺は和佐至流だよ。ここの店長をしてるんだ」
「華宮です。はじめまして」
元からニコニコ顔がデフォルトの至流だったが、アオイの登場でその笑顔に輝きが加わったようだ。
「そうだ。せっかくだからカフェでも行って話そうよ。ウチの食堂は系列校一って言われてるんだよ」
「ん、俺たちは構わないけど、店は大丈夫なの?」
「平気平気! 品出しとかは午前中にみんなでやっちゃったし、残ってる仕事は俺いなくてもあの子たちができるから」
ふーん、と納得しかけたが、今日入荷した本を午前中に出し終えただって?
今日は月に数度ある大手雑誌の一斉発売日であり、その他にもいくつかのジャンルで大型新刊が発売している品出し泣かせの日であったはず。恐らく今頃、玲菜がその物量にうんざりしながら本を店にだしていることだろう。
それをものの一時間ほどで終わらせるとは、流石は系列校最高偏差値を誇るインテリ集団である。
「じゃあ行こうか」
至流店長を先頭に、俺たちは一路、食堂を目指した。
続




