ギルド
十六階層のギルドは、想像以上に大きかった。
以前訪れた時の面影は、もうどこにも残っていない。かつては木と石を積み上げただけの仮設の拠点に過ぎなかったはずだ。それが今では、街の中心に堂々と構えた石造りの建築物へと変わっている。壁面には魔灯が埋め込まれ、磨かれた扉は分厚く重い。ダンジョンの中とは思えないほど、完成された施設だった。
初めて入るギルドだ。
わずかに、緊張している自覚がある。ノースレッドと疑われないようにしなければならない。市民として自然に、堂々と。平常心、平常心だ。呼吸を整え、余計な力を抜く。
「行きますよ?」
「……ああ」
入口の前で立ち止まっていた俺に、ルナが声をかける。その何気ない一言で、自分の不自然さに気づいた。自然なら立ち止まる必要もない。こういう些細な挙動が疑いを生む。
自然に。いつも通りに。
ルナの後を追い、扉を押し開ける。
中に入った瞬間、熱気が吹き抜けた。
人の声。食器のぶつかる音。酒の匂い。焼けた肉の香り。あらゆる音と匂いが混ざり合い、濃い空気となって充満している。戦場帰りの拠点かのような騒がしさだった。
正面には受付カウンター。すでにルナは受付嬢と話している。
左右には丸テーブルがずらりと並び、そのほとんどが埋まっていた。鎧姿の配信者たちが席を囲み、料理をかき込みながら配信ウィンドを浮かべて談笑している。笑い声と怒号が入り混じり、戦果報告でもしているのだろう。空気は荒く、活気に満ちていた。
ギルドで飯も食えるのか。
どこで頼むんだ?
そんな疑問が浮かんだ、その時。
ピリリリリン!
「ッ!」
突然、澄んだ鈴の音が鳴り響いた。思わず肩が跳ねる。
視界の端に半透明のメニューが浮かび上がる。同時に、奥の暖簾から女性が料理を運んできた。どうやら配信デバイスから注文する仕組みらしい。
「なるほど」
思わず呟いた、その直後。
「な〜にが、なるほどなんですかぁ〜」
ガバッと肩を組まれた。
触れられるまで、まったく気配に気づかなかった。
反射的に体がこわばる。背後を取られた。そう思った瞬間、ふわりと甘い酒の匂いが鼻をかすめた。
肩に柔らかな重みが乗る。桃色の髪がさらりと腕に触れた。
長い髪だった。手入れの行き届いた滑らかな髪質で、毛先だけが無造作に跳ねている。揺れるたびに淡く光を弾き、柔らかく視界を彩る。頬は酒でほんのり赤く染まり、半分閉じた瞳はとろけるように焦点が合っていない。
体重を預けられ、腕に柔らかな圧がかかる。押しつけられた胸元の膨らみが、布越しでもはっきりと伝わってきた。
「へぇ」
「へ? ……酒臭!」
顔を向けられた瞬間、吐息がかかった。強い酒の匂いが容赦なく鼻を直撃する。
「初心者さんですかぁ〜」
語尾がふにゃりと崩れている。完全に酔っていた。
「どうでもいいだろ」
「どうでよくはありません。あっちが受付ですよぉ〜。あっちが依頼の受付板。お腹空いてるなら私と食べましょ! へへへ」
桃色の髪の女がふらふらと指を差す。だが本人の体ごと揺れているせいで、どこを示しているのか分からない。
「今はいい」
「何かあったら、なんでも聞いてくだしゃいね〜」
それでも、不思議と嫌な気はしなかった。
「ありがとう」
そう言うと、女は満足そうに笑った。
「へへへ、初心者を助けるのがラフィさんの心情だぜぃ!」
桃色の髪を揺らしながら、彼女はラフィと名乗った。
ラフィは空のジョッキを掲げたまま、千鳥足でギルドの出口へ向かう。そのまま何事もなかったかのように外へ出ていった。
「なんだったんだあれ……」
ギルド初心者だと見抜かれたことも気になるが、それ以上に引っかかるのは……。
背後を取られた。
酔っているように見えて、隙がまるでない。
ただの酔っ払いじゃないな。
「どうかしたんですか?」
受付嬢との話を終えたルナが戻ってきた。
「なんでもない」
ラフィ。覚えておくとしよう。
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