愛情二刀流三連撃
アオイと別れ、自宅へと帰ってきた俺を待っていたのは思わぬ来訪者だった。
「ようユーリ! お邪魔してるぜ!」
「……」
…字面で騙されてはいけない。俺の部屋で待っていたのは声のデカいクラスの友人などではなく、ぐりぐりの猫っ毛で華奢な体つきのお調子者少女であった。
学校帰りに寄ったので服装は未だ制服のまま。自室のクッションに妹以外の女子が腰掛けるのは初…あぁいや、大正義女がいたか。
「何のようだよ文学少女」
「サボった授業のプリントを持って来てやったんだぜ!」
そう言って奈留は数枚の藁半紙をビシッと俺に見せつけてきた。
高校生にもなってプリントなんかわざわざ届けるものか?
「ありがと……ってか、何でお前が? こういうのするなら近所の
玲菜が適任じゃないか」
「そりゃあそうなるだろうって俺も思ったさ。だから玲菜に声がかかる前に俺が申し出たわけよ!」
「何故そんなことを? 正直に言えば夕飯を奢ってやる」
「…瀬名君の家に行ってみたかったからです」
即座に素に戻る奈留。
…ふ、ふん。飯につられて本音をポロリとは下品な女だ。
そんな急に恥じらい見せても俺の心は少っしも動かないからな。
「急に押しかけてきてゴメンね?」
「いや、来てくれたこと自体は嬉しいぞ」
ただもうちょっと女子らしい待ち構え方をしてほしかったというか…。
学校でのことをもう怒っていないような点については一安心だがね。
奈留ほど、付き合っていく内に印象が変わっていった友人もいない。
「まあこんな時間だし、せっかくだから夕飯でも食べていけよ」
「ホントにいいの?」
「もちろん。俺の家に友達が来たのなんて数年振りだし、母さんも喜ぶよ」
そう聞くと奈留は「よし!」と小さくガッツポーズをし、急に身なりを整え始めた。
俺を出迎える時は、まあ圭太の演技が入っていたとはいえ、制服のままクッションの上にあぐらをかいていた奈留であったが、流石に親御となると外見に気を使うらしい。
まだぎりぎり夕陽だけで部屋が見通せる明るさの中、俺は黙って奈留のメイクアップを眺めていた。
「……」
「……」
一度だけ鏡越しに彼女と目が合ったが、気恥ずかしそうにしてすぐに逸らされてしまった。
……あれ、何か学校の時と空気が違う?
シチュエーションが違うだけなのだが。ん、いや、最近読んだ本にシチュエーションがどうこうって書いてあったな。最近何か読んだっけ?
ーーアオイとのやりとりがまだ頭で渦巻いていたので、俺は雰囲気を察知することに鈍感な状態なのを自覚できていないでいた。
その後、俺の本棚の本を二人であれやこれや話し合い、リビングで夕飯を食べた。
食事中、母親が何故か終始ぎこちない笑みだった点が気にかかる。
そして部屋に戻り、奈留は再び本棚を物色し始め、俺は気にせずゲームをプレイしていた。
こういう所でお互い気にせず行動できるっていうのは素晴らしい。真の友情とは、お互いが関係の中で独立しているものだと思うね。
午前中こそ玲菜に気分を害されたが、その後はとても有意義な一日だった。まあちょっとアオイにはドキリとさせられたけどね。
俺は一日を振り返りながら、名作アニメの悪役に剣を奮う。
「それ、面白いの?」
気付けば、ソファーに腰掛ける俺の真隣に奈留が座っていた。ボス戦だったので見えていなかった。
「ん、まあね。PS2版のリメイクだけど久々だからそれなりに」
言いながらプレイを続行する。やけに奈留が近くに座っている気がしたが、当然ボス戦なので気にかけていられない。
くそ、こいつ一度攻撃のチャンス逃すとしばらく遠くから射撃しかしてこないから面倒だな。
「じゃあやりながらでいいから質問に答えてくれる?」
「オッケー。あ、またっ!」
いよいよ身体を左右に揺らしながらゲームの世界に没頭し始める俺。
そろそろ奈留の帰りの時間を気にしなければいけない時間なのだが、そこまで気を配れない辺り我ながら子どもだったと後々実感した。
そして、ここで気づいていられればと激しく後悔した。
「今日、なんで早退したの?」
「玲菜のせい。朝から色々と仕掛けてきやがって…。昼休みの弁当で限界だったよ。中味見た? ピーマン入ってただろ?」
「うん。『何で分かったのかしら』って不思議がってたよ玲菜さん」
分からなきゃ今頃あいつの奴隷だろうからな。生き抜くために必死なのさ。
にしても呼び方が『玲菜さん』に変わったあたり、少し二人の距離が縮まったのかな?
「でも、凄く手が込んでいたよ? 確かにピーマンとナスとしいたけがほとんどだったけど、何ていうか苦手料理を克服できるように色々と工夫されている感じだった。ピーマンが肉巻きされていたりして」
……。
俺は『それも演技の内だろうさ』と言葉を吐き捨てるつもりだったが、奈留にそう思っている俺の本音を知られることに抵抗を感じ、閉口した。
玲菜の話をすると、どうしても自身の心の醜悪さが浮かび上がってきて嫌になる。
…あいつが俺に思いやりなんてあり得ないよ。全て計算づく、全て演技だ。
「…奈留は、あいつから今の俺たちの事情を聞いているんだろ?」
「え、うん。実は仲が悪いんだけど、お店の売上の為に話題作りで付き合っているって」
端的に言えばそうだ。若干玲菜の玩具にされている感があるがね。
「仲が悪いのは真実だし深刻なんだ。だから多分…」
「玲菜さんはそんな風に思って作ったんじゃないってこと?」
「…だと、思うよ」
戦闘の合間にちょっとしたアニメーションが入ったので、俺は奈留の方に顔を向ける。
その瞬間にパッと俺の腕から離れた奈留は、何事もなかったかのように考え事を続けていた。
「うーん、玲菜さんの演技力は確かに現実離れしているけど、あれが全部演技とはあたし思えないんだよなぁ」
「というと?」
「んーとね、あの後結局二人でお昼食べたんだけど、玲菜さんどこか悲しそうな顔をしていたの。何度か話しかけても反応無かったし、あれは流石に演技とは思えないよ」
……。
俺がもがき苦しむ様が見られなくて心底残念、とか?
流石にそこまで人格破綻していないだろうし、単純に用意が無駄になったからだろうか。
「俺でも未だにあいつのこと分からない部分があるんだ。というか多分一生分かりそうにないや」
「生涯をかけて探求しようとは?」
「ねえよ! 世界遺産か!」
こうやって時々、奈留はガチトークから一転しておちゃらけることがある。何か隠したい内心でもあるのだろうか。
そこまで考えが至ったと同時に、ゲームのアニメーションが終わって大きな怪物が画面狭しと暴れ回り始めた。こいつを倒すのが一番厄介なんだよな。
俺はペロッと舌を出して大ボス撃破に取りかかる。
「…はあ、相変わらずワトスン君は思考の追求が不十分だね」
「どっちかっていうと俺がホームズって感じだけどな。宿敵がいるし」
「…ふうん、じゃああたしがワトスン?」
「いいね、俺が困っているときに明朗快活な意見をくれる君はワトスンにピッタリだね」
ーーぎゅっ。
「そっか。それもいいかも。一番思われている仇敵よりも、そばにいて心落ち着ける相棒…」
「それは理想的だ。そうなりたいね…」
俺がボスにトドメの一撃を入れようとした刹那。終わりを予知して視線を隣に向けたところ、奈留が俺の左腕に完全に抱きついていることを初めて視認した。
「え…奈留…?」
キャラクターの渾身の攻撃は空振りに終わり、返しの敵の反撃で主人公の視界はあっという間に暗転した。
俺の視界もリンクして暗転するかと思ったが、現実は俺に目の前の光景を見せ続けている。
奈留の表情は窺えない。顔は俺の腕の中に隠れてしまっている。
彼女のふわふわした猫っ毛をここまで真近で見たのは初めてだ で、なんかドキドキしてしまう。亜理亜よりも明るい金髪である奈留は、玲菜のせいで隠れがちだが相当な美少女なのだと改めて実感する。
「わ、ワトスン君?」
俺はまだふざけているのかと思って呼び名を変えてみたが、それでも反応は無かった。
今日はこんなことばっかりだ。アオイも奈留も急に抱きついてきて、そして全然意図が読めない。心が見えない。
もしかしたら、俺は本当に抱き枕としての素質でもあるのか?
なんて冗談すら本気に思えてしまうパニック状態。
俺の異性の判断基準はほとんど玲菜によって見出されたものだから、あいつが取りそうにない行動をされるとたちまちテンパってしまう。
次第に何故か高鳴ってくる胸の鼓動。奈留の身体の温かさを感じる。
「な、奈留。そろそろ家に帰らないと…」
「……玲菜さんとは一緒に寝ていたんでしょ?」
「へ?!」
かろうじて紡ぎ出した常識ある俺の言葉は、奈留の非常識かつ過程をすっ飛ばした意見によって打ち砕かれた。
「このベッド? そう言えばさっき長い黒髪が落ちていたね」
「おまおまっ、違うって! 一緒に寝てたのは小さい頃! あの後散々説明しただろ!? 」
「何にせよここで寝たんでしょ? 二人で。それじゃあ不幸、不公平」
「や、奈留さん意味が分からない!」
俺はいよいよ混乱を極めた。
度が過ぎた奈留のおふざけを叱りたい一方で、密かに生まれる夜への可能性……。
だ、駄目だ。誰か公平な判断が下せる奴来てくれ。そいつの裁量で俺は紳士にも狼にも…。
バンッ!
奈留の抱きつきが胸元まで進出してきた辺りで、夜の静寂は不意に破られた。
俺たちはその音の大きさに飛び上がる勢いだったが、何よりもそこに立っていたクラスメートの存在に驚いていた。
「…仕事上がりに寄ってみればまあ」
ある意味で一番正しい判決を下せる奴が登場。俺は顔面が蒼白になる。
流石の奈留でもこの状況、というか玲菜を相手にしてテヘペロ的なリアクションができるわけがなく。怖がるようにして俺の胸元にしがみつき…っておい!?
「ついにそういう事に興味持ち始めたのねゆう…悠里」
「言いたい事は何となく分かるが誤解だって!」
「誤解? なんであたしがあんた如きガキ相手に狼狽えて物理的に暴れ回らなきゃならないのよ、そんな出来の悪い愛人みたいな役あたしはごめんだわ」
「口調口調!」
とにかくみんな超混乱状態だということはよく分かった。後は誰かがいち早く目覚めることを祈るばかりだ。ちなみに俺は自分が瀬名悠里なのかボスに向けて剣を振るっている勇者ドレッド=へインなのかイマイチ見分けがついていない。
そんな最中、身体がふっと軽くなる感覚を覚えた。寄り添っていた奈留が俺の元から離れたのだ。
少し冷静になってきた俺はようやく握っていたコントローラーをテーブルに置いた。そして小さくため息を吐き、奈留に向けて言うべき言葉をかける。
「ごめん奈留。今日は一緒に寝てあげられないや」
「うん、我慢する」
「ばかーーーー!!!!」
やけに子どもっぽい声が聞こえたと思ったら、次の瞬間には俺の顔に六法全書が突き刺さっていた。
なんていうか、とりあえず早く大人にならないと、と俺は消えゆく意識の中で思った。
続




