呼吸
◇◇◇◇
十六階層・レルミト領、サマズーナの街。
十五階層が蒼い魔鉱石に満ちた洞窟だったのに対し、この階層はまるで別世界だった。頭上には天井らしき岩盤が見えない。代わりに広がっているのは、どこまでも抜けるような青空だった。白い雲まで流れている。地下にいるはずなのに、風が吹き、陽光のような柔らかな光が街を照らしている。
ダンジョンの中に存在する街。
こういう街は幾つもある。不自然なはずなのに、ここではそれが当たり前になっていた。石畳の通りには露店が並び、武具屋の看板が揺れ、宿屋の前では配信ウィンドウを浮かべた配信者たちが談笑している。素材を売り歩く商人、休憩中のパーティー。様々な人の流れが交差し、この階層がひとつの都市として機能していた。
RTA文化が根付いたのも、こうした中継地点があるからだろう。
「あれ……ルナちゃんじゃない?」
「ほんとだ」
ルナが街に入ると、自然と人目を引いた。
「ルナちゃんだ!」
「RTAの!」
「9分のやつ!」
遠目からでも、ルナを起点に好奇と興奮の視線が俺とルナに注がれていた。
ルナは戸惑った様子だったが、それでも笑みを崩さず、小さく会釈した。銀髪が揺れ、光を反射する。その仕草だけでさらに視線が増える。
「配信ってのは、こんなに影響力があるもんなんだな」
俺が呟くと、ルナは少し困ったように笑った。
「世界ランキングを取ってしまったら、嫌でも注目はされるでしょうね」
「そういうものか」
俺は、うさぎの言葉を思い出していた。
『しばらくは目立つ行動しちゃダメだからね。貴族に目をつけられたらどうなるかわかってる?』
確かに、今は目立ちすぎている。だが、配信で実績を作れば、市民権が早く手に入る。ノースレッドは見た目では分からない。貴族に目をつけられる前に市民へ昇格できれば問題はない。
うさぎも、きっと分かってくれる。
「どうしたんですか?」
ルナが不思議そうに覗き込む。
「いや……なんでもない。俺が持ってる高階層のモンスターの素材を売れれば、一億なんてすぐだと思ってな」
「ふふ、ですね。でもギルドに買い取ってもらうには、攻略配信と、その配信動画の提出が必須になります。下層のモンスターなら提出は不要なケースもありますが」
「わかってる。偽物や盗難を防ぐためだろ。ギルドを通さずに売れば即捕まる。そんなこ、とは……」
言葉の歯切れが悪くなっていく。
「……してるんですか?」
「勘が冴えてるな。俺はノースレッドだ。それしか食っていく方法を知らなかった」
自嘲気味に言う。
「普通に働いてたら、市民権なんてものは一生手に入らないしな」
「……そうですね」
ルナは否定しなかった。
それが、少し意外だった。
「ルナは、俺がノースレッドだと知っても下に見なかった」
経験で分かる。そういう態度は隠せない。
「……市民でも、お前は信用できるかもしれない」
言った瞬間、ルナの頬がふわりと赤く染まった。
「……あ、ありがとうございます」
視線を伏せ、小さく微笑む。その仕草が妙に柔らかかった。
「デート中、ごめんなさいね」
俺たちの会話に、聞き慣れない声が割り込んだ。
目の前に視線を向けると、三人の女が道を塞いでいた。
先頭にいるのは、金の巻き髪の少女。光を受けて輝く髪を肩で跳ねさせ、口元には自信に満ちた笑みを浮かべている。華やかな軽装鎧に、短いスカート。配信映えを意識した装飾が揺れていた。
その左には、大盾を背負った黒髪の少女。鋭い視線をしているが、どこか居心地の悪そうな表情をしている。
右には、杖を持った紫の長髪の少女。静かな瞳でこちらを観察していた。
全員、整った顔立ちだった。
青と白と金の装飾で統一された装備が、同一パーティーであることを示している。
ルナの体が、小さく震えて、一歩、後ろに下がった。
「知り合いか?」
俺が聞く。
「……」
返事がない。
「おい」
「……あ、はい」
ようやくルナが我に返る。
金髪の少女が微笑んだ。
「心配したのよ。あれからずっと連絡もないし」
優しい声だった。
だが、ルナの表情は固い。
「全員……私が所属している《星月の旅団》のパーティーメンバーです」
呼吸がわずかに乱れたのを、俺は見逃さなかった。
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