ショッピングモールにも怪異はでます。でました。
買い物帰り。まだ時間はある。何か食べて帰ろうとショッピングモールの中を歩いているときだった。店舗のない空間に薄気味悪い気配を感じる。
「春日井、ちょっと待ってろ」
「やっぱあっこ、なんかある?」
頷く。春日井も勘は良いらしい。
「プン太」
呼ぶと、カバンの外ポケットに入っていたプン太が肩に乗る。
立ち入り禁止の柵を乗り越えると、一気に雰囲気が変わり、寒くなる。四隅にそっぽを向いた人がいる。全員ブツブツと何かを言っている。ちゃんと聞かなくてもわかる。これは呪詛だ。近くの通路を歩いている人はここを通ると顔が暗くなり、思いつめた表情になる。子供の持つ風船は割れて、子供は泣き出す。
一人を殴る。感触はあったが、また現れる。違うやつを殴る。やはり同じだ。プン太にさせても同じだった。
「首藤さん!」
荷物を置いた春日井が入ってくる。
「ばっ…これは実習でもない!やられたらおしまいなんだぞ!」
「知ってるに決まってるだろ!くっそこええ」
春日井を守らねば。今の私にはそれが出来る。
「プン太!二人同時に殴れるか!?」
プン太はうにょ~っと伸びて殴る。また現れるが、先ほどより出現するまで時間がかかる。
「春日井!目の前の奴殴れるか!?」
「え」
戸惑いながらも春日井は殴る。殴れなかった。春日井の拳は空を切った。
「だ、駄目だ!」
私は制服のポケットからばんそうこうを出して、春日井に渡した
「拳に貼れ!」
春日井はすぐにそれを貼り、もう一回殴る。
「感触がある!」
呪詛の言葉は次第に大きくなっていく。ネガティブな人間を集めた雑踏のようだった。
春日井は胸を抑えて嘔吐した。
「春日井!あとちょっとだ!せーので殴るぞ!いけるか!?」
春日井は頷く。
「せーの!」
4人同時に殴ると、それらは消えた。ホッと春日井の膝の力が抜けた瞬間を私が見逃すはずがなかった。包丁を持った顔の見えない老爺があらわれ春日井を刺そうとする。私は春日井を突き飛ばした。私は胸を刺される。長い包丁だったので体にそれが貫通したのも分かった。
「首藤…?首藤!!!」
痛い。暑い。いや寒いのか。とにかく引き抜こうとすると、春日井が止める。
「こういう時は引き抜かない方が良い!」
そうなのだろうけど。
声にならない声でプン太を呼ぶ。春日井を押さえつけてもらう。
「ごぽっ。ごぷぷぷぷ」
口からちがあふれる。痛い。痛い。くそ、あのジジイ。手先は冷たいが、一気に抜いた方が良い。よし、よし、震えるなよ手。一瞬我慢してくれ。私は死なないのだから。
せーのっ。
「がぱ」
抜いた瞬間、間抜けな音が口から出た。そのまま倒れる。春日井のゲロの前だった。春日井のゲロと私が吐いた血が混じる。それに顔が付くのが嫌なので、無い力をさらに振り絞ってその体液たちから逃げた。
そして数分もしないうちに私は完全回復していた。
プン太が春日井を離す。
「はあ…!?」
春日井は私の肩を掴んだ。
「い、生きてる…?」
「見た通りっすわ」
「…なんで…?」
「そういう体質?みたいな?」
春日井は私の肩から震える手を離して脱力する。
歯の奥もガチガチと鳴っている。彼が落ち着くまで少し待つが、側に私がいていいのかわからない。二歩くらい距離を取った。
少しして、彼は深呼吸して、私を見た。
「春日井さ、私が怖い?」
「え…いや、怖…くない…よ。うん」
「そう?私は私が怖いけどね。バケモンだよ。こんなの」
春日井は何も言わずジャケットを脱いで渡してくれた。そうだ。胸を切られていた。
従業員の人に床を汚したので掃除させてほしいと申し出たら、気にしなくていいと言われたので申し訳ないが従う。
帰りの電車の中で、春日井は自分の考えをまとめるように話をする。
「わかんないけど、首藤さんが健吾…弟を助けてくれたのは間違いない。それが偶然でも関係ない。首藤さんが何者でも」
それは自分に言い聞かせているように聞こえて仕方がない。
「首藤が何者でも、オレは味方だから」
温かい言葉だが、私の心の底は冷えている。これはもうずっと、この学校に入る前からだ。
「あんがと」
学校に帰ると、さっそく校長室に呼ばれる。春日井は帰っていいとのことで、名残惜しそうに春日井はこちらを向いた。
「失礼します。1年の首藤です」
校長室に入る。くすんだ桃色の長髪も見慣れてきたが、険しい顔つきはどうも苦手だ。
この人も教員の寮に入っているのだろうか。それとも外に家があって、家庭があって、良いパパだったりするのだろうか。想像するがどちらも似合わない。
「何があった」
説明すると、校長は鼻で深呼吸をした。どこまでも威圧的だな。
「聞く限り、迅速な対応が必要とも思えない。どうして教員に連絡しなかった」
「その頭はありませんでした。その場で必要な対策をして、すぐに怪異を収めました」
「君は少し勘違いをしているようだ」
「何がすか」
「君がすべきは生徒を導くこと。怪異実習はこちらで案内をする」
「外で怪異を見ても見逃せと?」
「迅速な対応が必要なければ」
「迅速な対応が必要かどうかは怪異に接触しなければわかりませんよね。あのショッピングモールでだって、周囲の人の生気を吸っていましたし、それでも対応するなということですか?」
一触即発の雰囲気にしてしまったが私は悪くないのだから仕方ない。
「君の目的はお金だろう」
「はい。ですが、怪異に対処できる力があるのにその力を振るわないのはただ逃げているに等しいと思います。ましてや私は死なないので」
これは須和っちの言葉だ。
「とにかく。次、自分の時間中に怪異を見つけたら真っ先に連絡すること。これくらいは君でもできるだろ?」
「善処します」
「帰ってよろしい」
私は校長室を後にする。むかっ腹が鎮まらないが、プン太をもちもちすることで気を紛らわせる。
部屋に戻るとドアの前に今日購入したものが置かれていた。飯沼先生か春日井か分からないがありがとう、制服を脱ぎ、風呂に入り、新しい下着に身を包む。一度洗ったりした方が良いのはわかっているが限界だった。それだけで安心する。パジャマに着替えてから、明日の予習を軽くするが、集中できない。急に喉の奥が苦しくなり、慌ててティッシュを取り出す。
「ごぷ」
テッシュ1枚じゃどうにもならない血だった。黒い靄も入っており不気味だ。床がフローリングで良かったと思いながら掃除しようとしたら、プン太が舐めとってしまった。
「こらこら。拾い食いするんじゃないよ」
相変わらずプン太は何も言わない。この血は多分、どこかに残っていた血が今出た感じだな、と自分を納得させる。
ベッドに入る。寂しい。寂しすぎる。実家では子供部屋は1つしかなく、そこにぎゅうぎゅうに布団を敷いて寝ていた。夜中まで弟妹と話したり、かと思えばうるさいと怒られたり。
あと1年もないのに、私はずっと弟妹に会えないままなのだろうか。
校長に会ったら連絡とれるかどうか聞こうと思っていたのに、私は頭に血が上っていた。馬鹿だった。全てあの人次第なのに関係を悪くしてどうするんだ私は。
プン太が寄り添ってくれる。泣きたい気持ちを抑える。私は立派な姉なのだから。




