怪しい恋愛講座(前編)
短いです(´・ω・`)
閉店まで残り一時間。気がつけば、一人店奥で立ち読みしていたサラリーマンも姿が消えていた。
診断チャートに答えることに集中するあまり、客の退店に気づかなかったようだ。
つまり、今の店内は二人きり。一組の男女がカウンターでくっつき合って恋愛本を読んでいる。
「あ、ほら。これなんか使えそうじゃない。『付き合い始めの二人の愛の伝え方』」
「ふむふむ」
その章の冒頭には、背の高い男が少し後ろを歩く女の子と手を繋いでいる様子が、少女マンガにありがちな細いタッチで描かれている。
「え、付き合い始めってこんなバトンリレーみたいな動作で歩くの? スピード出せないじゃん」
「何でカップルで速さ追求しなきゃいけないのよ…」
玲菜は呆れ顔でツッコミを入れ、丁寧に解説までしてくれる。
「これは、男の方が歩幅が広いから彼女と離れないように手を繋いでいるの。あるいは、隣り合って手を繋ぐことがまだ恥ずかしいからこうしているんじゃないかしら」
「へー。そういえば二人共ちょっと顔が赤いな」
つまり、まだお互い相手に愛情を伝える事に恥じらいがあると。それでも何とかして相手に気持ちを伝えたいって様子がこれなのか。
「いい絵じゃないか。日本の現代思想を象徴する一枚として保存されるべき」
「日本人って昔からこんな感じじゃないの?」
そう言う玲菜の表情に茶化しているような素振りはない。お互い命じられた仕事として内容を理解しようと真剣に取り組みつつあった。
「あれ、でも思ったんだけど、俺たちが演じる恋愛ってこんな初々しい奴でいいの?」
「…なんで?」
「みんなは俺たちが昔から一緒にいたこと知っているわけじゃん? だったら今更手を繋ぐだけでドキドキしてる様を見せても嘘くさくないかな?」
俺が問うと、玲菜は寄りかかっていたカウンターから身を起こし、腕を組んで考え始めた。
そして。
「……じゃあ、プロの恋愛を見せるってこと?」
「うぐ」
…ぷ、プロの恋愛って。
ぱっと頭に思いついたのは、外国映画であるような密着度MAXのハグをしている男女だ。
俺の中ではプロ=情熱的という風に解釈された。
「無理だ。死人が出る」
「そうね。アマチュア路線でいきましょう」
お互い想像したものはおよそ同じだったらしく、赤面して相手の顔を見られない事態になっている。
ああ、頭に浮かんだあの映画は確か玲菜と見に行ったんだっけ。中1の時に。
俺は湾岸沿いの警察署の映画が良かったのに、玲菜が無理矢理連れて行ったんだよな。
「いいわ。そんな細かいところまで疑問視する人なんていないと思う」
「そうしよう。というか、仕事とはいえできることには限度があるぜ」
スタンスについてはビギナーモードで妥協することにした。
そしてようやく、俺たちは開きっぱなしの冒頭のページから読み進めていく。
「『初めてカップルのドキドキポイント。その一、手紙交換』」
その項には、先ほどのリレー男女が机に座ったままコソコソと手紙のやり取りをしている様子が描かれていた。
「あ、これは俺たちもやってたよね」
「そうだったかしら」
「やってたよぅ。玲菜から紙を小さくまとめる折り方教わったよ」
なんかどうでもいいことしか書いてなかった気がする。
あんな感じでいいのかな。
「ん、いやいや。今は携帯あるんだから必要ないよなコレ」
「そうね」
「…そう、一見すると必要の無いこと。だからあえてやるのよ」
「うんうん、は!?」
予想外の玲菜の返答。流石に今回は賛同できないぞ?
「これくらいなら見せつける為には丁度いいわ」
「程度としては楽な部類だが、これは流石に他者から見ても『?』では?」
「高校生くらいならギリギリ許されるわよ。内容も紙にまとめた方がいい事にするのよ。新刊の在庫と発注状況とか」
…お前は、『ひとつなぎ69巻 在庫25 追加注文50(6/4注文)』とか書かれた無味乾燥な手紙を授業中に回すというのか。
やはりこいつもどこかおかしい…。
しかし玲菜がやるって言い出したらやるんだろうなぁ…。
続




