ただ足りないものを買いに行こうとしただけだったのに
身支度を整え、食堂へ行く。
須和っちがいた。向かいに座る。
「おはよー須和っち」
「おはよう」
そっけない。そっけないと構いたくなる。
「どうしたん須和っち。お腹いたい?昨日なんか怪我した?どっか痛む?呪い?病院行く?」
「うるせえな」
「で、どうしたん?」
「…あまりにも昨日の自分が不甲斐なくて落ち込んでんだよ」
「そうやって言葉に出来るのは須和っちの強みだねえ」
「そのせいで首藤も…」
「私?私は何も気にしてないけど」
「俺は気にするんだよ」
「優しいな。優しすぎないか?育ちが良いのか?」
「うるせえな」
「まあじゃあ貸しって事で」
お互い和風朝食を食べる。
やはり食べ方もなんか須和っちは上品な気がする。一つ一つの動作が洗練されている。
焼き鮭も私のように骨を手でほじくらず、箸で全て取り除いた。委員長ということだし、成績も良いのだろう。クラスメイトからもそんな扱いだった。
だとしたら昨日の出来事は恥ずかしかったろう。
「昨日さ、私がいなかったら正直二人ともどうなってたかわかんないんだけど、そういう時ってどうなんの?」
「実は実習は先生が見ている。本当に命にかかわる場合は助けに来てくれる」
「…でも私、みじん切りにされて死んでたかもしれないけど」
「それでもなんとかなる。はずだ」
「春日井の弟は実習に失敗しておかしくなったって」
「そういうこともある」
「なんか、ガバガバじゃないか?」
「怪異は一筋縄じゃ行かないんだ」
「へえ」
鮭をご飯の上に乗せ、そのまま箸でそれを持ち上げて口に運ぶ須和っち。
「だったら、一度の失敗、それも命にかかわるものじゃないのにくよくよしてらんなくないか?」
虚を突かれた顔を須和っちはする。箸も止まった。
「須和っち、白部先輩、私。みんな無事じゃん」
「でも俺の立ち回りのせいで」
「今は結果だけ言ってる。無事でしょ。じゃあ良いんだよ」
「首藤に!痛い思いをさせた」
「私は金のためにやってる。痛みが伴うのは仕方ないって思ってる。それに今はどこも痛くない」
須和っちは黙る。
「生きてるのは今なんだから、次の事考えなよ。そうしないと、あっという間に私が死ぬ時期になる」
須和っちは何か言いたそうに口をモゴモゴ動かしたが、水を飲んで深呼吸をした。
「あんたみたいなのから正論がでると、ビビる」
「ビビっとけ。私はすごいんだから」
授業が始まる前に職員室に行く。誰に相談すべきか分からないがとりあえず飯沼先生に言う。
「この世界のスマホが欲しいんですけど…」
「スマホ…あ!そうだ!教わったんですよお。ちょうど昨日!」
「えっ」
「スマホの設定から…ここと、ここのボタンを押して…」
小さな手が誘導してくれる。
「あっ」
スマホは圏外ではなくなった。
「通信料とかは…」
「お給料から差し引きさせていただきます。あ、これが口座手帳です。学内専用で、アプリもあります」
渡されたそれを見る。前金でとんでもない額が入っている。三つ子の一人は私大の医学部にいけるだろう。手が震える。でもまだ足りない。両親には家をあげたいし、三つ子の教育費も何不自由させたくない。
「生活用品もそこから購入してください」
そうだった。毎日夜に下着を手洗いして夜中に乾かし、それをまた朝に着る生活ともおさらばだ。下着くらい買っていいだろう。脳内の家族と話をする。みんな「下着くらい買ってくれ」と泣きながら言っていた。よし。
昼休みにとっとと昼食をかっこむと春日井に聞かれる。
「どうしたん。なんかまた呼ばれてるわけ?」
「いや、購買に用事があって」
「へえ。何買うの」
「服とか」
さすがの私も昼食中に下着というのは憚られた。いや、昼食中じゃなくても言っちゃだめか。
「あそこの購買大したもん売ってないよ」
「でものっぴきならない理由があって」
春日井はそこで察したようだった。
「なんだ?のっぴきならないって」
わざわざ聞いてきたのは須和っちだった。春日井があーあという顔をした。
「着の身着のままでここに着てるんだよ。いろいろ足りないだろ」
須和っちはまだ腑に落ちていないようだった。
「須和っち、首藤さんって実は女子なんだよ」
春日井がフォローするが角が立つ言い方だ。やっと須和っちは察したようだった。
「ひ、引き留めてすまない…」
「ウケる」
そう言って私は食器の返却口へ行く。
購買は春日井の言っていた通り大したものはなかった。
女子が私一人ということを実感する。衣類は全て男子向けだ。仕方なくボクサーパンツとトランクスと肌着を買ってみる。それをクラスメイトに目撃され、後でからかわれることになることにはまだ私は気付いていなかった。
買ったその脚で、飯沼先生の所へ行く。職員室におり、おにぎりをおいしそうに無邪気に食べている。
「首藤さん、どうかされました?」
「今日の放課後に外出許可って出ますかね」
「無理ですよ。今日の今日なんて」
そう言ったのは飯沼先生ではなく、知らない濃い紫色の髪の眼鏡だった。初めて見て、名前は知らない。
「それが、のっぴきならない事情がありまして」
「なんですか。のっぴきならないって」
全ての言葉に嘲笑が含まれている。嫌いだな、と思った。
「私は首藤と申します。先生は?」
「佐倉ですけど」
私は大きくわざとらしく息を吸う。
「えー!では佐倉先生に、私首藤が本日放課後外出したい、のっぴきならない事情をご説明させていただきます」
飯沼先生は、慌てつつもどこか楽しそうな表情だった。
「第一に、私はここに着の身着のままで来た事情から、下着が足りません。購買で女性用の下着は売っていませんでした!パンツもブラジャーも足りません!」
佐倉先生は口をギュッと上に上げて少し青ざめた。
「第二に、生理用品もありません!環境の変化から私は今ストレスを感じています。いつ不正出血が起きてもおかしくありません!股から血を流しっぱなしではどこもかしこも汚してしまいますし、私は呪われたような身です!不衛生極まりない事から私は本日放課後外出許可を頂きたい!出なければ佐倉先生、代わりになるものをご用意頂きたい!」
職員室は静まり返る。佐倉先生は固まっていた。
「どうなさいますか佐倉先生!聞こえていますか佐倉先生!私の話に不足があればなんなりとお聞き下さい佐倉先生!」
「あ…え…」
「認めて下さるのですか。それとも」
「わ、わかりました…」
佐倉先生はしょぼしょぼと恐らく自席へ戻った。ああいうのはこういう場で言い返せなくても、後から怒りをため込むケースが多い。
「こちらが外出許可証です~」
飯沼先生はさわやかに、佐倉先生の横にある引き出しからその髪を持ってきた。
その場で書いて、飯沼先生の判子を貰った後、佐倉先生にも判子をもらいに行く。
佐倉先生は分かりやすいほど顔を真っ赤に、私を睨みつけていた。
舌打ちをされながらも、判子をもらう。それをまた飯沼先生に出したら完了だ。
外の世界で買い物が出来る。買うものは最低限のものだとしても嬉しい。
自販機のように見たことのないものはあるのかどうか。楽しみだ。
「でも放課後に女生徒一人は不安ですねえ」
飯沼先生が言う。え?
「だれか一人付けた方がいい気がします」
「いやいや、私とそいつがランデブーしたらどうするんですか」
「ここの生徒にそんなことをする人はいません。ましてや私のクラスでは」
「でも下着ですよ」
「春日井くんなんかどうでしょう!お姉さんが3人いますし!」
「そうなんだ」
「それに、正直まだあなたを単独行動させるわけにはというのも、大きな理由の一つですね!」
明るく、私には信頼がないという担任。
教室に戻り、春日井にあらましを伝えると、快諾してくれた。
「買うものちゃんとチェックリストにしときな。下着だけじゃなく服だって足りないだろ」
「制服あるし」
「この制服、生地のせいか分からないけど結構汗吸うんだよ。部屋着とかもあった方が良い。あと歯磨き粉も外で買った方が良いし…」
「春日井、ほんと恩に着る」
「クラスメイトで恩人だろ。気にしなさんなって」
午後の授業では演習があった。
プン太が出した弱い怪異にクラスメイトが立ち向かうという構図。
「や、いつもは何してるんですか?」
飯沼先生に聞く。
「似たようなものです。ちっちゃい怪異を出して、戦ってもらいます。あ!水原くん!背中見せちゃ駄目ですよう」
水原の背中に引っ付いた黒い影は水原を乗っ取ろうとしているのか離れない。
「ひぃっ」
「首藤さん、水原くんにアドバイスを」
「水原、よーく見ろそれ。なんでもない。パニックが一番まずい。深呼吸」
「離れろ!化け物!!!」
水原はもうパニックになっていた。仕方がない。私もそうだった。
「飯沼先生」
「ええ。一旦解放してあげてください」
私は水原の元へ行き、ただ彼にまとわりついているトイレットペーパーに近いそれをはがす。
「あ…?え」
「パニックになっては、見えるものも見えなくなります。水原さんだけでなく皆さんも注意してください」
飯沼先生が極めて冷静に言う。
誰も水原をからかおうとはしなかった。ほとんど全員から血の気が引いていた。
その化け物を見る視線は私にも向けられていた。
「すごーい」
一人の生徒が声を上げる。金色に近い茶髪だ。一人で拍手までしている。変わりものだと私にも分かる。
「ぼくにも同じことして下さい」
手を上げて彼は言う。確か名前は茶野だった。
飯沼先生はそれを了承し、私も彼に同じことをする。
「わあ。本当に体にどんどん絡みつきますね!」
黒い影は彼を離さない。それでも彼は、端っこを捕まえると、びりびりと破り始める。
その瞬間に影はトイレットペーパーになる。
「わあ!できました~」
のんびりとした口調で嬉しそうに茶野は言った。
それを見ていた生徒内でも、次は自分がやる、と名乗り出るものが多くなり、パニックになる者や、意外と大丈夫な者など人それぞれというまあ、当たり前の結果が出た。
春日井と須和っちは問題なくクリアした。
いずれにせよ、茶野の肝は座っている。私は彼を見直した。いつもぼんやり外を見ているだけの生徒でも無いようだ。
「恥ずかちい…」
授業の後、水原は落ち込んだ様子だった。無理もない。
「まあ、最初の一人だったからしょうがないだろ」
「そうだよ。最初に挑んだのがすごいよ」
私と春日井とで慰める。
「うううう~。恥ずかしいけど、それ以上に悔しい!くそお~」
次の体育はバレーだった。水原は怒りをぶつけるように、驚異的な身体能力を発揮していた。
一方女子一人の私は、一応最初は参加させてもらったが、サーブを顔面に食らい鼻血を出してからは見学になった。もちろん鼻血はすぐに止まった。
一応保健室に行き、何枚か絆創膏をくすねた。使えそうだと思ったからだ。
体育後、水原は私に謝りに来る。サーブをぶつけた張本人だからだ。
「なんか、さっきの授業の報復みたいになっちゃった!ほんとごめん!そんなつもりなくて!」
「分かってるって。てか水原運動神経良いんだな」
「まあね。でもなんか、なんか申し訳なさすぎる!こんどなんか奢らせて!」
「やりぃ」
身体能力は高いに越したことはない。
水原も精神面を鍛えたり慣れたりすれば、すごく使える人材になりそうだ。と上から目線で思う。
そして放課後になった。春日井には飯沼先生から伝えてあったらしい。
私服に着替えてから、外出をする。門限は21時だ。
「学校帰りに外出なんてほとんど出来ないから、なんか特別感あるね」
「そうなのか。付き合わせて申し訳ないとしか思ってなかった」
「いやいや。制服デートとかってやっぱあこがれるじゃん?」
「同じ制服だけどな」
「まあね」
愉快そうに春日井は言う。
「買うものも女関係のものだし、気まずいのかと思ってた」
「女関係って…まあ気まずさは若干あるけども、隠すよそりゃ」
「まあそうか。春日井は姉が3人いるって聞いたよ」
「うん。だからその、女関係には結構慣れてる部分も多いよ」
「春日井が女関係って言うと、タラシみたいだな」
「えっ?オレモテそうに見える!?」
「姉がいる男子はモテるイメージ」
「俺個人は?」
目を細めて春日井をなぶるようにみる。
「きゃっ首藤さんのえっち」
「どうでもいいな」
「急に突き放さないでよ」
ショッピングモールに着くと、どの町でも見るような服の量販店に入り、下着をポイポイカゴにいれようとすると、春日井が止める。
「…もっとセクシーなのにしろってか」
「違うわい。下着は測って貰った方が良いらしいよ。なんか将来的に変わってくるらしい。姉がいっつも言ってた」
そうだ。春日井は私に将来がないことを知らないんだった。
「まあ今はとりあえずだから」
「そっか。キモイこと言って申し訳ない」
いつも明るい春日井がそわそわしている。本当に買い物に付き合わせて悪かったなと思った。
下着や肌着をカゴに入れ、普段着も何着か用意する。私に服の良し悪しは分からないため、春日井にも意見を聞く。
「春日井はスカートとか履く女よりも、スポーティーな服の女が好きなのか?」
カゴに入った服を見て私は言う。
「いや女とかより、首藤さん、動き回りそうだしなって」
「春日井。それはめちゃくちゃ正しい。今日ここに春日井がいてくれて助かったよ」
「そいつはどうも」
清算すると、当たり前のように春日井が荷物を持ってくれる。
「腹立つほどスマートだな」
「何それ。姉ちゃんとの買い物はいっつもこうだからつい」
「モテるぜ。春日井は」
「あと3年も男子校に収容されるのがもったいないよな。オレ」
「それはそうだな。お気の毒に」




