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ソロで効率厨の俺は、配信者を助けてバズってしまう!〜形見の杖を奪って、勝ちヒロインを従順にしてみました〜  作者: 海の紅月くらげさん


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33/39

十階

◇◇◇◇


 十階層・ルフィラン領、フォンアルの街。


 夜の湿気を孕んだ風が、石畳の隙間をゆっくりと撫でていた。


 雨の名残を吸った路地は黒く濡れ、頭上を横切る洗濯紐が月明かりの下で細く揺れている。崩れかけた石壁には古い水染みが浮かび、かびた木材と鉄錆の匂いが沈殿していた。


 その上を。


 ひとつの影が疾走する。


 青髪の少女だった。


 細い身体が夜を裂くたび、腰まで流れる青髪が月光を弾き、深海のような蒼を揺らめかせる。短いスカートの裾が翻り、白い脚が屋根の縁を鋭く蹴り抜いた。


 速い。


 だが、その表情には明確な焦燥が滲んでいた。


 少女は振り返る。


 赤い瞳が背後にいる何かを探す。


 誰もいない。


 追跡の気配もない。


 スキルの反応も感じない。


 なのに。


「……なんで」


 喉が乾いていた。


 逃走経路は変え続けている。


 裏商人用の抜け道を通り、スキルで偽装工作を展開し、追跡スキルの攪乱も撒いた。転移石も惜しまず砕き続けた。


 それでも。


 逃げ切れた感覚だけが、どうしてもなかった。


 まるで最初から、自分の行き先すべてを把握されているような感覚。


 嫌な汗が背を伝う。


 少女は速度を上げた。


 屋根を蹴る。


 空気が裂ける。


 そのまま隣の建物へ飛び移った瞬間だった。


「いやぁ、よう逃げるなぁ」


 声。


 真横。


「――ッ!?」


 反射で身体が跳ねた。


 石壁を蹴り、強引に距離を取る。


 視線の先。


 月明かりに照らされた屋根の端へ、男がひとり腰掛けていた。


 片膝を立て、頬杖をついている。


 最初からそこにいたみたいに、自然に。


「普通、転移封鎖された時点で諦めるんやけど」


 欠伸混じりの声だった。


 気怠げで、やる気がない。


「裏ルート知っとるんは偉いな」


 少女は息を呑む。


 どうやって先回りした。


 考えても、考えても。


 何ひとつ分からない。


 男は視線だけを向けてくる。


 その目には執着も敵意も薄かった。


 ただ、処理対象を確認しているだけの温度。


 それが、余計に恐ろしい。


「まぁでも」


 男は小さく首を鳴らした。


「ダンジョンマスター相手に逃走を選ぶんも、あんまおすすめせぇへんな」


 少女の背筋を冷たいものが走る。


 ダンジョンマスター。


 その言葉の重みを、このダンジョンで知らない者はいない。


 全階層を攻略した怪物。


 地形、魔物、生態、アイテム。


 ダンジョンの生き方を、すべて知り尽くした存在。


 だから逃げ切れない。


「……化け物」


 思わず漏れた呟きに、


「失礼やなぁ」


 男は苦笑した。


「ちゃんと社会に貢献しとるダンジョン警備隊やで?」


 その瞬間。


 少女は地面を蹴った。


 迷わない。


 会話を続けた時点で終わる。


 本能がそう叫んでいた。


 青い髪が夜へ散る。


 男はそれを見送り、小さく息を吐いた。


「元気やなぁ……」


 立ち上がる。


 次の瞬間。


 その姿は、もう消えていた。


 屋根の上を風だけが通り抜けていく。



◇◇◇◇



 二十六階層・フィリストル領。


 乾いた大地が、轟音と共に砕け散った。


 衝撃で地面が沈み込み、岩盤へ蜘蛛の巣状の亀裂が広がっていく。巻き上がった土煙が視界を覆い、その中心で巨躯の怪物が咆哮していた。


 二十六階層ボス・ゴブリンジャイアント。


 通常のゴブリンとは似ても似つかない。


 山のように膨れ上がった肉体。


 岩を積み重ねたみたいな筋肉。


 握られた棍棒は、もはや武器ではなく攻城兵器だった。


 振るうたび、大気が軋む。


 轟音が遅れて鼓膜を叩き、大地そのものが震えていた。


 だが。


「遅い」


 ソルは、わずかに身体を傾けるだけでそれを躱した。


 棍棒が地面へ叩き込まれる。


 爆音。


 砕けた岩片が暴風のように吹き荒れる。


 その中心へ。


 ソルは、すでに踏み込んでいた。


 黒い短剣が閃く。


 一筋。


 それだけ。


 ゴブリンジャイアントの胸が深々と裂け、大量の血飛沫が宙へ噴き上がった。


 怪物が絶叫する。


 耳障りな咆哮が空間を震わせる。


 ソルは片手で耳を塞ぎ、露骨に顔をしかめた。


「うるさ……」


 緊張感の欠片もない声音だった。


 背後ではラフィが笑っている。


「いやぁ、二十四階層のオーガより弱いですねぇ」


「ブルードラゴンの方が強かったです」


 ルナも淡々と続けた。


 数日前。


 二十三階層でクラーケンを討伐。


 翌日には二十四階層・オーガ。


 そのまま二十五階層・ブルードラゴン。


 異常な速度で攻略は進み、そして今。


 二十六階層ボスですら、彼らにとっては障害にすらなっていなかった。


 ソルが短剣を構える。


貫通刃(ピアース)


 刃が淡い黄色の光を帯びる。


 空気が鋭く裂け、周囲のオーラが一点へ収束していく。


 ゴブリンジャイアントの巨体が、本能的な恐怖に後ずさる。


 その時だった。


 ぱきり、と。


 本当に小さな音。


 ソルの首元。


 下げられていたネックレスへ、一本の亀裂が走る。


「……は?」


 動きが止まる。


 一瞬。


 本当に、一瞬だけ。


 だが、その隙を怪物は見逃さなかった。


 ゴブリンジャイアントが咆哮する。


 筋肉が膨れ上がる。


 振り抜かれた拳が、真正面からソルへ叩き込まれた。


 轟音。


 空気が爆ぜる。


 ソルの身体が砲弾のように吹き飛び、岩壁へ激突した。


 凄まじい衝撃で壁面が陥没し、無数の亀裂が走る。


「ソルさん!?」


 ラフィが目を見開く。


 崩れ落ちる岩煙の向こう。


 ソルはゆっくりと立ち上がった。


 口元から血が流れている。


 だが。


 それ以上に。


 空気が変わっていた。


 重い。


 息苦しいほどに。


 周囲の空気が沈み込み、大地そのものが圧迫されているみたいだった。


 抑え込まれていた何かが、外へ漏れ出している。


 ソルは掌の中のネックレスを見下ろした。


 砕けた魔石。


 細かな破片。


 感情が抜け落ちたような静かな目。


 逆に、それが恐ろしい。


 ゴブリンジャイアントが再び咆哮し、突進してくる。


 巨大な棍棒が振り上げられる。


 だが、ソルは避けない。


 歩く。


 真っ直ぐ。


 タッ、タッ、タッ、と。


 静かな足音だけが響いていた。


 振り下ろされた渾身の一撃。


 それを。


 ソルは短剣一本で受け止めた。


 轟音。


 衝撃波。


 地面が砕け散る。


 なのに。


 ソルの身体は、一歩も下がらない。


 短剣が、す、と動く。


 本当に、それだけだった。


 次の瞬間。


 ゴブリンジャイアントの首が、ずるりと滑り落ちる。


 巨体が傾き。


 ポトン、と。


 異様なほど軽い音を立て、首が地面へ転がった。


 沈黙。


 遅れて巨体が崩れ落ち、轟音と共に砂煙が舞い上がる。


 ソルは、その死体すら見なかった。


 砕けたネックレスを強く握り締める。


「転移」


 低く呟く。


 だが。


 反応はない。


 空間は沈黙したままだった。


 転移の光も、消滅反応も現れない。


 ソルの眉が、わずかに動く。


「ラフィ、ルナ」


 静かな声。


 なのに、空気が震えた。


「十階層の転移石、あるだけ出せ」


 ラフィが即座にアイテムボックスを展開する。


 青白い光が空中へ広がり、大量の転移石が次々と現れた。


「はいはい、ありますよぉ!」


 ソルはそれを掴む。


 握り潰す。


 砕ける。


 また掴む。


 握り潰す。


 だが。


 反応はない。


「どうしたんですか!?」


 ルナの声。


 しかし、ソルは答えなかった。



 ただ静かに天を見上げて、目を閉じる。



 呼吸の音がハッキリと聞こえてきた。


 その周囲だけ、空気が異様に重くなる。


『パッシブスキル・オールオン』


 瞬間。


 圧が増した。


 空間そのものが軋む。


 ラフィとルナですら、一瞬息を呑むほどに。


 ソルはゆっくり目を開ける。


「……十階層か」


 呟き。


 次の瞬間。


 ソルの姿が、その場から消えた。











楽しかった! 続きが気になる! という方は☆☆☆☆☆やブクマをしていただけると嬉しいです!

作者のモチベーションの一つになりますのでよろしくお願いします!


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