眠りと決意
○○○○○○
首藤が起きなくなった。学校敷地内の病院で常に診てもらってはいるものの、心拍数などには影響がないらしい。ただ寝ているだけ、そう結論付けられた。
須和、白部、春日井、緑島、茶野、紫苑は事態を深刻に受け止め切らざるを得なかった。
このまま死ぬではと。
学校側の対応は決まっておらず、現状寝ているだけなら何かする必要もない。その程度だった。担任である飯沼はそう思って居ないようだったが。
そして、放課後、いつもの空き教室で会議が始まる。
「とりあえず、皆さんの持ち寄った情報をまとめましょうか~」
白部が言う。
蔵に向かった須和と紫苑は、プン太が大きなカギであることと、そのほか詳細について教えた。
落方家を調べた白部と茶野は、落方家は行き過ぎた研究でその世界からほとんど破門になっていることを突き止めた。茶野は、禁忌の術に手を出しすぎたらしい、と加える。
春日井と緑島は、別世界の入り方については分からないが、そう言った事例は珍しくないことを明らかにした。出現条件だけ分かればなんとかなりそうだと。
プン太は教壇の上で丸まっている。従属させているであろう首藤が眠った状態なせいか、プン太の動きも鈍い。それでも今日はこの会議に来てくれた。
「茶野、落方家は禁忌に触れていたって、死人をよみがえらせるほか、どんなのがあったんだ?」
「落方家は戦争協力してたみたいでねえ、絶対に死なない兵士を作る方法とか、体がはじけ飛んでも元に戻る方法とか。まあ、完成はせずに戦争も終わって、あとは気持ち悪い術ばっか作ろうとしてたってことで周りからのけ者になって、男児も生まれず自然に没落したみたい」
茶野は語る。
「その禁忌で首藤先輩を生きさせることはできないんですか?」
紫苑が意を決したように聞く。
「それがどの術も不完全だったらしい。首藤さんの死者蘇生もおんなじだよね」
全員が押し黙る。プン太は教壇の上に平べったく広がる。
「異世界の方は正直なんとかなりそうだ。校長の方で調べていて、首藤というつながりから辿っているらしい。」
話題を変えようと春日井が言う。
「…ただ、当の首藤がこれじゃあな…」
「それでもご家族に会えないよりかはいいですよ。きっと」
白部がフォローをする。
会議は結局それ以上の結論を出せないまま終わる。全員が己の無力さを呪った。
その時、プン太が人型になり、こっちへ来い、という仕草をした。
○○○○○○
私は夢を見ていた。はじめは小さいとき。実母とにらめっこをしていた。実母は全力で、その度に私はきゃーーと笑い転げる。そうすると、母に掴まってくすぐられる。それもきゃーーと叫んで応酬する。窓を開けたレースのカーテンが私に絡まる。それもくすぐられているようで面白い。
実母に抱きしめられる。「死なせたりしない…」私は意味もわからず母が私に構ってくれてうれしい。
次は天井だ。分からないがどこもかしこも苦しい。いつもは動く手も脚も動かない。腕に針が刺されていて痛い。私は泣いている。痛いからでも状況に違和感があったからでもない。
ちゅるちゅるが食べたい。お腹が減った。ちゅるちゅる、うどんが食べたいんだ。
それから、どのくらい過ぎたろう。暗い部屋に私はいた。全身に倦怠感があり、泣きたいがその気力すらない。においで母が来たと感じる。母のそばで、そして儀式が始まった。母の腕の血が私に掛けられる。生暖かいそれはおいしくない。母は何か唱える。母は自分の喉元から正中線を切っていく。生理的な恐怖が私を襲う怖い。怖い。母はその間中何かを言い続ける。泣きたいが、先ほどより全身に力が入らない。眠ってしまいたい。
母の全貌は暗くて見えない。母は血に濡れた手で私の頬をいとおしそうに撫で、口づけをした。それからははの傷は母の皮膚を見えなくするように裏返った。裏返ったそれは、黒い影の形をして、私の体を包んだ。私は安心して眠りに落ちた。
そのあと、医者がそこの惨状を見て、あわただしくなった。父が絶叫したのはそれが最初で最後だった。
更に時間が経って私は退院した。しかし、無いものが見える私と、母が行方不明、恐らく血の量から失血死している父は憔悴しきって、私を一時的に施設に預けた。
以降は記憶にある。
プン太…お母さん、ずっとそこにいたんだね。私をその身がどうなろうと守ってくれた。
もういいよ。疲れたでしょう。私は楽しく生きられたよ。お母さんのおかげだ。
「そんなわけないでしょう」
暗闇から声がする。こっちのお母さんと同じ声。
「どんな理由があったとして、子供が死んで良い理由なんて、まともな親は認めないんだから」
「でも、私は本当に楽しかったんだ。最後の最後にいい友達もできた」
「だから何?あなたはもっと、もーっと、楽しく生きるの。だって、私の娘だから」
「お母さん」
抱き着きたかったが、実態がどこにあるのかも分からない。
それに、私は誰かの生を奪ってまで生きていたいとは思わない。この世界のお母さんは心に傷を抱えつつも前を見ていた。
「そんなこと考えなくていいの。私はあなたがいたら楽しいんだろうって思って産んだんだから」
暗闇に一条、光が見える。
「運命に逆らって生きてていいの!?」
「あなた、私のお父さんみたいなこと言うね。もしかして私似じゃなくて、お父さん似?」
母は面白そうに言う。
「運命なんて、自分で決めなさい。それに、お友達の顔、みんな泣きそうだよ?ほっといていいの?」
○○○○○○
プン太は首藤の病室まで、人間にしてはゆらゆらと覚束ない足取りで向かった。一行はそれについていく。
そして、プン太は首藤の全身を覆った後、口と鼻に入っていた。
ゆっくりと首藤は上半身を起こした。全員が息を飲む。
首藤は手が動くのを握ったり開いたりして確認している。
「首藤…」
声を掛けたのは須和だった。
「…須和っち」
「首藤なんだな?」
「うんまあ、帰ってきたみたい…すね」
少し気まずそうに首藤は頬を書きながら言う。
「その、お体は大丈夫なんですか?」
白部が恐る恐る聞く。
「…いや、無理に生かされてることに変わりはないみたいな?プン太が心臓になった…に近いのかな」
「よ、よかったああああああ」
春日井は首藤の足元の布団を抱きしめてそう言う。
「いやでもまだわからないのか」
そして急に冷静になる。
「うん。うん。なにより。なにより」
茶野は腕を組んで頷きながら言う。
「とにかく、大丈夫なの?何なの?」
緑島は冷静に聞く。
「やあ、私にも何がなんだが…」
首藤は皮膚を爪を立ててひっかく。治りはこれまでに比べたら遅い。
「きゅ、急にそういうことするのやめてもらえます!?こっちだって混乱してるのに!」
紫苑は怒りながら言う。
「多分だけど…呪いを食べ続けないと私は死ぬ気がする」
全員が驚きの声を上げた。
○○○○○○
「つまり、プン太…実母さんが中に入ったことで無理やり体を動かしていると?」
紫苑はまとめてくれる。賢い奴だ。
「今までは外部でも問題なかったんだけど、中に入らなくちゃ行けなくなるほど、首藤さんの調子は悪い、ということですね」
私は白部先輩の話を聞きながら、プン太に会えない寂しさが胸を占めていた。
「逆に言えば、呪いを食い続ける?倒し続ければ問題ないってことになる?」
春日井が聞く。
「最強の呪いハンターが完成したってことだな!」
いつも通りの声を上げると、周りはいずれも白けた、というか反応に困っている。こんな時はプン太を揉むのに。やはり寂しい。左胸を触るが、プン太を感じることはできない。
「まあそれはいいとして、手始めにやりたいことがある。私は呪いを吸えるのかどうかだ。ここの病棟の人間はある程度治療されている。吸えるかもしれない」
私は立ち上がった。少しふらつくのを緑島が支えてくれる。外に出て、病院を見上げる。
大きく息を吸い込む。病院全体から塵のようなキラキラしたものが出てきて、私の中に入ってくる。
皆、息をのんでそれを見ていた。
「今、…」
須和が言う。
「そんなことまで」
「まさか本当に」
いろんな反応が飛び交う中、茶野はある一室を見ていた。
翌日、まだ私は入院していた。しばらく様子を見るらしい。そんなことよりもランニングがしたい。朝ご飯が済んだら教室ではなく校長室に呼ばれている。白部先輩と須和っちも一緒だろう。
ぼんやり朝ご飯を食べていた。今日は天気がいい。それだけで気持ちが明るくなる。
そんなほのぼのとした朝を壊したのは、この部屋に入ってきた怒声だった!
「何をした!!!!貴様あ!!!!!」
茶色い髪で、身長は須和っちくらいだろうか。看護師に押さえつけられている。
少し緑にも近いような茶髪と灰色の目。知っている。
「茶野兄か」
何人もの男性看護師を振り切って、茶野兄は私の首元を掴んだ。
「正気になってそれか。その様子だとまだ呪われてるのか?」
茶野兄は私の朝食、ほとんど空だったが、食器を地面になぎ倒した。
「あんたもずっとベッドで丸まっているわけにはいかねえだろうよ」
「うるさい!!!!!」
茶野じゃあ絶対出さない大きな声。
「俺が…俺がどんな目に遭ったかもしれねえのに…」
「じゃあ学校辞めてベッドで丸まってろよ。一生家で丸まってりゃいいだろうが」
茶野は私をひっぱたいた。キレイなフォームのビンタだった。
「兄ちゃん!」
出入口から声がする。茶野だ。出来ればもう少し早く来てほしかった。頬が少しひりひりする。
「考次郎…」
家族の姿を見てからか、茶野兄は少し落ち着く。私は茶野兄に鼻血を吹き飛ばし、入院着を汚してやる。
「あ、あああああ、あああああ」
その血を見て茶野兄は怯える。どんどん怯えてほしい。
そして茶野兄は膝から崩れてまた数名の看護師に連れられて行く。
「首藤さん、兄がごめん」
「もう治りつつある」
「でも鼻血飛ばすなんて思いもよらなかった」
「思いもよらないことをするのが私だ」
「そうだったね」
茶野はいつもよりは寂しそうに微笑む。
「兄は…もう駄目なのかなあ」
「私に文句言うくらい元気だったぞ」
「そうなんだけどねえ」
「ビンタもしてきたし」
「本当にごめんね…」
チャイムがなる。予鈴だ。また会う約束をして、私は校長室へ向かった。
校長にいきさつを話す。
校長は頭を抱えた。面白くて笑うと、白部先輩が咳ばらいをした。
「概ね理解しました。あと、向こうの世界とこちらの世界を繋ぐ手段も緑島くんと春日井くんの尽力で、進んでいます」
「やったー!!!!」
「通帳アプリから向こうの世界に送金できると思います。…と思いましたが通帳の番号がわかりませんよね」
「わかります」
私は日々お金のことを考えていたので支店名から暗記していた。
「では確認するように」
うきうきで入院部屋に戻る。
ベッドの上に座ると、アプリを開き、送金をする。送金時に養母の名前が出てくる。取り合えず77777円を送る。送ることが出来た。
スマホを抱きしめる。やった。やったよ。そこにプン太がいないことにただただ寂しさを覚えた。代わりに掛け布団を揉んでみるが、とてもじゃないが代替品にはならなかった。嬉しいのと悲しいのとでちょっとだけ泣いた。
翌日、まだ朝早い時間に茶野が来た。なんと兄の方だ。
「悪かった」
それだけ言って帰ろうとしたので、言い放つ。
「はあーーーん!?何が悪かったんすかあ!?何を謝りに来たのかさっぱりわかりませんわあ!!なんなんすかあ!?元会長でも謝ることってそんなに難しいんですかあ!?」
茶野兄は振り向いて、私のベッドの横まで来た。
怒りに満ちた表情だ。紫苑にもこんな顔を向けられたことがあったな、と思い出した。
「…殴って悪かった」
私はベッドから立ち上がり、茶野兄を見上げる。
「私はあなたのビンタで鼻血を出しました」
「ああ」
「歯を食いしばってください」
茶野兄は目と口をぎゅっと閉じた。注射される前の子供のように見えた。私は右腕に霊力やらなにやらを集中させて振りかぶって茶野兄の頬をビンタした。バチン、いい音がした。
血は出なかったが、茶野兄の左頬は手の形に真っ赤になった。
気付かなかったが、部屋の入口には茶野弟が立っていた。流石の茶野弟もあんぐりと口を開けている事しか出来なかったようだ。
「ってぇ~~~~」
「兄さん…。ああ…まあ、首藤さんらしいけど…」
「考次郎…みてたのか」
「それはもう、ばっちし」
「情けねえ~~~」
「そんで、何にそんなに怯えてるんですか?会長だった人が」
茶野弟はその場にうずくまる兄を置き去りに、私のベッドの足元に座る。
「…呪いだよ」
生唾を飲み込んだ後に茶野兄は床を見ながら言う。
「まあそりゃそうでしょうけど」
「違う。あれは、呪いでできた人間だ」
似たような者には何度も会ってきている。けれど、私より経験のあるはずの茶野兄が言うから違うものなのだろう。
「この病棟にいる奴の多くがそれに会っておかしくなってる」
「春日井の弟が言ってた奴かな」
「…春日井弟って、退院したのか!?」
「茶野兄と同じように私が退院させました」
「そうか…」
「茶野兄は、また自分に呪いを掛けるんですか?」
「…分からない」
「正直ですね」
「けど、奴に目を付けられたんだ。俺は…」
怯えた茶野兄はとぼとぼと自室に戻っていく。
「何とかしてやりてえよな」
茶野弟に聞く。
「うーん。そうかもね」
「歯切れが悪いな」
「あの人、ぼくにだけいじわるなんだもん」
「そうだったのか」
それは茶野に掛けられた家族からの呪いと関係があるのだろうか。気になるところだが、わざわざ茶野の心をかき乱す必要もない。
話を聞いて、私はその呪いの人物とやらに会ってみたくなっていた。何故かは分からない。ただ、似ているとどこかで感じた。
「首藤さん?」
「なんだ」
「悪いこと考えてる顔」
「…悪いことではないよ。たぶん」
そう言いながら休み時間に春日井弟の所へ行く。1年の教室を覗くと、すぐ紫苑が私に気付いて近づいてきた。
「何の用ですか。別にメッセージくれれば…」
「あ、いや、紫苑じゃなくて、春日井の弟いる?」
「はあ!?…なんなんですかあなたは本当に!」
何故か怒っている。紫苑はいつも怒っているので、今度血圧計でもプレゼントしよう。
怒りながらも、紫苑は春日井弟を呼んでくれた。春日井に似た人懐っこい笑顔。
「首藤先輩!」
「入院着より制服の方がずっと似合ってるな」
「へへへ。あの、何のご用でしょうか?」
「聞き辛いんだけども…」
前会長と呪いの話を聞く。何か手がかりを掴みたかった。
「あれとは遭遇すべきではありません」
きっぱりと春日井弟は言う。
「出会ってしまったら、事故みたいに諦めるしかない。そういうものです。興味を持つのも…危険だと思います。この前お話してしまったのも軽率でした」
「そっか。思い出させて悪かったな」
「いいえ。何も言えずに申し訳ないです」
春日井弟は教室に戻り、すぐ友達の輪の中に入る。そういえば、春日井弟が1年の委員長だったが、復帰してどうなったのだろう。まあいいか。
授業に演習、まれに実習と日々をこなしていく。
私の人生では考えられないくらい穏やかな日々が続いた。
そんなある日の事だった。
休みの日で私と須和っちと春日井は共に外出していた。行先は特に決めておらず、散歩して気分転換を図るのが目的だった。家と家の間の狭い路地を進んでいくと、パン屋やラーメン屋があったりして面白い。いつもは外の世界と隔絶されているのでそれだけで良かった。
ある公園の横を通った時に、須和っちが吸い込まれるように入っていく。小さな公園で、滑り台と砂場がある程度だった。嫌な感じがする。それも大きな。
須和っちの腕を掴もうとするが振り払われた。
「春日井!」
「うん!」
公園に入ると、晴天だった空は灰色になり、全ての彩度が落ちる。
「あれ」
公園に入ったことで須和っちは正気に戻ったようだった。
「やーーーっとみつけた」
滑り台の上にしゃがむ人影。恐らく女の声だった。
ふっとそれが消えたかと思うと、私の腰と腕を掴み、ダンスのようなポーズを取らされる。
背丈は私くらい。顔はぶれて良く見えない。ただ生理的な嫌悪感が胸を支配する。
私は太刀打ち出来ず、それに合わせるしかない。
「もうさ、すげー探したの。いやさ、一回来たのは知ってたんだけどさ、まあそれで知ったっていうか。まあいいんだけど、よくないんだけど。私はあんたを殺す」
「何で」
ずんちゃっちゃ、ずんちゃっちゃ。女は口ずさむ。
「そういうものでしょう?呪いって。でもあんたは最後。お友達から殺す」
また女が消える。
「須和っち!」
須和っちは鉄パイプで女を殴る。
「須和っちひどいよ」
一瞬須和っちの行動が止まった。その隙を見逃すわけがなかった。女は須和っちの口に自分の口を付けた。私は女に体当たりをする。
「あ、あああ、あああああああ…」
須和っちはそんな声を出しながら倒れた。
公園もいつも通りに戻る。どこかの家からは赤ん坊が泣く声が聞こえ、どこかの家からは焼き魚のにおいがする。
須和っちは学園内の病院に入院となった。呪いを吸えないか試したが無理だった。須和っちの意識は胡乱で、たまに起きたかと思えば、奇声を発したりする。見ていられなかった。
「弟の時と似てる」
須和っちを春日井と見舞っていると、春日井が言い出した。
「奇声を発したかと思えば、怯えたり、ずっと寝たままだったり」
「じゃあアレが…」
私がアレに考えを捉われたばっかりにこうなってしまったのだろうか。
「でも弟は呪われた。今回は首藤が扱える呪いじゃない。あと言いにくいんだけど」
「なんだ?」
「アレは…首藤に似ていた」
そうして私はみんなを集めて会議をする。白部先輩、春日井、茶野、緑島、紫苑、それに加えて春日井弟と茶野兄も呼んだ。アレの件と伝えていたので、まあ来ないだろうなと思ったが、なんとか来てくれた。
まず二人が来てくれたことに拍手すると、茶野兄に止めろと言われた。
私が教壇に立つ。
「まず、何で呼んだのかざっくり説明させてくれ」
私は息を吸う。
「災害みたいな呪いがいる。そのせいで春日井弟と、茶野兄は入院を余儀なくされた。その呪いにこの間遭って、須和っちが今入院している。けど、私でも吸えない。呪いの性質が違うのかもしれない。そして、呪いは私に執念がありそうだった。更に春日井曰く、呪いの形が私に似ていた。ここまでがいったん起きたこと、の説明になる」
「はーい」
茶野弟が手を上げる。
「どうぞ」
「ぼくらの手に負えるものじゃない気がする」
「まあ一理ある。あ、それで、言い忘れていたんだけど、何で今日集まってもらったかと言えば、呪いは私の友人に次々降りかかる、的なことを言っていた」
一気に教室内の空気が変わる。
春日井弟は泣き出し、緑島も怯え、茶野兄がそれをなだめ、茶野兄は爪を噛み、茶野弟はいつも通りだが怯える兄を横目に、鼻で笑っていた。白部先輩と紫苑は何かを考えている様子だった。
「今から友達をやめても遅いと思う。申し訳ない」
しっかり頭を下げる。
「はい。よろしいですか?」
「白部先輩どうぞ」
「首藤さんに恨みがあって、首藤さんに利くように友人を呪い、首藤さんに似ている。見た目はまあ、変えられることが出来るかもしれませんが…。それって一人しかいないような気がします」
「ですよね」
紫苑も言う。
「誰ですか」
「この世界の首藤さんです。えっと、赤ちゃんの頃に命を落として、お母さんの呪いが失敗したことで禁忌の代償を払うことになって呪いの化身のようになった、とか」
白部先輩は言う。
私は考える。たしかに、そう考えるとつじつまが合う。
「あと、次狙われるのは私だと思います」
いつもと何も変わらない冷静さで白部先輩は言う。
「一応の生徒会長より力があると見せつけることで、全体のやる気を削ぐ。私ならそうします。まあこれは確実ではないんですけど」
私は何も言えない。軽口も叩けないし、意見も出せないし、守るとも言えない。悔しい。
「どうやったら倒せるのかなあ。そもそも倒せるの?」
茶野が頬杖をつきながら言う。
「この世界の首藤さんは生まれてからずっと呪いの化身で、別世界で生きていたかもしれない首藤さん…めんどいな相ちゃんを見たんだよね。それは確かに腹立つよね。相ちゃんに自分を重ねて、どうして自分はそうならなかったのーって首藤さんは相ちゃんに怒ってる。理不尽だけど、理にはかなってるよね」
「そう…だな」
「相ちゃんはどうやったら首藤さんを倒せると思う?」
「私…」
「うん。もし相ちゃんが小さい頃に亡くなって、誰にも認識されないまま呪うことでしか生きられなくなったら。どうする?」
「それは…」
わからない。分かるわけがない。
「死にたくねえなあ…」
ぽつりと春日井が思わずこぼすように言った。そりゃそうだろう。
「そうだ!相手は私に似ている性質から私を偽って現れるかもしれない。だから私が来た時は本物かどうか…いや、しばらく私から連絡することは無いと思ってくれ」
私は言い切った。
「それはそれで分断になりそうで、相手の思うつぼな気がする。とにかく、先生にも報告して何か意見をもらおう」
緑島が言う。そこで解散になった。皆、暗い顔をしていた。恐らく私もだ。
部屋に戻る。プン太がいない事を理解しているのにいつもどこか探してしまう。
寂しい。怖い。
いや、それよりも私には考えるべき事がある。茶野が言っていたことだ。
「自分が小さい頃に亡くなって、誰にも認識されないまま呪うことでしか生きられなくなったら。どうするか」
その身に呪いを宿すことしかできない存在。私の話なのに、私の話ではない。
分からない。けど、楽しそうに生きている自分を、見たら腹立たしいのは合っているだろう。
○○○○○○
夜。男子寮の一室、白部の部屋。部屋内は彼らしく整理整頓されており、本棚も彼なりのこだわりがあって並べられている。当の本人は机に向かって文献や本を呼んでいた。部屋の電気は消えており、デスクライトだけがついている。ノック音がされる。白部は個人部屋なので、この時間に人が来るのは珍しい。
概ね相手の予想は出来ていた。
「誰ですか」
「首藤です!いやあ、案外男子寮って簡単に入れるもんなんですね!あとなんか、全体的に臭い?気がします」
「誰ですか」
「首藤ですってば。…実は、白部先輩だけに相談したいことがあって…私…白部先輩にしか言えなくて…」
「私はあなたを首藤相とは認めないし認識しません」
毅然と白部は言う。
「へえ」
首藤の声から表情が失われる。
「でもね先輩、私、ただの呪いじゃないんですよ」
ドアは勝手に開かれる。
白部は札を投げつけると、それは相手の顔に張り付いた。じゅわわわわという音と、きぃーーーーーという悲鳴がする。その間に手裏剣や札や、いろんなものを白部は投げつけた。
きゃあああああ、どこか演技がかった声。そして、白部が投げたものは塵になって消える。
「だからね、先輩、私は普通じゃないんですって。でもやっぱり先輩ってつよいんですね」
その影は白部の体に絡みついていた。結ばれていない長い髪の毛が白部のあちこちを締め付けていく。
○○○○○○
昨日の夜、白部先輩の部屋のドアが不自然に開いており、中で先輩は倒れていたという。
この世界の私、スドウアイの仕業に間違いない。先輩もまた学内の病院に搬送された。
噂が噂を呼び、私の姿を見るとみんなが逃げ出すようになっていた。無理もない話だった。
須和っちと白部先輩のお見舞いに行きたかったが、私には自室待機が求められた。先生たちも対策を練っているらしく、廊下から伝わる足音はどれも忙しなかった。
そんな中、春日井、茶野、緑島、紫苑は平気で私の部屋に来た。良いのかと一応尋ねると、
「次は自分かもだし」
と全員が似たようなことを言った。
「白部先輩を見つけたのはオレ」
春日井が言う。
「既読が全然付かなかったから不安になってさ。部屋にはスドウアイがいて、右腕をおさえてた。すぐ消えたけど。先輩もまだちょっと意識あってさ。話聞いたんだよね」
「どんな話だ!?」
私は掴みかかりはせずに聞く。
「単純で、逆の話だって。あと、倒せるって」
春日井は言った。
「どういう意味だ?」
「それがわかんねえ」
「…せんぱーーーい」
分からな過ぎますよ、そう嘆きたいのを何とか堪える。
「次は誰だろう」
俯いて緑島が静かに言った。
「ぼくかなあ。副委員長だし」
「僕かもです。1年の委員長だし」
「どこで張り合ってるんだよ」
緊張した空気が少し楽になった。
「単純、逆、倒せる」
もう一度先輩の言葉を復唱してみる。
「わかんないよーーーーー」
「無理ーー」
「こわいーーー」
私たちは、そうやって馬鹿っぽく騒ぐことで不安を紛らわした。
次に倒れたのは茶野だった。
三人は同じ病室におり、見舞いに行った。須和っちとこんなに喋れていないのは初めてだ。彼の三毛猫のような頭を撫でる。ついでに白部先輩と茶野の頭も撫でる。
生きてはいるが、弱ってはいるらしい。春日井弟の時は、意識は混濁していたが、弱ってはいなかったとのこと。つまり、スドウアイが奪っているのは…。そう考えたとき、病室の入口に茶野兄が立っていた。茶野兄は私を見て怯えた表情のまま、睨みつけながら、私の方へ歩いてくる。そして私にビンタした。私は倒れない。私もビンタする。もちろん茶野兄は倒れない。
「なんだ。丸まっていること意外も出来るんだな」
「クソッ。考次郎の首から下げてるの、壊してくれねえか。あんたなら出来んだろ」
「ネックレス?」
そんなものしていたかと、首を確認すると確かに黒い皮ひもがあった。服の中からそれを引っ張り上げると、勾玉が付いていた。どす黒い怨念のようなものが溜まっている。
「茶野が家から掛けられてるっていう呪いか。霊力を底上げするとか…」
「本当は逆だ。こいつはとんでもない霊力がある。それを…俺も含めて全員が恐れた」
「ええ」
「割れ」
「いいのか」
「知らん。けど、こんな状態よりはマシになるだろ」
握ってみる。呪いのエネルギー、もっとも私にとっては生のエネルギーを感じる。それを私に入れ込むだけだ。砂の固まりのようにあっけなくそれは割れた。手に破片が刺さるが、茶野兄はそんなことを気にしない。
「考次郎!考次郎!」
茶野を揺さぶり起こそうとする。それで脳震盪になるのではないかと思うくらいに。
「んあ」
茶野は起きた。
「ふあああああ~」
それから間抜けな大あくびをした。
「もうちょっと寝させてくれて良いと思わない?」
茶野は不満げに私に聞く。
「しらん。兄弟げんかに巻き込むな」
「相ちゃん、血、出てる!」
ティッシュを何枚も出して、茶野は私にくれた。勾玉の残骸を包み、残りで手の血を抑える。
「で、何で起きれたんだ?」
「いきなり堰き止められてたものが決壊したからだと思う。もしかしたらまた寝ちゃうかも。眠いし」
「考次郎…!」
茶野兄は涙ぐんで茶野を抱きしめたが、茶野は冷めた表情だった。
「応えてやれよ」
そういうと少しだけ兄の背中に手を回していた。やはり表情はどちらかというと嫌悪感、という感じだったが。
「悪かった。今まで。俺はお前が怖かったんだ!長男なのに次男よりも霊力が足りないと噂されると思うと立つ瀬がなく、お前をないがしろにすることで俺は」
「今そういうの良いから」
茶野は兄を突き飛ばした。
「相ちゃん。春日井が見た時、腕怪我してる様子って言ってたよね。それ、治ってなかったし、ぼくの攻撃も効いてた。あれは倒せる。でも、それだけじゃ足りない」
茶野は私の目を見て言う。
「茶野の勾玉を握りつぶして思ったんだけど、私は呪いの力を体の中のプン太で反転させて生命力にしてる。でも、あのスドウアイは違う」
「というと、ぼくたちの生命力を奪うと、あれは弱るってこと?白部先輩の言ってた、反転、逆、っていうのはそういう意味かも…ごめん、ねむく…」
茶野は突然眠った。私が突然眠った時もこんな感じだったんだろうか。
「茶野兄、ありがとうございます」
茶野兄は、まだ突き飛ばされた衝撃で尻もちを付いたまま床に座っていた。
「考次郎は俺を許してくれるんだろうか…」
「茶野にそういうのはないと思いますよ」
そう言って、三人の顔を再び見て私は立ち去った。
アプリで春日井と紫苑と緑島にグループ通話を掛ける。
みんなすぐに出てくれた。そして茶野と私の意見を総合したものを伝える。
どこかホッとした空気になる。
「え、でもこの首藤先輩が本物だっていう証拠は無いわけですよね…全部嘘なんじゃ…」
一拍間をおいて、紫苑が深刻そうに言う。
「良い指摘だ。紫苑。片時も油断するな。今の私に本物と証明する術はないからな。じゃあな」
私は自分勝手に電話を切った。それ以上伝えられることが無いからだ。
先輩が残した最後のキーワードは「単純」。
それについて考える必要がある。最初から追おう。
この世界のスドウアイは小さい頃に病気に罹り、亡くなった。母が禁忌の術を使ったが失敗。そうしてこの世を去ったと思われていたが実際は違った。呪いを授けたり授けられたりする身になり、ほとんどの人間から見えることもなくなり、見えた人間からは駆除の対象とされた。私がここに来る前からだ。
そして私がここにきてまた絶望しただろう。分かったかもしれない。というかきっと、私にしか分からないのかもしれない。
再びグループ通話を繋げる。何故か電波が悪い。三人に急ぎ中庭に来るよう伝える。
外出時間外に限らず、三人は来ていた。
「どうするつもり!?」
緑島が言う。
「スドウアイを倒す!」




