朝!さわやかに迎える!
翌朝、早めに起きてストレッチをする。買ったばかりの運動着に着替えて私は外へ走りに行く。何にしても体力がなさすぎる。息はすぐに切れて苦しいが、苦しいのが何だというんだ。どうせ死にはしない。と思いつつも、すぐに前かがみに俯く。
「あ」
犬のようにハッハッと呼吸をする私と目が合い、小さく声を漏らしたのはは同じクラスの緑島だった。髪の毛は緑色で、その他特筆すべきはその見た目だった。可憐で小柄。私よりも小さい。華奢で、髪も長く、まさしく姫だった。とはいえ私と話したことはなかった。
「おはよ緑島」
「首藤…ちゃん?も朝練?」
「ランニングしようと思って」
「俺も一緒にいい?」
「緑島もよくするのか?」
「うん。筋肉付き辛い体質っぽくてさ。ちょっとは良くなってきたんだけど…」
「でもそしたら私など足手まといだ」
「うん。自分より体力ない奴見下しながら走ろっかなって」
「いい根性してるな」
「でしょ。気に入ってるんだ」
息を整えたのち走る。緑島は私の数歩先を走っては、たまに後ろの私を見下した笑顔で見る。本当にいい根性だ。
「おっそーい。歩くのと変わんないよこんなの」
疲れて速度が遅くなった私にクスクス笑いながら緑島は言う。
「ちく、しょう。私には…奥の手が…プン太!脚を頼む」
プン太は脚に巻き付く。よし負荷が軽くなった。
「わっズル」
ランニングとかどうでもいい。今こいつを抜かしてやる。そう思ってダッシュする。
緑島も負けじと強く走り出す。
直線の行き止まりがゴール、そう思って走る。走る。脚は動くが、喉から血が出そうになるほど痛い。
結局私は緑島に負けて、その場で天を仰ぐよう倒れた。
「首藤ちゃん、あのね、ランニングってこういうんじゃないし、ズルもよくないから」
緑島は私の横に体育座りしながら当たり前のことを言った。
「そんで負けてるし」
「悔しい…」
途切れ途切れの息の中で私はようやくそう口にできた。
「あははははははは!!!首藤ちゃんって本当に強気だよね」
「全部負けたくない…」
「でも女子って時点で筋力では絶対に男子に勝てない。俺にも勝てないと思うよ」
「それはそうだろうな。ほんっっっっっとに悔しいけど」
私も体育座りをする。
「でもだからって、できる勝負を全部諦めたくない。全部負けても、全部挑みたい」
「でも負けると自尊心持ってかれない?」
「持ってかれるな。そりゃ。でも自分のことは最後まで信じてやりたい」
「…強いなあ。いいなあ」
言いながら、私は1年後の自分も諦めていないのかもしれないと気が付いた。何か、術があるのかもしれない。ないのかもしれない。それでも手段を見つけるために何かしたい。
「緑島って話してみると、印象変わるな」
「かわいくなくてびっくりした?」
「いや、かわいいけど、それだけじゃなかった。面白い」
「え…」
私は立ち上がる。緑島は私を見上げる。
「いつも走りこんでるなら、ランニング仲間だな。明日からもよろしくな!」
そうだった。須和っちとかともしなければ。友達だし。
「じゃあ私はシャワーと朝食があるからじゃあな!」
私は走り去る。ランニングなんて続かないと思っていたが、仲間がいるなら別だ。
しかも私を煽ってくるようなクラスメイト。嬉しい。
朝食時の食堂。須和っちはいつも通り、春日井もいた。
須和っちの向かいに座ると、春日井は須和っちの隣に座った。
「おう。春日井。朝の食堂は珍しいんじゃないか」
「うんまあ。昨日の事もちょっと気になって。早めに首藤に会いたかったっていうか…」
須和っちは驚いた視線を春日井に向ける。
「めちゃくちゃ誤解ある言い方だな」
「須和っちおもしろ」
「からかうな」
「校長室、大丈夫だった?」
「…校長との関係、最悪にしたかも」
「何があった?」
昨日のことを須和っちに話す。ふんふんと聞いていたが、校長室での話になり、須和っちは目ん玉をひん剥いた。
「本当かそれは。校長先生に口答えしたのか」
「驚きすぎじゃない?」
「前代未聞というか、ちょっと白部先輩に会ってくる」
「あ、その前に須和っち」
「なんだ?」
「ケータイ使えるようになったんだった。連絡先交換しよう。春日井も」
「いいのか」
何故か須和っちは聞いてくる。
「良いも何も友達じゃん」
「そ、そうか。どうやるんだ」
春日井がにやにやしながら手順を須和っちに教えてやる。
「じゃあ、白部先輩のところへ行ってくる」
「行ってらー」
そうして須和っちは急ぎ足で食堂を出た。
「なあ、私はそんなやばいことをしたのか?」
「わかんない。校長先生なんてほとんど会ったことないよ。首藤の方が会ってるんじゃない?」
そういうものなのかと思いつつ、過去の校長との出来事を思い出す。
「なんかやばい気がしてきた」
「あっはは!どんまーい」
「土下座でいけるか…?」
「意外とプライドないの笑う」
ホームルーム前の教室、席に座る。今更冷汗が出てくる。須和っちはまだ来ていない。
「首藤ちゃんさ、今日は髪結ばないの?」
話しかけてきたのは緑島だった。
「あ、忘れてた」
あのヘアゴムは弟妹たちからもらったお守りなのに。部屋の洗面台の所に置き忘れてきた。
「じゃあさ、俺が首藤ちゃんの髪いじってもいい?」
「いいけど」
「ふふん。やってみたかったんだよね」
そうして緑島は私の髪に触れた。髪を引っ張られて痛かったりこそばゆかったりしたが、気持ちを紛らわせるにはちょうどよかった。
「かんせーい」
その時には観衆もできていた。
自分の髪型が見えないので恐る恐る後頭部を触る。後頭部で三つ編みがお団子に巻き付いている。おお、と観衆は言って立ち去っていく。
緑島が持っていた鏡を貸してくれる。
「なんというか、上流階級だな」
「どんな感想だよそれ」
緑島は上機嫌そうに言う。
「すごいな。手先が器用なのか」
「あとは練習あるのみ、って感じかな」
「なんでも努力家なんだな」
「ま、まあね!」
面食らった顔をした後すぐに緑島は言った。
手を洗ってくると緑島が教室を出ていったのと互い違いに須和っちが入ってくる。
「須和っち!白部先輩、どうだった!?」
「髪…なんかすごいことになっているな」
「こういう時は褒めろよ。私の功績じゃないけども」
「あ、えっと、校長はご機嫌らしい」
「は?きも」
「きもとか言うな」
「こわ」
「それは正しい。鼻歌を歌っていたらしい」
「こわ。誰かその理由を聞いたりしてないのか?」
「聞けるかよ」
「それもそうか」




