呪い以外で死なないのは便利では?
数日後の授業初日、学食で朝食を食べていると、須和っちが隣に来た。
「おはよ。けっこう朝は学食、人少ないんだな」
「おはよう。寮にも売店やらあるからな。あと食べなくて寝てるやつも多い」
「そうなんか。午前持たないんじゃないか。そんなんじゃ」
「だから授業の合間に菓子パン食べてるやつが多い」
「須和っちも?」
「俺は朝しっかり食べたい派だからな」
「私のためにここに来てくれたんじゃなかったのか」
「まあ、それもある。どうせ迎えに行く予定ではあった」
「そっか。なんか悪いな。私係みたいになっちまって」
「それは…別にいいよ。あんた話しやすいし」
「あんまり惚れるなよ?」
「そんな話はしてねえよ!」
私が笑うと、須和っちは困惑しながらも笑った。
須和っちの案内で、教科書やらノートやらをもち、職員室へ行く。
そのまま私は飯沼先生に引き渡され、一緒に教室へ行く。
「えーっと、既にご存じの方も多いと思いますが、転校生がこのクラスに来ました。首藤さん、どうぞ」
そう言われて教室に入る。
「首藤です。異世界から来ました。よろしく。あ、これはプン太です」
プン太は私の肩にちょこんと乗った。
どよめく教室の中、生徒の頭髪を見る。どれも明るかったり、知らない色だったりした。その中で三毛猫頭を見つけ、目線を送る。
いいから、と言うように、須和っちは手をシッシとやった。
見慣れない教室で見慣れた存在がすごく嬉しい。
用意された席に着席すると、周りの全員が私から机を離した。姫になる予定が完全に腫物ではないか。私の存在は浮いてしまった。悔しい。誰か私をチヤホヤしてくれ。
「あの…」
話しかけてきたのは、褐色の肌でピンク髪で短髪の生徒だった。クラス中が緊張した空気になる。なんでだよ。ピンク頭は手をポケットに入れたりツッコんだりを繰り返す。
「えっと、金曜のあの時…俺の弟も居て…。弟、実習でミスってずっとおかしかったんだけど、首藤さんのおかげで今、普通に話もできるようになってて…それで…本当にありがとう」
「私は私にできることをしただけだから。でもその話、このタイミングでしてくれてマジでありがとう」
正確にはプン太がやったのだが。
「え」
ピンク頭は面食らったようだ。
「怖がられずに済む!」
私は胸を張って言う。
「いや怖いのは怖いけど」
「なんでだよ!?」
ピンク頭は晴れやかな笑い声を上げた。そこでようやく教室内の空気が落ち着いた。
「あははははっ!首藤さん、いいね」
「あんた、名前は?」
「あ、ごめん。オレは春日井。これからよろしく」
「おう。弟の恩人だ。忘れるなよ」
「あははははっ」
春日井と握手をした。彼の手は体にふさわしく大きくぶ厚かった。
「なんかあったらオレに聞いてよ。昼も一緒に食おう」
「気ぃ使ってくれてありがとうな」
「ううん。何せ弟の恩人様ですから」
「それもそうか」
春日井が居なくなったあと、右隣の奴が話しかけてくる。
「す、首藤さん…」
「何?」
「春日井、弟があんな目に遭ってから、ずっと別人みたいに落ち込んでたんだ。それを助けてくれてその、ありがとう」
彼は机を近づけてそう言った。
「じゃあ私は春日井兄弟両方を救ったわけだな」
そいつも笑った。
このクラスで私は、姫にはなれなかったらしいが、クラスメイトにはなれた。春日井様様だ。
元の高校と同じような授業や、怪異や霊力についての授業もある。呪いは元を断ち切ると消滅したり、呪うぞ!と思っていなくても発生するものらしい。初めて聞いたその事実に驚く。今まで誰も教えてくれなかった。午前が終わり、春日井とそのツレの数人が私の元へやってくる。
そして須和っちもやってきた。
「委員長も一緒に食う!?」
春日井が須和っちに言う。須和っちは委員長なのか。
「ああ、ご一緒させて貰いたい」
「相変わらず固いな。委員長は」
春日井のツレ、熊川がそう言った。
「須和っちって固かったのか」
「「「須和っち!?」」」
須和っちは溜息を吐いた。
「なるほどねえ」
Bランチの生姜焼き定食を食べながらみんなの話を聞く。
須和っちは優等生で生真面目で委員長で人徳もある人間とのことで、それを言われているとき須和っちは私を見ながら控えめに首を横に振っていた。
「でもいいな須和っちって。なんか」
水原が顎に手をやりながら言った。
「オレらもそう呼んでいーい?」
春日井がにこやかに聞く。
「まあ、別に…」
「満更でもなさそうだ」
私は勝手に須和っちの通訳をする。
「須和っち!」
みんなから言われて、口角を緩めた。須和っち、もしかしてクラスに馴染めていなかったのでは…?
また私は人助けをしてしまったのかもしれない。自分の才能が恐ろしい。
学食からクラスへ戻る途中だった。校内放送が流れる。
「3年白部、2年須和、首藤、至急職員室まで来てください」
それが二回流れた。
「お呼びだぜ委員長と異世界人」
水原は言う。女とか天才ではなく、私は異世界人のくくりだったのか!驚いている間もなく諏訪っちは言う。
「行こう。首藤」
こうして須和っちと二人になった。
「何の呼び出しだろうな」
「こういう時は実習の場合が多い」
「ほーん」
「おそらく、首藤の力を知りたがってるから、前と同じメンバーなんだろうな」
「へー」
「…興味ないのか」
「うーん。現場に行かないと実感わかないかも。でも安心していい」
「何が」
「須和っちも白部先輩も守ってやるから」
「…はあ」
途中で白部先輩と合流して職員室の隣の個室へ案内される。
赤茶色の髪の毛の教員が立っていた。
「はじめまして首藤さん。私は馬橋といいます」
「よろしくおねがいします」
「急なんですが、実習事案が出ました」
馬橋先生は場所を告げる。
「あまり使われていない歩道橋の上で人が相次いで消えています」
こわ。学生なんかに任せる問題なのか疑問に思い、横に並んだ二人を見るが、何も言わない。
「引き込み系、ということでしょうか」
須和っちが言う。
「恐らくは。情報は以上です」
少なくないか?もっと、時間帯とか、どうやって引き込むのかとかないのか。
二人を見るが相変わらず真面目な顔のままで頷いていた。
「急ぎ、参ります」
白部先輩が言う。
あの水中地下鉄に乗ってから、私はいろんな疑問を二人にぶつける。
「情報ってあんな少ないの?どっから国営組織とやらの出番なの?二人で対処できるもんなの?実習っていうより実務じゃね?」
白部先輩が一つ一つ丁寧に答えてくれる。
「情報はいつもあんな感じです。でも今日は少ない方でした。国営組織は正直人手不足と、もっと大きな案件を追っていることが多いです。一応私と須和くんは優秀なんですよ。実務といえば実務ですね。お金も頂いていますし」
「へえ…」
一応私は納得する。
「俺としては買い被りすぎなんだけどな」
「とはいっても優等生ちゃんなんだろ」
「からかうな」
目的の歩道橋に着く。下には横断歩道があり、使う必要性を感じない。
ただ嫌な感じがする。
「どう思います首藤さん」
「ふたつある。引きずり込む怪異と、引きずり込まれた人が怪異になってて、表に出てる」
「そうか…。幸いこっちは3人だ」
「一応、首藤さん抜きでやってみます。首藤さんはサポートを」
「あんたたちがそう言うなら」
私が全部やった方が良いような気がしたが、先に学校に所属している身としての立場と言うのもあるだろう。
歩道橋は狭い。まず先頭を歩いていた須和っちが黒い穴に引きずり込まれる。
穴より奥には両手が刃物の化け物がいる。
「首藤さんは須和くんを!」
そう言って白部先輩は私たちを飛び越えた。
私は穴に上半身をツッコみ、須和っちの腕を掴むが重い。何本もの腕が須和っちを掴んで離さない。
「プン太!」
プン太は私の腕を補強しながら、須和っちに絡まる腕を一つずつ食い破る。
見えないが、外の怪異から悲鳴があがる。繋がっているようだ。
その隙に私は須和っちを引きあげる。
歩道橋の上は、血まみれの先輩がいた。しかし傷は大きくなさそうだ。しかし怪異は大きく振りかぶる。先輩は穴のある後ろにも引けない。一年後に私が死ぬのなら、未来ある優秀な先輩を血まみれにするわけには行かない。私が先輩を横に大きく突き飛ばし、盾になる。
手が増え、凶器が増えた化け物の攻撃を食らう。これはなますになってしまったなあ。死んだなあ。あちこちで服が破れた後、血が飛び散る。
「首藤さん!」
こんなところで終わるのかくそ。いや、終わってたまるか。私は最後の力をふり絞って、化け物に突進する。プン太もそれに加勢する。脳の物質のおかげか、痛みは感じない。
「ありがとう。首藤さん」
先輩の声。
先輩は紙飛行機を怪異の喉下から発射させた。それは怪異の頭のてっぺんから空に消える。
怪異は動かなくなり、ホロホロと消えていく。
私は倒れる。倒れるが、痛くない。
「おい!首藤!」
「生きてるよ…」
白部先輩も須和っちも私のぼろぼろであるはずの体を見る。血は既に泊まっており、カサブタもボロボロと落ちると、そこには既に新しい皮膚が見えていた。制服だけが傷の多さを語っていた。
「どういうことだ…」
「悪かった」
戸惑っている私を置いておいて、須和っちが正座をして謝る。
「何もできなかった。俺は」
「や、まあ、それはそうだけど。ドンマイ!次あるよ!次!」
明るく私が言う。白部先輩はそのことよりも私の怪我を注視したあと、問題がなさそうと判断してからはジャケットを貸してくれた。確かにセクシー露出をしていた。
「すぐ、病院へ向かいましょう」
学校敷地内の病院では異常なしとはっきり告げられた。
ホッとする。そして、私の頭の中にある仮説が浮かぶ。校長に伝えに行く前に二人の目を盗んで実験すると、二人は私の行動の躊躇いのなさと、その結果に驚いていた。
「報告書は後で書いていただくとして、いかがでしたか」
白部先輩が事の顛末を簡潔にまとめる。
「なるほど。首藤さん、随分活躍されたようですね」
なんかこの人の言い方には含みがあり好きじゃない。
「あの、仮説なのですが」
嫌々、校長に話をする。
「一年後に私は死ぬ。逆に言えば、一年後じゃないと私は死なないのではないですか」
「ほう」
「先ほど、ここに来る直前、腕に傷をつけてみましたが、結果は同じでした。すぐにカサブタになり、剥がれ、新しい皮膚が出来ていました」
痛みは多少あったが。
「そうですか」
「ここからは交渉なのですが。これって私はすごく良い肉壁になり得ますよね」
「…それで?」
「肉壁になるごとに頂けるお金を増やして欲しいです」
臆することなく私は言う。須和っちと白部先輩は私を見る。その顔は引きつっていた。
校長はにやりと初めて笑った。その顔も怖い。髪色がピンクの癖に。
「…面白い提案です。考えておきましょう」




