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冥光輪廻 ― 二つの神に愛された魂 ―  作者: ミルハ


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4/21

闇に芽吹く想い

あの夜以来、イェンミンとジンランの関係は変わってしまった。

もう、ただの師弟ではいられなかった。


二人の間に生まれた感情は、理性で押し込められるようなものではなく、互いを強く求めるほどに熱を増していった。


昼間、師と弟子として向き合っているときでさえ、ふと目が合えばあの記憶が蘇る。

ほんの一瞬、指先が触れただけでも、胸の奥に衝動が走る。


誰にも見せることのできない感情を抱えながら、それでも二人は互いから離れることができなかった。


昼は他の弟子たちと同じように修行に励む。

術式を学び、薬草の扱いを覚え、魂視の鍛錬を重ねる。


けれど夜になると決まって、イェンミンはジンランを自分の部屋へ呼び出すのだった。


「…ジンラン。」

その声は、昼間の授業で弟子たちに向けるものとは、まるで違っていた。


厳しく、淡々としていた昼間の声とは違い、夜の彼の声には、どこか甘く、低く、耳元で囁かれているような響きがあった。


部屋に二人きりになった瞬間――


ふっと、空気が甘く変わる。

昼間の師弟としての緊張感とは違う、柔らかく抗いがたい静けさが二人の間に満ちていく。

誰にも告げられることのない、二人だけの時間が始まる。


一度交わった視線は、もう離れない。

言葉がなくとも、互いの心の内を探るように見つめ合う。

熱を帯びた視線、触れ合う指先、重なる呼吸。

理性を振り切り、二人は引き寄せられるように心も体も重ね合わせていく。


一歩退けば、終わらせることができるはずだった。

けれど、どちらもその一歩を踏み出そうとはしない。


触れることさえ許されないはずの距離が、いつしか二人にとっては、何よりも心を安らげる場所になっていた。


それは、誰にも知られてはならない秘密。

明るい場所へ持ち出すこともできず、それでも夜が訪れるたび、二人はその密やかな暗がりへ戻っていく。


まるで光の届かない場所でひっそりと燃え続ける、消えることのない炎のように。

その炎が自分たちをどこへ導いていくのか――

まだ、誰にも分からなかった。


――一方。


その変化に、最初に気づいた者がいた。

――ヤーシン。


イェンミンの一番弟子である彼女は、以前から師に特別な想いを抱いていた。

それは、尊敬だけではなかった。

長い年月をかけて師の傍に仕え、誰よりも彼の力を理解し、誰よりも優れた弟子になろうとしてきた。


いつか、自分だけが認められる日が来る。

そう信じていた。


けれど――

最近のイェンミンは、夜になると姿を消す。

そして、その行き先を辿れば、そこには決まってジンランがいた。


ある夜。

廊下の向こうに消えていくイェンミンの姿を見つめながら、ヤーシンは唇を噛んだ。


「…また、ジンランと一緒なのね。」


胸の奥に、冷たいものが広がっていく。


最初は、ただの特別な修行なのだと思っていた。

けれど、それにしては長すぎる。

しかも、朝になって戻ってきたジンランの表情には、以前にはなかった柔らかな笑みが浮かんでいる。


その様子を見るたびに、ヤーシンの胸はざわついた。


そしてある日。

とうとう我慢できなくなったヤーシンは、イェンミンに問いかけた。


「イェンミン様。」


「何だ。」


「…毎晩、ジンランと、どのような修行をしているのですか?」


イェンミンは手にしていた書物から視線を上げた。


「修行だ。」


「それは分かっています。」


ヤーシンは必死に平静を装った。


「ですが…私にも、その修行をしていただけませんか?」


ほんの一瞬。

イェンミンの瞳が細くなる。


「必要ない。」


「…なぜですか?」


「ジンランは伸びが早い。」

淡々とした答えだった。

「まだ未熟ではあるが、他の者にはない可能性を秘めている。」


その言葉に、ヤーシンの指先がわずかに震える。


「だから、皆より厳しい特訓をしている。」


「…私では、駄目なのですか?」

思わず漏れた声は、いつもの彼女らしくないほど弱かった。

けれど、イェンミンはその意味に気づかない。


「お前には耐えられない修行だ。」

それだけ言うと、イェンミンは再び書物へ視線を戻した。


ヤーシンは、しばらくその場から動けなかった。


――耐えられない。

その言葉が、胸の奥に突き刺さる。


自分は誰よりも長く修行してきた。

誰よりも努力してきた。

一番弟子として、誰よりも師の期待に応えてきたはずだった。


それなのに。

自分ではなく、あの村娘。

何の力も持っていなかったはずの、あの娘が――


「…ふん。」

やがて、ヤーシンは小さく鼻を鳴らした。


「そんなに大したことをしているわけでもないのに…」

その声には、隠しきれない苛立ちが滲んでいた。

「やっぱり、ただの村娘じゃない…」


それからだった。

ヤーシンのジンランに対する態度は、日を追うごとに、あからさまに冷たく、ひどいものになっていった。


修行中、ジンランの使っている道具をわざと遠くへ置く。

通りすがりに肩をぶつける。

必要以上に冷たい言葉を投げかける。

時には、彼女が集中しているところへわざと声をかけ、術を失敗させようとすることさえあった。


「ごめんなさい。そんなつもりじゃなかったの。」

そう言いながら、ヤーシンは薄く笑う。

けれど、その瞳は笑っていなかった。


ジンランは何も言い返さなかった。


悔しかった。

悲しかった。

何度も胸の奥が痛んだ。

それでも、言い争うことはしなかった。


ここには、自分より遥かに長く修行してきた者たちがいる。

その中で、自分だけが特別扱いされているように見えていることも、分かっていた。

だからこそ、余計な争いを起こしたくなかった。


――けれど。

そんなある日のこと。


またヤーシンから嫌味を言われたあと、ジンランは一人で廊下を歩いていた。

俯いたまま、胸の奥に込み上げる涙を必死に堪える。


「…どうして、こんなに苦しいんだろう。」

小さく呟いた。


以前なら、ただ悲しいだけだった。

けれど今は――

ふと、イェンミンの顔が浮かんだ。


夜ごと、自分を呼んでくれる。

自分の力を認めてくれる。

誰よりも近くで、自分を見てくれる。


その事実を思い出した瞬間。

胸の奥に、別の感情が生まれた。


「…私だけが」

ぽつりと、言葉が漏れる。

「私だけが…イェンミン様に求めてもらえているんだわ。」


その考えに気づいた瞬間、ジンランは自分自身に驚いた。


ヤーシンが苦しんでいることを知っている。

彼女がイェンミンを慕っていることも、ずっと前から分かっていた。


だから、本当なら――

申し訳なく思うべきなのかもしれない。


それなのに。

心の奥底では、ほんの少しだけ。

甘い優越感が生まれていた。


――私だけ。

その言葉が、頭から離れない。


自分だけが、イェンミンの特別な時間を知っている。

自分だけが、彼の言葉を間近で聞いている。

自分だけが――

彼の心に触れられる。


その感情は、最初はほんの小さなものだった。

けれど、一度芽生えたそれは、静かに根を張っていった。


やがて。

「認められたい」という純粋な願いは、「自分だけを見てほしい」という欲へと変わり始める。


そしてその欲は――

ジンランの心に、知らず知らずのうちに小さな影を落としていった。

それは、闇の力を学ぶ者なら誰もが一度は向き合う、自らの影だった。


けれどジンランは、まだ知らない。

闇とは、ただ恐ろしいものではない。

人の心にある孤独や欲望を、静かに映し出すものでもあることを。


そして今。

彼女自身の心の奥にもまた、ひとつの闇が生まれ始めていた。


ある日のことだった。

館に、一人の弟子が慌ただしく駆け込んできた。


「イェンミン様、ご報告がございます。」

その声に、広間にいた弟子たちが一斉に顔を上げる。


イェンミンは書物から目を離さず、淡々と答えた。

「何だ。」


「先日、ご依頼を受けた村についてですが…」

弟子は一瞬だけ言葉を詰まらせた。


そして、静かに告げる。

「依頼の村…完全に滅びました。」


その瞬間。

広間に、奇妙な沈黙が落ちた。


誰も驚かなかった。

誰も問い返さなかった。

まるで、それが当然の報告であるかのように。


ただ一人――

ジンランだけが、息を止めていた。


「…滅び、た…?」


小さく漏れた声に、隣にいた弟子がちらりと視線を向ける。

けれど、誰も何も言わない。


その村のことを、ジンランは知っていた。

山を越えた先にある、穏やかな村だった。

以前、薬草を求めて訪れた商人から聞いたことがある。

小さな村だが、畑が豊かで、人々は助け合って暮らしている。


春になれば村の入り口に花が咲き、子どもたちの笑い声が響く。

そんな、どこにでもある平和な村だった。


――それが。

今はもう、存在しない。


「…どうなったのですか?」

思わず尋ねる。


報告に来た弟子は、淡々と答えた。

「術は滞りなく成就しました。」


「…」


「村全体が呪に覆われ、建物も畑も焼け落ちました。生き残った者も…」

そこで言葉を止める。

けれど、それ以上を聞く必要はなかった。


ジンランの顔から、血の気が引いていく。


脳裏に、知らないはずの光景が浮かんだ。

炎。

黒く焼けた家々。

煙に覆われた空。

逃げ惑う人々。


そして――

誰にも届かなくなった、助けを求める声。


「…そんな…」

喉の奥から、かすかな声が漏れる。


それは、かつて自分が母を救うために山の中で口にした祈りとは、あまりにも正反対だった。


自分は、母を助けてほしいと願った。

そして、イェンミンはその願いを叶えてくれた。


だからこそ。

ジンランは、ずっと信じていた。

この人の闇は、恐ろしいものではあっても、誰かを救うこともできるのだと。


けれど――

今、目の前で告げられた事実が、その考えを打ち砕いていく。


人を救うことができる力。

その同じ力で、人を滅ぼすこともできる。


ジンランは、ゆっくりとイェンミンへ視線を向けた。

彼は何も言わなかった。


ただ、いつもと変わらない表情で、報告を聞いている。

まるで、村一つの命が消えたことなど、取るに足らない出来事であるかのように。


その横顔を見つめながら、ジンランの背筋を冷たいものが走った。


――私は。

――本当に、この人のもとに来てよかったのだろうか。


母を救ってくれた人。

自分の力を見つけてくれた人。

自分に新しい人生を与えてくれた人。

そのすべてが嘘だったわけではない。


それでも。


その優しさのすぐ隣に、これほど深い闇が存在している。

その事実が、今になって恐ろしく思えた。


「…怖いの?」

不意に、隣から声がした。


振り向く。

ヤーシンが、ジンランを見ていた。

その唇には、薄い笑みが浮かんでいる。


「そんな顔をして。」


「…」


「その程度のことで怯えているの?」


ヤーシンは、どこか楽しそうに続けた。

「やっぱり、あなたには無理なのよ。」


「…何が?」


「ここで生きることが。」


その言葉が、胸に刺さる。


「闇の力は、誰かを癒すためだけにあるんじゃない。」


ヤーシンの瞳が、冷たく細められた。


「奪うことも、壊すことも、呪うこともできる。それが闇よ。」


ジンランは何も答えられなかった。


ヤーシンはそんな彼女を見て、小さく笑う。


「それなのに、まだ怖がっている。」


「…私は…」

言葉が続かない。


自分には、この力は合わないのではないか。

人の魂に触れることはできても、人の命を奪うために力を使うことなど――

できるはずがない。

そう思った。


けれど。

それを認めてしまえば、ここにいる資格すら失ってしまう気がした。


せっかく見つけた、自分の居場所。

初めて、自分の可能性を認めてくれた人。


その人の弟子であるために、自分は何を受け入れなければならないのだろう。

胸の奥で、恐怖と葛藤がぶつかり合う。


その日の夜。


館に、再びイェンミンの声が響いた。

「ヤーシン。」


「はい。」


「来い。」


呼ばれたヤーシンは、迷いなく立ち上がった。

ジンランは、少し離れた場所からその様子を見ていた。


二人が向かったのは、館の外れにある呪術の間だった。


そこには古い祭壇があり、床には複雑な術式が刻まれている。

いくつもの黒い蝋燭が揺らめき、その炎が壁に奇妙な影を落としていた。


「今日は、お前が術を行え。」

イェンミンが告げる。


ヤーシンは一瞬だけ目を見開いた。

そして――

嬉しそうに微笑んだ。


「…私が?」


「そうだ。」


イェンミンは一つの術式を示した。


「これまで学んだことを使え。」


ヤーシンは深く息を吸った。

そして、躊躇うことなく術式の前に立つ。

指を組み、古い言葉を紡いでいく。

低い声が夜の静寂に響く。


やがて、彼女の足元に黒い光が集まり始めた。

それは次第に濃くなり、空気そのものを震わせていく。


ジンランは、思わず息を呑んだ。


「…やめて。」

自分でも気づかないうちに、声が漏れていた。


けれど、ヤーシンは止めない。

むしろ、その表情には恍惚とした色が浮かんでいた。

自分の中にある力が、誰かを圧倒している。


そして何より――

それを、イェンミンが見ている。


「…そう。」

イェンミンが低く呟く。

「そのまま続けろ。」


その声に導かれるように、ヤーシンは最後の言葉を紡いだ。


瞬間。

闇が弾けた。

術が成就する。


遠く離れた場所にいる標的の気配が、ふっと途絶えた。

静寂が戻る。


ヤーシンはゆっくりと息を吐いた。

そして、イェンミンを振り返る。

その瞳は、期待に満ちていた。


「…いかがでしたか?」


ほんのわずかな沈黙。

やがて、イェンミンが頷いた。


「よくやった。」


その一言。

それだけで――

ヤーシンの顔に、喜びが溢れた。


「…ありがとうございます。」

声が震えている。


けれど、それは恐怖ではなかった。

嬉しさだった。


師に認められた。

自分の力を認めてもらえた。

その喜びに、ヤーシンは酔いしれていた。


そんな彼女を見つめながら、ジンランは何も言えなかった。


同じ闇の力を前にしているのに。

自分とヤーシンでは、感じているものがまるで違う。


ヤーシンにとって闇は、恐れるものではない。

イェンミンに認めてもらうための力。

自分の価値を証明するための力。


けれど、ジンランにとっては――

人の命を奪う力でもあった。


それを理解した瞬間。

胸の奥に、初めて明確な恐怖が生まれた。


――私は、この世界で生きていけるのだろうか。

――私は、この人の弟子でいていいのだろうか。


そして何より。

――私が愛したこの人は、本当はどんな存在なのだろう。


イェンミンは、そんなジンランの視線に気づいていた。

けれど、何も言わなかった。


ただ、深い青い瞳で彼女を見つめるだけだった。

その瞳の奥にあるものを、ジンランにはまだ読み取れない。


優しさなのか。

冷たさなのか。


それとも――

人の世とはあまりにも遠く離れた、神としての孤独なのか。


その日。


ジンランは初めて知った。

自分が踏み入れた世界は、思っていたよりも遥かに深く――

そして、イェンミンという男の闇は、自分が想像していたものよりもずっと深いのだということを。


それから――

館の中が静寂に包まれた頃。


ジンランは、一人で修行部屋に残っていた。


先ほど見た光景が、何度も脳裏に蘇る。

黒い光。

途絶えた気配。

そして、ヤーシンの恍惚とした表情。


胸の奥が、きゅっと締めつけられる。


闇の力は、人を救うこともできる。

けれど同時に――人の命を奪うこともできる。


その事実を知ってしまった今、以前と同じ気持ちでこの場所にいることはできなかった。


何よりも恐ろしかったのは。

その力を使ったのが、他でもないイェンミンだったということだった。


母を救ってくれた人。

自分の才能を見つけてくれた人。

誰にも見てもらえなかった自分を、初めて必要としてくれた人。


その人が――

人の命を奪うほどの力を持っている。


頭では分かっていたはずなのに。

実際に目の当たりにすると、心は簡単には受け止められなかった。


「…イェンミン様。」

誰もいない部屋で、名前を呼ぶ。


返事はない。

それでも、なぜかその名を口にせずにはいられなかった。


恐ろしい。

けれど――離れたくない。

矛盾した感情が、胸の中で絡まり合う。


そのとき。

背後で、扉が静かに開いた。

ジンランが振り返る。


そこに立っていたのは、イェンミンだった。


「…まだここにいたのか。」


「はい…」

声がわずかに震えた。


イェンミンは、すぐにその変化に気づいた。


「どうした。」


ジンランは答えられなかった。


先ほど見たものを思い出すと、胸が苦しくなる。


けれど、目の前にいる彼を見れば――

もっと近くにいてほしいと思ってしまう。

その矛盾が、自分でも理解できなかった。


しばらくの沈黙のあと。

イェンミンは、ゆっくりと彼女の前まで歩み寄った。

そして、震えるジンランの手をそっと取る。


「…まだ、怖いか。」


ジンランの指先が小さく震えた。


「…少し。」

正直に答える。


イェンミンは何も言わなかった。

責めることも、怒ることもない。

ただ、その手を離さなかった。


「私の力は、人を救うこともできる。」

低く、静かな声だった。

「だが、同じように…奪うこともできる。」


ジンランは黙って彼を見つめる。


「それを知って、なお私の傍にいるのか?」


問いかけられ、ジンランはすぐには答えられなかった。


怖い。

本当は、怖かった。

それでも――


「…はい。」

震える声で、そう答えた。


「私は…イェンミン様から離れたくありません。」


その言葉に、イェンミンの瞳がわずかに揺れた。


彼は何も言わず、ジンランの頬へそっと手を置く。

その手の温もりに触れた瞬間、張り詰めていた心が少しずつほどけていく。


「ならば、覚えておけ。」

イェンミンの声が、静かに響く。

「私の力を恐れてもいい。」


そして――

「私は、お前を手放さない。」


その言葉に、ジンランの胸が大きく鳴った。


それは優しい言葉にも聞こえた。

けれど同時に。

どこか逃げ道を塞ぐような、強い響きもあった。


ジンランは、その意味を深く考えないようにした。

ただ、目の前のイェンミンを見つめる。

恐怖の奥にある、どうしようもない愛情。


離れたいのに、離れられない。

怖いのに、その腕の中にいると安心してしまう。

そんな相反する感情が、彼女の心を静かに満たしていった。


イェンミンもまた、彼女を見つめていた。


かつては誰にも心を許さず、ただ闇の中に身を置いていた。

人の声など、風の音と変わらないと思っていた。


それなのに――

今は、一人の娘の震える指先ひとつが気になって仕方がない。


彼女の恐怖も。

悲しみも。

喜びも。

そのすべてを、自分だけは知っていたいと思ってしまう。


それが愛なのか。

それとも、長い孤独の果てに生まれた執着なのか。

イェンミン自身にも、まだ分からなかった。


ただ一つ確かなのは――

二人の間に生まれた絆が、もう以前の師弟関係には戻れないほど深くなっていたことだった。


闇を恐れながら。

それでも、その闇に惹かれていく。


愛しているからこそ、離れられない。

離れられないからこそ、その愛がいつしか自分自身を縛るものになっていく。


――愛か、呪縛か。

その境界は、二人が夜を重ねるたびに、少しずつ曖昧になっていった。

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