第8話「狂戦士大量転生事件・2」
「来たな。こっちだ。かかってきな」
クロエが声の方を見ると、ギルとバネッサが、元の場所に立っていた。
ギルは黒色の籠手。
バネッサは、相変わらずサバイバルナイフだけ。
囮になるつもりなのだろう。
だが、二人だけで大丈夫なのか。
兜をかぶった大男が、ギルに大きな刀を叩き込む。
ギルは、それを正面から籠手で受けた。
ギン、と鋭い音。
火花が散る。
その隙にバネッサが、兜の男の両足の間をすり抜け、内腿を切り裂いた。
一瞬、足元に気を取られた男の顎を、ギルが砕く。
バネッサの背後から、長髪の大男が迫った。
大きな槌を、バネッサの頭に向かって振り下ろす。
クロエは恐怖で全身を固くしながら、見ていることしかできなかった。
バネッサは、するりと槌を避ける。
そのまま低い体勢から、鋭いローキックを放った。
一瞬、姿勢を崩す長髪男。
男は槌を振り回すが、バネッサには当たらない。
バネッサが、男の顔面に土を投げつけた。
目つぶしか。
咄嗟に手で避けたようだが、その挑発で頭に血が上ったのか、男は大声で叫びながらバネッサを追った。
しかし、その横からギルが飛び込む。
男のこめかみに、鮮やかな拳を叩き込んだ。
長髪男が昏倒する。
「全員、トラック方面に向けて急げ!」
ギルが、間髪を入れずに指示を出した。
凄かった。
あれが、オールド・ルーキーと腹ペコ猫か。
◆ ◆ ◆
その後の調査で、集団は「狂戦士」の類であると分かった。
統率が取れているように見えたが、実際には全員がライバルだった。
戦闘力が一番高い戦士が頭目になるという、単純なルールで動く集団だったのだ。
転生時の混乱で、一時休戦の形を取ってはいた。
だが、もともと横の連携力は低い。
これが、ギルたちが生き残れた理由だった。
◆ ◆ ◆
木の陰から、大男が飛び出してくる。
大きな体躯からは想像できない、異様な足の速さだった。
ギルとバネッサは、豪快に、そして冷静に、相手を無力化していった。
残りの班員たちも、四人がかりで一人を倒す程度には対抗した。
焚火の方から、戦闘音が聞こえる。
別で捜索活動をしていた戦闘班の応援が到着したようだ。
助かった……のか。
クロエは安堵した。
焚火の方から、こちらに向かってくる人影はない。
目の前の残り三人を倒せば、生き残れる。
月が出ていたので、視界が良いのも幸いだった。
このままなら、何とかなるかもしれない。
クロエの剣を握る手に、力が戻った。
しかし、安堵した途端だった。
二人の男が、クロエに向かってきた。
クロエは、恐怖で硬直してしまう。
ギルが素早くクロエと二人の男の間に割り込み、大刀を籠手で受けた。
だが、もう一人が大きな槌を振り上げている。
ギルの頭部を、叩き割るつもりだ。
「ギルさん!」
バネッサの叫び声が聞こえた。
次の瞬間。
クロエは、生涯忘れられない光景を見る。
ギルの足元にいたバネッサが、ギルの肩を蹴って大きく跳躍した。
月の光の中。
空中のバネッサの右腕から、光がほとばしる。
槍?
青白く光る槍が、空中に出現した。
二人の大男は、一瞬、虚を突かれる。
そのままの勢いで、バネッサは槍の石突を片方の男のこめかみに叩き込んだ。
着地と同時に、もう片方の男へローキック。
そこへ、ギルの拳が顎に叩き込まれる。
二人の大男は、ほぼ同時に倒れた。
クロエは、目の前の出来事が夢ではないかと思った。
「なんだよ、バネッサ。俺がやられるとでも思ったか」
「ギルさんが大雑把だから、お手伝いしただけです」
クロエは、一部始終を見ていた。
それでも、その光景が現実とは思えなかった。
あの光る槍は、何だったのだろう。
もう、バネッサの手にはない。
ギルとバネッサは軽口を叩きながら、大男たちを拘束している。
クロエは慌てて、他の大男を縛る手伝いをした。
焚火側の制圧も、無事に終わったようだ。
清掃作業は、他の地域を捜索していた戦闘班が、代わりに担当してくれることになった。
商館へ戻るトラックの中。
ギルとバネッサは、互いに寄りかかって眠っていた。
ギルは目の周りに大きな痣。
バネッサは全身土まみれ。
この二人に、全員が救われたのだ。
清掃班の採取師たちは、終始無言だった。
戦闘の疲れもあった。
だが、それ以上に、ギルとバネッサの戦闘に圧倒されて、言葉が出なかったのだろう。
クロエは、ぼんやりと思った。
あんなものを見せられたら。
あれが採取師の到達点であるのなら。
自分は、この先も続けられる気がしない。
やはり、自分は商人を目指そう。
ただ、あの光る槍の印象だけは強く。
そして長く、クロエの記憶に刻まれた。
◆ ◆ ◆
クロエは採取師見習いを辞め、自分が所属していた商会に、商人見習いとして入った。
その後、メキメキと頭角を現す。
時間は掛かったが、自分の商会を立ち上げ、最終的には東北商人グループの総帥にまでなる。
それは、クロエという男の鮮やかな成り上がりの始まりだった。
事件のあと、ギルとバネッサに会う機会はなかった。
ただ、二人の噂だけは、ときおり耳にした。
どこかの山で無茶をした。
誰かを助けた。
とんでもない量の鉱石を掘った。
その数年後、ギルが亡くなったと聞いた。
クロエは俄には信じられなかった。
あの頑丈そうな大男が。
そう思った。
そして、あの男の隣に寄り添っていた久遠の少女は、さぞ悲しんでいるだろうと、遠くの空を見た。
◆ ◆ ◆
数十年後。
六十歳になったクロエは、バネッサと再会した。
彼女は、クロエのことを覚えていないようだった。
当然だ。
四十年以上前、森で硬直していた採取師見習いの少年など、記憶に残るはずもない。
しかし、再会後に依頼した仕事の最中、クロエはバネッサの脆さを知る。
久遠。
老いを知らないバネッサは、長い年月を過ごしている。
人によっては、それを羨ましく思うだろう。
しかし彼女は、数えきれない別れを経験し、その痛みにすら慣れてしまっていた。
心が、時代の変化に追従していない。
価値観もだ。
そのズレに気づくたび、彼女はまた傷つく。
そして、それに慣れようともがいていた。
時代の濁流に取り残された彼女が浮かべる、諦念の混じった微かな微笑。
それはクロエの心に、古傷をなぞるような痛みを残した。




