契約
相当、美人な子だった。
俺は言葉を失ったまま、ただ呆然と少女を見つめていた。
息をするのを忘れていることに気づいて、ごくり、と喉が鳴る。
「……誰だ?」
少女は一瞬だけ目を見開いた。だがすぐに落ち着きを取り戻し、俺の目をまっすぐに捉える。
「昨日、助けて頂いた者です」
可憐な声だった。聞き覚えがある。
「……昨日、助けた?」
記憶を探る。
昨日、助けたのは一人しかいない。だが暗い洞窟の中では顔まで見ていなかった。声は可愛らしいと思ったが、まさかここまで整った容姿だとは思いもしなかった。
「あの……」
青い瞳が揺れる。視線がわずかに伏せられ、ためらうように続く。
「杖を……返して欲しくて」
「母の形見だと言っていたか」
俺は腕を組み、少女を見据える。整った顔立ちに気圧されないよう、意識して表情を固めた。
「俺を探す動機としては十分だが……どうしてここが分かった?」
「それは……」
少女は一瞬迷ったように唇を結び、やがて意を決したように口を開いた。
「杖を防犯登録していて、位置情報が私に送られてきます」
「ほう……」
思わず眉が上がる。
「今はそんな機能を武器に付けられるのか」
「はい。相手に贈る時には解除するのですが……昨日のあの場では、そこまで考えが至らなかったんです」
申し訳なさそうに頭を下げる。銀髪がさらりと流れ落ちた。
「ごめんなさい」
「……まぁいい」
俺は壁から背を離した。
「ここまで来たってことは……」
頭を上げた少女は小さく頷く。
「はい。六百万ギル持ってきました」
力強い声。
「大金だな」
「身の回りの物を売って、貯金をかき集めて用意したお金です」
目の奥には決意があった。そして続ける。
「それだけ、あの杖は……私にとって凄く、凄く大切な物なんです。お願いします。返してください」
疲れが滲んでいた。昨日から休まず動き回っていたのだろう。服も着替えていないのか、あちこちに泥が跳ねていた。
「その努力は買う」
「じゃあ!」
少女の顔がぱっと明るくなる。安堵が広がり、柔らかな笑みが浮かんだ。
だが、俺は首を横に振った。
「俺が欲しいのは金じゃない」
笑みが止まる。
「……え?」
俺は指を差した。
「お前だ」
青い瞳が大きく見開かれる。
「お前の、権利が欲しい」
俺は最底辺として生きてきた。
奪われる側でしかなかった。
何も持てなかった。
だが、今回は違う。
やっと、俺にも運が回ってきた。
「な、なんなんですか!? 権利って……」
「ああ、俺は最底辺だ」
少女の表情が強張る。
「これを聞いて察せなかったら相当の甘ちゃんだぞ」
「あなたが……ノースレッド」
小さく呟く。
「ということは……配信の権利が欲しいんですね?」
「分かってるな」
俺は口元を歪めた。
「ノースレッド同士ではパーティーでの戦闘も禁止されている。だが、お前と組めばそれは適用されない」
「……一生付き合うのは無理ですよ」
「やる気になってくれるならありがたい。期限は俺一人分の市民権を手に入れるまでだ」
「一億ですか」
少女の表情が引き締まる。
「そうだ。でもお前は俺の強さを知ってる。配信の投げ銭、高層階のモンスター素材、ボス討伐、スポンサー依頼……俺は何でもやる。損得で迷うなら心配しなくてもいい。金は折半で、これでどうだ?」
少女はぎゅっと両手を握り、迷いが瞳の奥で揺れた。
一拍、置く。
「……やります。お金の為じゃありません。杖を返してもらうために」
そう、少女は決心するように呟いた。
「俺はソル。お前の名前は?」
頭上に黒い穴を出現させる。空間が歪み、細長く裂ける。そこから杖が滑り落ち、左手に収まった。穴はすぐに閉じる。
「ルナです」
俺は杖を差し出す。
「よろしくな、ルナ」
「はい。よろしくお願いします。ソルさん」
「解除しろ」
「はい」
盗難登録を解除して、ルナは両手で杖を受け取ると、大事そうに抱え込んだ。
銀の髪が揺れ、青い瞳が悔しそうにこちらを見る。
その瞬間、俺たちの契約は成立した。
ピピッ!……ピピッ!……ピピッ!……ピピッ!……。
【ソル専用の杖が盗難されました】
『持ち主に位置情報を送ります』
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