怪しい恋愛講座(後編)
「早急に席替えがあることを祈る」
そうすれば手紙なんか回してこないだろ。今の「斜め後ろ」っていう位置が良くないんだ。
「離れても誰かに中継してもらって回すから。小学校の時もそうだったじゃない」
…こいつ、何というお転婆振りだろうか。
そしてやっぱり手紙交換してたこと憶えてるじゃないか。
ああ調子狂う。今日の玲奈はやけに機嫌がいいな。
「じゃあ次ね。えーと、『一日10回大好きと言おう!』……」
「返品! すぐ!」
あーあいよいよ無慈悲な奴来ちゃったよ。
急いでるのに各駅停車の地下鉄有楽町線くらい無慈悲だよ。
「あはは、これはきっついわね」
と言いつつも、返品ダンボールにぶち込もうとする俺の手から本を抱いて守る玲奈。
そいつを守る価値なんてないぞ少女よ!
「逆にチャンスだと思わない? 悠里の精神力を底上げできるわよ?」
「いいや営業スマイルに磨きがかかるくらいだね! それこそ洗脳されたかのような屈託のない笑顔になるね!」
「いいじゃない。あたしに洗脳されなさいよ」
「やだよ! 怖いこと言うなよ!」
半ば絶叫に近い俺のツッコミ。これが心を閉ざそうとしていた男の末路か…。
なんか突発的な中二病こじらせただけみたいに思われちゃうよ…。
「はあ、もうやだ。帰りたい」
「弱音を吐くな瀬名。女々しいぞ」
ついに松方先輩の声マネまでしだしたよこの人。俺がヘタれると大抵こいつが活気付くんだよな。
「ホント元気だな今日のお前」
「そう? いつもと変わらないつもりだけど?」
カウンターに手をつき、しなまでつくりながらとぼける玲奈。
…くそくそ、何だよそのボーズ。
先週の放課後のこと思い出しちゃったじゃないか。
アオイが口元に手を当ておどろいている姿が回想された。
大人の事情を説明する為とは言え、あそこまでさせられるなんて思ってもいなかった。そういえばあの時もテンション高かったな。
「…ねえ、それが嫌なら一つ提案があるのだけれど」
「な、なんだよ?」
俺が聞き返すと、玲奈は俺の手を取り(!!)、カウンターから店の開けたスペースまで連れてこられた。
え、何…?
お互いの間に1メートル程の距離を置き、俺たちは向かい合って立っている。
「お母さんが昔出た舞台でね、とても気に入っている役があるの」
「え、それって…」
前も話したが、玲奈の母親は舞台女優だ。こいつはその演技を時に間近で、時にテレビで何度も観て育った。
その中でも特に好きな役。俺も小さい頃から一緒に演技させられていたから、多分今でもその役のセリフはそらで言えるだろう。
玲奈が、俺を見つめている。
ーー夜の学校、夜の本屋。
明かりは煌々として音は無し。
観客のいない舞台上で、玲奈の瞳に演技の炎が灯った。
「『ジェイン、私はあなたを誰よりも憎んでいるわ。毎晩あなたの無邪気な顔を思い浮かべては、冬空の如く心を凍てつかせているの』」
「……」
「『あなたは籠の中の私を外の世界へと連れ出してくれた。大きく空へと羽ばたいた私は、けれどもあなたを憎むことしか考えていなかった。翼は自由でも、決してあなたの周りから飛び立つことはなかった』」
何故この場で彼女が演じだしたのかは気にならなかった。
俺の中で彷徨う感情は、「この演劇に応えるか否か」であった。
俺は……。
しかし、寸でのところで言葉を飲み込んだ。
「…………」
セリフは一通り覚えている。舞台上で急遽代役を任されたとしても、言葉の面では失敗しない自信がある。
……でも。
今、ジェインがアミエスへと言葉を返せばーー。
そうしたら……俺たちの……関係は……。
「…まだ感情の整理がつかないのね、ジェイン。それでも、私はここで待っているわ」
そんなセリフを、アミエスが言う場面はあっただろうか。
混乱している頭では、もはやセリフの事など思い出せる余地はなかった。
そして、何故混乱しているのかを考えることだけはするなと本能が警告している。
ただ、どうやら俺は再び玲奈に敗北したようだ。
昼は渾身の怪演で少し優勢に立てたと思っていたが、やはり玲奈の方が一枚上手だった。
こいつを屈服させるには、正攻法ではだめだ。
失意のままに顔を上げる。
未だ俺を見つめる玲奈の顔には、憂いや悲しみの色が見て取れた。
……そうか、これならいけるかもしれない。
敗北の海で掴んだ解決への糸口は、確かに今までにない作戦であった。
その時、閉店時間を知らせる機械的なアナウンスが流れた。
舞台は唐突に閉幕となり、店を閉める作業へと、互いに無言で向かっていく。
その最中、俺は密かに決意していた。
ーー玲奈、お前に勝つにはやはり、愛で挑むしかないようだ。
およそ正常な思考回路では至らぬ結論に、この時の俺は到達していた。
続




