彼女が存在感あり過ぎて辛い
「…ん、これはさ」
「恋愛に関する本って探してみたら意外に無いのよ。少女コミックから習った方がマシかも」
「んん…」
え? 俺の反応が鈍い?
心閉ざそうとしてんだよ!
テンパっちゃって完全にただのおっとりした子みたいなリアクションになってるけどさ!
だって、誰が想像できるよ?
これから無関心になろうとしている対象の女の子と小学生向けの恋愛指南書読むとかさ?
「じゃ、読んでくわよ」
「ん、ん、待って…」
「…何かさっきからキモいけどどうしたの?」
俺はとっさに店を飛び出し、校庭に出るドアを開けてすぐそこの水飲み場で顔を乱暴に洗う。
「予測不可能過ぎる!」
顔から大量の水を滴らせながら、俺は真っ暗な校庭に向けて叫ぶ。
確かにラブラブ本を読むってのもなかなかに想定外だったよ?
でもそれ以上に玲菜との距離が近すぎんだよ!
なんであいつあんな腕に寄りかかるみたいにして隣にいるんだよ?! なんか自分でもめっちゃどもっててキモかったよ!
…はあ。挫けそう。
あいつもしかして、俺が本当に無関心になれているかどうか試しているんじゃないだろうな?
だとしたらかなり厄介だぞ。だって俺はあいつの身体が腕に触れただけでこんなにも心が……。
心が…。
この時、俺はついに考えまいとしていた事を考えてしまった気がする。
ーーなんで、心が落ち着かないんだろう。
「そこにいるのは、瀬名か?」
俺が悪魔の囁き(主観)に心を半分ほど奪われそうになっていたところへ、厳しそうな鋭い声色が背後から聞こえてきた。
「ま、松方先輩」
「エプロンを付けているということは部活中か。しかし、その様は何だ?」
そこにいたのは生徒会副会長の松方先輩だった。何故か最近は生徒会の人に会うとギクリとする。
気がつけば俺は上半身が水浸しだった。
顔を洗うだけのつもりが気がつけば頭までまんべんなく濡らしており、髪から滴った水滴がエプロンや制服を浸食していた。
「ちょっと眠かったんで…」
「生活習慣が乱れているようだな。上だけは体操着に着替えろ」
「はい、すみません」
凄く情けないところを見られた気がして、俺はそそくさと立ち去ろうとする。
「待て、瀬名」
「え、はい」
先輩は首元のボタンを緩め、少しフランクな感じで俺に話しかけてきた。
「深千代とは順調なのか?」
「う…えっと、はい」
「そうか」
腰に手を当て、我が校の副会長は校庭を少し見回していた。
何というか、今の先輩からはいつもの刺々しい印象が感じられない。四六時中あの仏頂面では、流石に偏頭痛でも起きそうだしな。
「まったく、理事長も低俗なことを思いついたものだ」
「ん? 先輩は俺と玲菜が受けた指示を知っているんですか?」
「ああ。生徒会は把握している。ウチも終わりが近いかもな」
そうか、生徒会が知ってくれているなら心強いな。根拠はないけど。
「じゃあ、助けて下さいよ先輩。俺と玲菜は恋愛なんか何も知らないんです」
「うん? 何を言っているんだ瀬名。お前達は付き合って仲睦まじくしている様子を全校生徒に見せつければ良いのだろう?」
…あー、そうか。理事長も生徒会も、俺たちの関係を勘違いしたままなんだよな。
くそ、これじゃあ助けを求めるなんて無理じゃないか。
むしろ彼らに対してもしっかりとラブラブアピール(死)をしていかないと、メッキが剥がれたらエラいことだぞ?
「まあ、何か困ったら生徒会を頼ってみろ。俺は力になれそうもないが、会長は裏で色々と画策しているようだぞ」
「……剣崎先輩が?」
ーー生徒会長、剣崎静華。
俺と深千代が尊敬する先輩であり、そして俺達の秘密に一番近い所にいる人でもある。
あの玲菜の『奈留すまし事件』以降、何故か一度も店に顔を出さない。いつもなら週一ペースでビジネス書コーナーに出没するというのに。
「剣崎先輩って、今忙しいんですか?」
「ああ、頻繁にどこかへ出かけて行っているな。第二附属の生徒会ともよく連絡を取り合っているようだ」
…第二附属。
聞いた途端に、俺は無意識に拳を握りしめていた。あぁ、これが心の抑制を圧倒する無意識という奴か。
にしても、剣崎先輩と二乃舞が協力関係になったとしたら…。感覚としては光と闇の使者が共同戦線を組んだような、そんな世界終焉的なイメージなのだが。
「あの様子では、近い内に何か催すつもりなのかもしれない。もちろん書店部においてな」
「そうですか。それは、ありがたくです」
絶対にろくなことにはならないだろう。二乃舞が絡むとなると尚更だ。
あまり店を離れてもいられないので、俺は松方先輩に挨拶をして店に戻る。
先輩に会って気を引き締められた一方で、面倒なイベントがスケジューリングされていることを知って滅入ったぜ。モチベーションの変動費としてはプラマイゼロといったところか。
その後、相変わらずカウンターで『恋するキモチ』を読んでいた玲菜に着替えてくる旨を伝え、俺は上だけ体操着に着替える。
ジャージにエプロンとか最高にダサいが、もう客も少ないだろうし我慢しよう。
髪だけ適当に乾かして、俺は部室を後にする。
カウンターに戻った俺を、玲菜は不審者を見るような目つきで出迎えた。
「どうしたらこの短時間でそうなるの?」
「…色々あったんだよ」
…と、危ない危ない。行動を予測しろ俺。
放送室の前で話した時はいい感じだったじゃないか。
「松方先輩に会ったんだ。なんか、剣崎先輩が色々と暗躍しているみたい。近々イベントでもやるつもりらしい」
「ウチ絡みの? またイイ見世物になるだけじゃないの、それ」
「ああ、でもまあ、やるしかないね」
「そうだけど…」
俺は軽い感じで玲菜を促しているが、当然本心は違う。いずれ何が催されるのかも想定しておかなければ。
「ところで、その本は参考になりそう?」
「予想通り酷い内容よ」
俺たちは再び寄り添って内容に目を通す。
相変わらず玲菜との距離は近いが、先ほどと比べたら大して気にはならない。わざわざ初夏に厚手のジャージを着た甲斐があったぜ。
「まずはこの恋愛診断チャート。質問にイエスかノーで答えていくことで、その人がどういう恋愛を望んでいるのか分かるんだって」
「へえ、面白そうじゃん。やろうぜ」
こういう診断チャートをやるのって楽しいよな。自分の心理を他人に説明しやすいし。
「まあ、いいけど」
少し時間をとってスタートからやり始めることにした。四六判(一般的なコミックよりも少し大きめのサイズ)の見開き2ページなのでそれほど時間はかからないだろう。
えーと。最初の質問。
『デートの時はショッピングよりも遊園地やゲームセンターなどの遊べる場所に行きたい』
イエスだな。ショッピングも物によってはありだけど。
『カレシが隠し事してるっぽい…。追求する?』
イエス。気になるし。
『カレシが落ち込んでる。慰める?』
イエスだろ。ここでノーを選べるのか、女子は?
所々に一般常識クイズみたいな設問があり、作り手が子どもの読者層を想定して、変に普遍的な問いに気をつけたような節があるな。
そんな形式自体にツッコミを入れつつ、俺の診断結果が発表された。
……。
「どう? 何になったの?」
「え?! ああ、これ…」
俺は赤色で縁取られたAタイプの項目を指差す。
そこには、頭にハチマキを巻いた体操服姿の女の子が、元気に右手を頭上に突き上げていた。
「Aタイプのキミは運動会系女子。遊ぶことが大好きで、体育の時間がとても楽しみなはず。カレシとも鬼ごっことかして遊びたい。ただ、もう少し上の学年になると子ども扱いされるかもしれないから、時々お姉ちゃんやお母さんと買い物に連れて行ってもらおう…プッ」
笑われた!
も、模範的な解答を目指しただけだし!
児童書にすら馬鹿にされる俺。
にしても玲菜が噴き出すなんて珍しい。
なんかちょっと嬉しい気持ちに…って!
「いかんいかん。玲菜はどうだったんだよ?」
「…フフ、私? これよ」
まだ笑い収まらない玲菜が指差した項目は…。
「ヴァルキリータイプか…んん?!」
ヴァルキリー!?
運動会系と並列して戦乙女系ってあるぞ!?
その横を見ていけばガンランサータイプ、パラディンタイプ、ツンデレ妹タイプ…何これ!?
「編集者は男なのかこれ。まあいいや。で、ヴァルキリータイプは…」
『Dタイプのキミは戦場を駆け抜ける戦乙女系女子。清廉潔白をモットーとし、その勧善懲悪の精神で悪鬼蠢く現代社会に神光の鎮魂歌を奏でる。その戦いに終わりはあるのか…。構ってくれないとすねちゃうぞ!』
「…ワケワカンネエ」
編集者熱いな。そしてとって付けたような最後の一言。
小学生には読みすら分からないだろう漢字のオンパレードじゃないか。
「これ返品。絶対売れ残り」
「でも他にないのよ。他の項目は診断よりはましだったと思うし、もう少し読んでみよう?」
カウンターに頬杖をつきながら、上目遣いでそんなことを言ってくる玲菜。戦乙女は構ってくれないと…ええい!
「んん、いいけど?」
「…はあ、気持ち悪いわね」
どうやら、俺には心を閉ざす術は難しいようだ。これ以上は恥ずかしくて死ぬ。
何とか別の方法で関心を逸らすことにしよう。
稚拙な恋愛レッスンは続くーー。
続




