仲間
「えっと、本当に入ってくれるんですか?」
まだ半信半疑のまま、ルナがラフィを見上げた。つい先ほどまで刃を交えていた相手が、今は肩の力を抜いて立っている。その温度差に、思考が追いついていかないようだ。風に揺れる桃色の髪も、どこか柔らかく流れる。
「うん。ソルくんが言ってたように、面白そうだしねぇ。あとお酒を取られる心配もないし」
ラフィは軽く肩をすくめ、くすりと笑う。気の抜けた声音だったが、その目の奥には、戦闘中と同じ、愉しげな光が残っていた。
その時だった。
地面が、微かに揺れた。
ざ、と草が一斉に擦れ合う。風ではない。下から押し上げられるような振動だった。足裏を通じて、鈍い鼓動のような揺れが伝わってくる。
土の奥で、何かが蠢いている。
草原全体が、息を潜めるようにざわめいた。
「来るぞ!」
俺の声と同時に、
ドンッ! と、地面が盛り上がった。
土が弾け、黒い巨体が姿を現す。
二十一階層ボス《フォレストワーム》。
岩のように硬質な外皮。筒状に伸びた巨体は、くねりながら地表を押し上げる。先端にある口は、底の見えない穴のように開き、その内側には不規則に並んだ鋭い突起がびっしりと生えていた。濁った粘液が糸を引き、地面に落ちるたび、じゅ、と湿った音が鳴る
巨体が地面に触れるたび、鈍い振動が草原を揺らした。
ルナが思わず一歩後ろへ下がる。
「フォレストワーム!?」
コメント欄が一気に加速する。
:敵きた
:でかい
:タイミング神
:新入りの出番だ
:ラフィいけ
ラフィが軽く肩を回す。関節をほぐすように腕を振り、楽しげに笑った。
「ちょうどいいですねぇ」
その様子は、先ほどまで吹き飛ばされていた人物とは思えないほど軽い。
俺は、ヒュッと短剣を放り上げた。
回転する刃が、ラフィの頭上をかすめる。
「みんな〜! 新入りのラフィさんをよろしくだぜぇ!」
言葉が終わると同時に、
短剣と、ラフィの姿が消えた。
草だけが遅れて揺れる。
次の瞬間には、ラフィは巨体の背後にいた。
振り向きざま、短剣が閃く。
音は遅れて鳴った。
キン、と細い金属音。
黒い外皮に、一本の線が浮かぶ。遅れて、その線がずるりとずれた。
次の瞬間、血が噴き出す。
赤い飛沫が草原に散り、巨体が大きく揺れる。支えを失ったように胴が傾き、そのまま横倒しに崩れた。地面が震え、土煙が舞い上がる。
ラフィはすでに血の当たらない位置まで距離を取っていた。くるりと短剣を回し、俺へと軽く放る。
「はい、おしまい」
コメント欄が爆発する。
:速い
:見えなかった
:一瞬
:ラフィさんつよ
:新入りやばい
ルナが目を見開いたまま固まる。
「え……今……」
言葉が続かない。
そして、倒れた巨体の影が、ぬるりと動いた。
久しぶりに見た。
「珍しいな。湧きポイントが被るなんて、滅多にない」
「え? どういうことですか?」
ルナに説明する前に、それは起きた。
ジジジッ、と微かな音。空気が焦げるような匂い。
影が、形を持つ。
もう一体のボスモンスター《フォレストワーム》
同種のモンスターが、死体の下から這い出すように飛び出した。地面を突き破り、一直線にラフィへ飛びかかる。
ラフィが振り向く。
「おっと」
だが、その瞬間。
空気が、一度だけ震えた。
草が同時に揺れ、風が横に裂ける。
モンスターの動きが止まった。宙に浮いたまま、わずかに揺れる。
ずるり、と。
巨体が縦半分に割れた。
断面から血が噴き出し、二つに分かれた体が地面へ落ちる。遅れて、シュッと言う大きな音が耳に届いた。
ルナの視線が、モンスターからすぐに俺へと移る。
「……今の」
俺は短剣を軽く払った。刃についた血が弧を描いて飛び散る。
コメント欄がさらに加速する。
:は???
:今何した
:見えなかった
:ソルやば
:格が違う
ラフィが、にやりと笑った。
「お酒が飲みたいですねぇ」
楽しそうに呟く。
ルナは配信画面を見たまま固まっていた。画面の数字が、目に見えて跳ね上がっていく。
登録者数が増え続ける。
同時接続者数も、雪崩のように膨れ上がっていく。
止まらない。
『パッシブスキル・オールオフ』
ドンッ! と反動が来た。
力が抜ける。
情報が削ぎ落とされる。
世界の解像度が一気に落ちた。
さっきまで鮮明だった空気が、急に重く濁る。
すべてが遅い。鈍い。遠い。
喉の奥に、吐き気が込み上げた。
「……気持ちわりぃ」
息を吐く。
世界が、ようやく通常の速度に戻る。草原を渡る風が、遅れて頬を撫でた。
【ルナ《パーティー抜けました》】
登録者 65万人→72万人
同時接続者数 394,000
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