第24話 憧れの英雄
生暖かい風が、頬を撫でる。
日の光は、髪を熱した。
重い瞼を、ダリアはゆっくりと開ける。
徐々に鮮明になっていく視界。
目の前には、ダンジョンの入り口がたたずんでいた。
「...来たんですね」
入り口を前にして、以前の出来事が鮮明によみがえってくる。
ディエーゴ...そしてゼーラ。
拳をギュっ。と握った。
「油断するな。以前とはまた違う苦痛が、オマエを待っているはずだ」
「...大丈夫ですよ」
鋭く、入り口を睨む。
明確な決意が、ダリアを突き動かしていた。
「僕は二度も過ち犯すほど、馬鹿じゃないですから」
「へっ」
軽く笑い、入り口に片足を踏み入れる。
先導者は、ダリアに手を伸ばした。
「テストで下位だった奴が言うセリフじゃ、ない気がするがな」
歯を見せ、笑うディエール。
自然と、ダリアの口角も上がっていた。
手を取る。
ダンジョンの中からは、冷気がこぼれていた。
心臓の鼓動が、わずかに早くなる。
息を呑み、ダンジョンに潜入した。
!
コツン。
靴の音が、静かな空間に響く。
ろうそくの熱が、ほのかに肌を焼いた。
「ダリア...お前が目指していた英雄について、少し話そうか」
先頭を行くディエールが、ぽつりとつぶやく。
足音は止まない。
ダリアが口を開ける前に、語り始めた。
「1000年前の英雄、エディタ・アドレ...しかし、全員を救えることができなかった――まさしくお前みたいな男だ」
淡々と、話す。
歩幅はわずかに広くなり、速度が上がっていく。
「だから、お前が思い描いていた勇者は『ただの理想』だったってこと...よく覚えとけ」
手に、わずかだが力がこもる。
「理想は人を惑わす...精神操作魔法となんら変わりない。あんなものはクソだ。お前の判断は正しかった」
「...そうですか。ありがとうございます......」
ディエールの一言。
ダリアの重くのしかかった何かが、降りた気がした。
気まずい雰囲気が、あたりを支配する。
ディエールの大きな背中が、やけに小さく感じた。
「...でも、先生の言ってることと僕の考えは、少し違うと思います...」
「ほう?」
眉を顰めるディエール。
どこか苛立ちがこもった目で、鋭くダリアを睨んだ。
「ただ突き進むだけじゃなくて、一度立ち止まって物事を考えようかなって」
...だって。
脳裏に、あの光景がよみがえる。
すべては、一度俯瞰して物事を考えなかったから起こった悲劇—―。
「...もう、間違えるわけにはいかないから」
「......」
フン。と鼻を鳴らす。
嘲る様に口角を上げ、ダリアを心から笑った。
小さな声で、まるで心の声を漏らすように言った。
「それができれば...もうとっくに終わってるんだよ」
「...?」
瞬間、視界がぐにゃりと曲がる。
――胃が浮くような感覚。
転移魔法が発動し証だ。
!
視界が徐々に明けていく。
光...そして、人。
定かになっていく輪郭。
完全に視界が戻ったダリアの横には、ディエール。
そして、ジーノルタスの軍勢がいた。
「...!」
目を見開き、構えをとる。
四方八方に囲まれ、ディエールと背中を預け合った。
軍勢の中から、一人の男が前に出る。
以前も転移魔法でダリアを陥れた男。
――ゾレシア・デリラートだ。
杖を空中に舞わせ、鼻歌を歌う。
「まーた会ったね。でも...」
杖をとる。
穏やかな目つきは一瞬にして凍り付き、ジトリとダリアを見据えていた。
「今回は、本気の殺し合いだ...それも、圧倒的な数の蹂躙という理不尽によるね」
にやりと口角を上げる。
血走った目。
醜悪さに満ちた顔に、冷たい汗がダリアの頬を伝った。
「諦めて早く死んだら?まあ、僕が簡単に死なせはしないけど」
背中からひしひしと感じる、死の気配。
冷たくなっていく手先が、ぶるぶると震えていた。
「以前はあの男がいたからうまくいったけど、次はどうかな!?」
一斉に、杖が構えられる。
魔力が集中する、この感覚。
むせた時のような不快感が、下から伝わってきた。
「先生...!」
「......」
ディエールは、何も言葉を発さなかった。
ただ、ゆっくりと前に出る。
コツンという音が響くと同時に、腕を水平に置いた。
にやりと笑みを浮かべる。
「...先に行け。ダリア」
「え...?」
短く、そして低くディエールは言う。
しかしその言葉は、冷たくはない。
覚悟を乗せた、そんな声だった。
「こいつらは俺が片付ける...。決着をつけるのは、お前だ」
「...でも!」
圧倒的理不尽。
理解しているからこそ、ダリアはディエールを止める。
「うるさい...これは俺の約束なんだ」
だから...。
振り返り、震えるダリアを見つめる。
フッ。と笑い、目を細めた。
「俺に約束を...守らせてくれ」
目は、ダリアを見てはいない。
ダリアを介して、近しいものの何かを見ているようだった。
「絶対に、生きてくださいね」
意を決して、ダリアは大きくジャンプする。
ズドンッ!
一人...また一人と、上から抜いていく。
一度のジャンプで、ディエールの視界にダリアは映らなくなった。
四方八方に囲まれた敵を前に、笑う。
「...なにがおかしい」
「なに...まさか」
ポキポキと拳を鳴らす。
「こんな程度で俺を止められると思っているのが、おかしくてな」
「そうか...じゃあ」
ゾレシアはニタリと笑う。
そして手を振り下ろし――
一斉放射した。
ズドンッ!
大きい爆破音が轟く。
土煙があたりを埋め尽くし、視界がはっきりとしない。
「少し...昔話をしようか」
どこかから、ディエールの声。
全員はあたりを見渡すが、影はどこにもない。
鈍い音だけが、あちらこちらで響いている。
声が、まるで呪いのようにへばりついていた。
「1000年前にいた時使いの勇者、エディタ・アドレ。彼は自身の愚かな行動によって、仲間を殺した」
煙が、徐々に晴れていく。
「彼は誓った――『もう止まらない』と。『彼が守っていたものを、永遠に守ろう』と」
視界が徐々に戻っていく。
ディエールの影が、徐々に鮮明になっていった。
近くには、倒れる部下の姿。
「そして...今が『約束を果たす時』だ」
ディエールの姿は、いつもと違っていた。
白銀に輝く鎧。背中に掲げる剣。
爽やかな顔は、いつにもなく険しい。
ゾレシアは腰を抜かし、口をパクパクと動かしている。
目の前には、組織の長が口にしていた『最強』。
やっと紡いだ一言は、驚愕の言葉であった。
「お前は...エディタ・アドレ......!?」
ふぅ。と息をつき、剣を取り出す。
キラリと光る聖剣を握り、構えた。
『俺の大切な...守りたかった家族を......お前が守ってくれ』
少年の言葉が脳裏をよぎる。
わずかに口角を上げ、目の前の敵を見据えた。
「見ていてくれ『ヘルト・メルデス』。これが...俺の罪滅ぼしだ」
瞬間――
音を置いて、ディエールは駆けた。
バタリ。
通り道にいた部下はドミノのように倒れていく。
傍観するゾレシアの背に、ゾクリと悪寒が走る。
それは間違いなく、『死』をもたらす災いそのものだった。
「今からやるのは『授業』なんてもんじゃねぇ...ただの『蹂躙』だ」
無邪気に笑う彼の姿は、勇者とは程遠い。
ただの惨殺者と、なんら変わりなかった。




