アイと対峙しよう!
「「はあ!?」」
春日井と紫苑は素っ頓狂な声を上げた。
「スドウアイ出てこい!!!」
私は毎日付けていた腕輪の掛かった左手を空に上げる。
「…かえして」
そいつはすぐに現れた。影の輪郭は曖昧だが、ボロボロだった。
「よくも須和っちの唇を奪ってくれたなあ。白部先輩にも茶野にも同じことをしたのか?…男子高生にそんな気の毒な真似をあんたは」
「かえしなさい!!!!!」
私は影を殴る。感触がある。いける。
「こいつを押さえつけてくれ!」
緑島、春日井、紫苑は地面にそいつを押さえつけてくれた。
「長くは持たない!!!」
春日井が言う。
「返すよ。これ」
影の口にブレスレットを入れる。影が小さくなる。
「もう抑えなくていい」
三人に言う。
「もっと返して欲しいものがあるんだろ。分かるよ。だから先に…みんなの生命力から返せ」
小さい影はぎゃああああああああああああとやかましい声を上げた。私はその影を抱き上げる。
夜中になっていた病院へ忍び込み、三人の眠る病室の電気を付ける。私一人でいい、そう言ったが、緑島も春日井も紫苑も付いてきてくれた。
小さくなったスドウアイは腹をドアのようにして、それを出した。ぽわぽわと穏やかだが強く光る玉だった。それらが3人分出て、三人の口に入っていく。
彼女は自分に有害な生命力を与えることで弱らせ、消えようとしていた。だから殺しまではしなかった。
「…あれ」
「須和っち!!!!」
飛びつく。他の二人も問題なさそうだった。
他の問題は明日にしようと、各自部屋に戻る。私は散々心配されたが、大丈夫だと言い切った。
ベッドの上でスドウアイは飛び跳ねる。スドウアイは3歳で死んだ。それからずっと一人だった。単純にスドウアイは幼児だった。私への怨恨も、私が楽しんでいたからではない。いや、それも多少あるのかもしれないが、根本的な理由はお母さんを取られたからだ。
「あー…アイちゃん」
「なに。あい。」
「ごめんなさい。お母さんもブレスレットも取って」
「やだ。やだやだやだやだ!」
「いや本当に申し訳ありません…」
「アイちゃん、ほんとに嫌だったの!それなのにおじいちゃんおばあちゃんにも会って!!!アイじゃないのにアイのふりして!!!!あんた嫌い!」
「明日さ、アイちゃんのお母さんに会いに行こうよ」
「お母さん、アイちゃんのこと見えないもん。それに…アイちゃんはお墓だと思ってるもん。それなのにアイちゃん、悪いことしてたもん。怒るもん。嫌いになるもん」
「嫌いになるわけないじゃん」
「泣いちゃうかもだもん。お母さんも、アイちゃんも」
「泣いちゃだめなの?」
「悲しいのはいやだもん。もう少しで、アイちゃん、お墓に行けたのに。あいのばか」
「それでもね、アイちゃんのお母さんは、アイちゃんに会いたいと思うよ」
「…ほんとに?」
「当たり前!絶対!ほんとのほんと!」
「じゃあさ、アイちゃんはさ、あいが、アイちゃんの好きな絵本を呼んでくれたら許せるかもしれないよ」
私は微笑む。何度も何度も、実母が亡くなっても読んだ絵本。弟妹達にもよく読み聞かせた本。家でボロボロになってるけど捨てられない本。
「知ってるよ。主人公の名前がアイちゃんなんだ」
ふふん。アイちゃんは嬉しそうな顔になる。
スドウアイことアイちゃんはベッドに寝そべり、私もその隣に寝そべった。
「アイちゃんという、とてもゆうかんな女の子がいました」
全てを読み切る前に、アイちゃんは眠ってしまったようだった。
翌早朝、私はアイちゃんを抱えてどこからか出られないかと学校中をゆっくりと模索していた。
アイちゃんは浮けるが私は浮けない。ふんっ!と力を脚に込めてみたが、屁が出て、アイちゃんは大笑いした。
遠くからずんずんとこっちに来る人影がある。須和っちと白部先輩だった。
「こっちだ」
それだけ言って須和っちは手を引いた。それから植え込みの中に入り、金網の穴を突破した。白部先輩の白い頭に緑色の細かい葉っぱが乗っかる。
「須和っち」
「いいから早くいくぞ」
こんな時間にあの海中電車は走っているのか疑問だったが、問題なかった。
アイちゃんは窓の様子に心を奪われていた。
「須和っち、白部先輩、なんで?」
「その…そいつの気配は余りにも大きい。特に攻撃を受けた俺らからすると。それがうろうろしてて気になった」
「それで、首藤さんも居たもので。大体行動に察しがつきました」
「そうでしたか…。アイちゃん」
「生きる力を取ってごめんなさい」
促さずともアイちゃんは謝れた。
「返してくれたからいいよ」
「私も許しますよ。でもこれからは駄目ですよ」
「許してくれて、ありがとう、ございます」
アイちゃんは言う。
「天才児では?」
「自分に甘すぎる」
呆れたように須和っちは言う。
「というか、こんな時間でも電車動いているんですね」
「ああそれは、茶野くんが動かしています」
「電車を!?」
「どういうことか聞いたのですが…力が漲る、としか…」
「スゲー…」
「抜け道は春日井から聞いた。抜け道なんて存在できたんだな…」
「優秀ですねえ。彼も」
「ちなみに緑島と紫苑が見張ってくれてた。巡回の警備員とか結界とか使って」
「マジでみんなに何か奢ります。本当にありがとう」
両手を合わせてお辞儀をした後にグループメッセージに感謝の意を述べる。
「あいにはお友達がたくさんでいいねえ。アイちゃんにはだーれもいない」
相変わらず窓の外にくぎづけになりながら、呟くように言う。
「私がいるじゃん。私はお友達に入れてくれないの?」
「あいはちがうじゃん」
「ちがくないじゃん。絵本も読んだじゃん。それにほら、この男の子たちもお友達だよ」
「ちがうじゃん。アイちゃん、お兄ちゃんたちに酷いことした」
「許してくれたじゃん」
「はい。私はアイちゃんをお友達だと思っていますよ」
白部先輩が言う。
「じゃあお膝に乗ってもいーい?」
アイちゃんが言う。
「もちろんです。どうぞ」
アイちゃんが移動して、白部先輩の膝の上に座った。ちょっとだけ申し訳なさがあるが、私と彼女は別人だ。
「須和っちもお友達だよなあ~?」
私はプレッシャーをかける。
「あ、ああ。もちろん。もちろんだ」
「じゃあ、なでなでしてえ」
須和っちはアイちゃんをなでなでする。やはり申し訳なさと羞恥心が生まれてしまう。
「アイちゃんは何色が好きですか~?」
「アイちゃんはねえ~金色!あのねえ、ピカピカだから!」
そんな風に白部先輩は上手にアイちゃんとやりとりをしてくれるが、須和っちはそういうのは苦手らしく、話を振ることが出来ない。
「アイちゃんはどういうところにいたんですか?」
「あのねえ、暗くて怖いところでねえ」
「怖かったら話さなくても平気ですよ」
「ううん。話すの。誰もアイちゃんに気付かないし、怖いのがくっついてくるし、それを取ろうとして投げると誰かにひっつくの。アイちゃんはねえ、それをずっとやってた。怖いものだらけだから、ママにも会えないの」
「…そうですか」
「たまにねえ、お兄ちゃんたちと同じお洋服の人がアイちゃんにぶつかってきたりしたんだけど、なんかねえ、いいなあって思った。生きてていいなって。死ぬのもいいなって。アイちゃんはどっちもできなかったから」
「そうですか」
「でもねえ、お兄ちゃんたちのおかげでねえ、もうすぐ消えるの!だからねえ、ひどいことしたけどねえ、よかったなあってねえ」
この世界の母の事を考える。母は、自分の呪いが失敗して娘を地獄のような場所に突き落とした事をしらない。それを伝えたら、一生彼女は苦しむだろう。知らなくていいことも世の中にはある。
子を亡くした上に、その子は安らかに眠れず地獄に居た。胸がひたすら苦しい。
「あい、どうしたの」
少し前かがみになった私をアイちゃんは見逃さなかった。
「や、なんでもない。大丈夫」
「…おともだちなんだから、心配させちゃだめよ」
「そうだよね。悪い悪い」
「あいってアイちゃんと全然違う!」
「それはそうだな」
「だからまあ、おともだちでもいいわよ!」
「ありがとうございます」
アイちゃんに微笑む。
こんな子が呪いの受け皿になり、高専生を何人も発狂させたのか、その事実も重い。
もしかしたら解除できていない呪いもあるかもしれない。
アイちゃんが私の膝の上に座る。触れるのに重さは感じない。私はアイちゃんを撫で繰り回す。
「だいいちもん!アイちゃんのすきなものはなんでしょーか」
アイちゃんが私を見上げながら聞く。
「ちゅるちゅるのおうどん!」
「ぶっぶー!それもね、すきなものなんだけど、正解はママとパパでした!」
「そっちかー」
「だからね、ほんとうにたのしみなのよ」
そう言ってアイちゃんは突然寝た。
「白部先輩。須和っち、ついてきてくれて本当にありがとう」
一人では重さに押しつぶされていただろう。
「俺達が放っておけなかったんだよ」
「そうですね…」
私たちは語らいたいことが山ほど会った。けれど、小さな子を前に、それらを耳に入れさせるわけにはいかなかった。
「そうだ。アイちゃんをどうやってご両親に見せるんだ?」
「それは…私の中のプン太に期待しよう。良い感じの力を」
「大丈夫か…」
電車を乗り継ぎ、バスに乗り、アイちゃんの家に到着する。昨日のうちに連絡はしておいたので出迎えてくれた。前と違う男の子を連れている!とアイちゃんの母は驚いていたが。
父ともそこで会った。私の父ではない、アイちゃんの父は私の父より瘦せていて少し男前だった。
二人は家に入れてくれる。私たちが座る前にアイちゃんは走ってカーテンにくるまる。カーテンが動いたのは、アイちゃんの父母にも分かったようだ。
「いるのね」
おい、プン太。いや、私の母。アイちゃんの父母を助けてやってくれ。見せれるようにしてくれ。今だけでいい。お願いだ。
私は集中する。私の口や鼻から黒い煙が出てきて、アイちゃんの父母の口や鼻に入っていく。
眠くなるが、耐えられる。
「アイちゃ…」
アイちゃんの父母は包むようにアイちゃんを抱きしめた。
それから、年相応のつたない喋りで、アイちゃんはいろいろな事を話した。ずっと怖かったこと。暗いところにいたこと。ママとパパに会いたかったけどママとパパに怖いことが起こるかもということ。かと思えば、アイちゃんを名乗る私が出てきて許せなくなったこと。でもようやく、落ち着いたところに行けそうだということ。
「何もしらなくて、ごめんねアイちゃん…」
「気付いてやれなくて、すまなった」
「ええ。ママとパパのせいじゃないよお」
「違うの。ママのせいなの」
「ううん。アイちゃん、一回消えそうになったんだけど、でもでもやっぱり残りたいって思っちゃったの。だからなの」
「ごめんな…ごめんな…」
アイちゃんの父母は泣いていた。
「でもやっとね、バイバイできるの。それをね、言いに来たんだよ」
「アイちゃん…大好きだよ」
アイちゃんの母が言う。
「愛してる!」
アイちゃんの父が言う。
「しってる!アイちゃんも!」
きゃはは。子供の笑い声がして、アイちゃんは消えた。
黒い煙がまたアイちゃんの両親から出てきて私に戻った。プン太を感じる。
私たちはどうすべきか迷ったが、アイちゃんの両親に懇願され、アイちゃんに何が起きたかを説明した。
アイちゃんの父母はずっと泣いていた。
「ありがとうございました」
最後に二人は玄関口で深々とこっちが申し訳なくなるくらいのお辞儀をしながらそう言った。
「私たちは…あの子が生みだしてしまった呪いの罪と向き合わなくてはいけません」
アイちゃんの父が言う。
「一度、また実家を捜索しようと思います」
アイちゃんの母が言う。
懐かしい家を眺める。火傷したとき、母が慌てふためいて私の手を氷水にずっと浸けたこと。父と一緒にお風呂に入った時、タイルで滑って頭を打ったこと。でもこれは私の記憶でアイちゃんのものではない。同じだとしても。
私はきっと、もうここに来ることはない。きっと二人と会うのもこれで最後だ。
寂しい。けど、この寂しさは私だけの財産だ。今日で来た友達を失った寂しさも。




