第22話 紛失物
薄暗い教室。
目の前には、封鎖魔法で閉ざされた扉。
冷たい空気が、ダリアの頬を突き刺す。
澄んだにおいが、鼻について鬱陶しかった。
「...」
床を、ただ一点に見つめる。
心のよどみが、無くなったように思えた。
キィッ。
ドアのきしむ音で、我に返る。
ダリアはゆっくりと、顔を上げた。
「よぉ、ずいぶんとやつれた顔だな」
静かに、ディエールは見下ろす。
片手にはナイフ。
ソレを手慣れたように弄び、尋ねた。
「俺が拷問官になった理由、わかるか?」
帰ってきたのは、静寂だった。
カラン。
ディエールはナイフを放り投げ、地面に落とした。
「俺は、お前が真犯人じゃないことを知っている」
...おかしいんだよ。
ディエールは、目を少し開けて言葉を紡ぐ。
「第二次試験から今まで、まだ日が浅い...ナイフを使ってこなかった男が、急に的確な急所を狙って刺す芸当。そんなものは不可能に近い」
ポンっ。と、ディエールは肩に手を置く。
久しぶりに感じた、人の温かさ。
それが、なぜか沁みた。
...だけど。
「僕が...殺したんですよ」
ズシリと、ダリアの背中が重くなる。
罪悪感。
救えなかった友、感情に任せて殺した仲間。
それらすべては、自己責任――自分が殺したのと同じ。
「...今から何人かの生徒を呼んでくる。今、お前がどうするべきかはあいつらの話を聞いた後にしろ」
目を伏せて、背中を見せる。
どこかさみしげな雰囲気を置いて、扉は閉まった。
!
最初に来たのは、アローネだった。
彼女はバツが悪そうにしながら、ダリアを見つめる。
その眼はどこか悲しげで、同時に憎しみも含んでいた。
「なんで、二人を殺したんだ?」
「......」
ダリアは目を伏せ、生気を失った顔で床を見る。
まともに顔など、ダリアが見れるわけもなかった。
彼女は眉を顰め、低く言う。
「私は、君を信頼してた...認めていた」
それなのに...。
強く歯ぎしりをする。
「殺した...君が殺したんだ。犯しちゃいけない...人としてやってはいけないことを、君はやってしまったんだぞ!」
うつむき、口をつぐむ。
真っ白になるほど手を握り、背を向けた。
ドアノブに手をかけ、去る際に振り向く。
「君には、失望したよ...」
ギィッ。
扉が完全に閉まる直前、ダリアは口を開けた。
「...ごめんなさい」
「っ...」
扉を勢いよく閉める。
「...何がごめんなさいだよ」
胸がだんだんと熱くなっていく。
行き場のない不快感が、全身を駆け巡っていた。
「せめて...否定してくれよ。これじゃあ...本当に君が殺したみたいじゃないか」
と。
!
扉から出てきたのは、ディエール。
バタンと乱暴に扉を閉めて、ダリアへ歩み寄る。
「どうだ?少しは楽になったか」
「......」
口は動かない。
だが、手はかすかに震えていた。
「先生......アルゼーヌとヘルメスは?」
「アルゼーヌはお前と一緒だ。部屋に閉じこもってるよ」
ヘルメスは...。
頭を軽く掻き、目を細めた。
「もう少ししたら来るはずなんだが...」
ディエールは息をつく。
重く、力の抜けたため息だった。
「...先生」
「なんだ?」
ダリアはうつろな目で見つめ、言った。
「僕を...ここから出してください」
震える声で出した言葉は、懇願だった。
ダリアは言葉を並べる。
「アローネ先輩にも言われたんです...僕は人としてやってはいけないことをしてしまったと。見殺しも、きっとソレに入る」
だから...。
引きつった笑顔を浮かべ、ディエールに言う。
懇願の言葉を。
「僕は、もう一度ダンジョンに入りたい...そして贖罪したい」
「......てめぇ」
ガシッ。
服が破けてしまいそうなほどの勢いで、ダリアの胸ぐらをつかむ。
今までのけだるげな表情はどこにもない。
そこには、般若の顔をした男が立っていた。
「ふざけるのもいい加減にしろ!」
「え...」
前後ろと強く揺さぶる。
脳の揺れに伴い、視界がぐにゃりと歪む。
ダリアは思わず、苦悶の表情を浮かべた。
「敵地に一人で行くってことは、自ら命を絶つと同じだ!お前にソレが許されると思っているのか!?」
歯ぎしりをする。
「ディエーゴは、あいつはなんのために死んだんだ!失ったものは、もう戻らない!どんな人間でも、変えられないものはある!」
鼻息を荒くしたディエール。
最後に、激しい剣幕で訴えた。
「あいつが遺したものは、なんだ!?」
ダリアを乱暴に投げる。
痛みが、いつもよりも鮮明に感じた。
「その独りよがりで馬鹿な頭を使って、もう一度考えてこい」
バタンッ。
強く、扉が閉まった。
静まり変える教室。
斜陽だけがダリアをほのかに照らし、温めていた。
『あいつが遺したものは、なんだ!?』
師匠の問い。
ダリアは、答えられなかった。
「...何が勇者だよ。何も守れなかったくせに」
過去の自分の願い。
ダリアは自分をひどく恨んだ。
ふと、手先を見る。
手が、ひどく震えていた。
!
しばらくが経って。
ダリアの元に、ヘルメスが尋ねてきた。
まっすぐとダリアを見つめる。
その目は、ぐったりとしたダリアをとらえていた。
「ダリア君、先生から聞いたよ」
「......」
すねた子供のように、ダリアは視線を逸らす。
「...先生にはわかってもらえなかったけど、君になら――」
ベチン。
ダリアは話している途中に、強烈な衝撃をほほから感じ取る。
頬を触る。
頬は赤く染まり、膨れていた。
「馬鹿ッ...!」
痛みの次は、やわらかい感触だった。
ヘルメスはダリアの胸に顔をうずめ、叫ぶ。
「ダリア君は、わかってない!苦しいから死ぬのは、ただの『逃げ』だよ!」
「...そんなことは」
「そうなんだよ!」
涙で服がぐっしょりと濡れ、不快感を覚える。
――はずなのに。
ダリアはどことなく、心の壁が崩れていくように感じた。
「死んだ友達のために、私たちはその子の分まで生きなきゃいけない!これは、残された人たちに課される義務で、私たちが送る『敬意』でもあるの!」
...だから。
顔を上げ、目じりにためた涙を一杯に流す。
「簡単に死ぬなんて...言わないで。一人で悩まないでよ...」
マリアには程遠い、弱くて優しい彼女。
だけど、真の女神のようにダリアは感じた。
「...私は、ダリア君に生きていてほしい――ほかの何よりも大切だから、ダリアには笑って、喜んでいてほしいの」
『あいつが遺したものは、なんだ!?』
師匠の問い。
――今、わかった。
(ディエーゴが遺したものは......)
フッ。
薄笑いがはみ出るように浮かぶ。
「なんだよ...」
目の前にいた彼女を、包み込むように抱きしめる。
頬から、冷たい感触が伝わってきた。
「これじゃあ...簡単に死ねないじゃないか」
誰もかもを救う勇者に、ダリアはなれなかった。
——しかし。
近くにいる人々ぐらいは、守れる。
ダリアは決心した。
大事なものを、もう二度と失わない
と。
悲しみの空気を漂わせた教室。
その外では、ディエールがその光景を優しく見守っていた。
「...お前は、立ち上がれたんだな」
友による救出。
自分とは違って恵まれた環境。
ディエールは唇を甘くかんでいた。




