第5話「狂戦士大量転生事件・1」
クロエ、十五歳。
採取師見習いとして、修行に明け暮れる毎日だった。
師匠からは、石を見る目があると褒められていた。
だが、戦闘方面の成績は平凡だった。
当時、東北の採取師の活動は、分業化が進みつつあった。
師匠からは「お前は採掘特化が向いている」と言われていたが、クロエ自身は、自分の才能に疑いを持っていた。
クロエが所属していた商会は、東北商人グループに属する、比較的規模の大きな商会だった。
採掘してきた鉱物を納品するたび、「丁稚」と呼ばれる商人見習いたちの、どこか卑屈な態度や、気配りの足りなさが目についた。
俺なら、もっと上手くやれるのに。
そんなふうに感じることが、何度もあった。
クロエは、内心では商人になりたいと思っていた。
だが、東北地方は商人同士の競争相手が多すぎる。
自分の将来像が見えず、悩んでいる少年。
それが、当時のクロエだった。
◆ ◆ ◆
そんなある日、事件が起こる。
後に「狂戦士大量転生事件」と呼ばれる、歴史的事件である。
クロエが所属する商会に、複数の観測士や採取師から、「大量の転生者」を発見したとの報告が入った。
しかも、凶暴で意思疎通が難しい、戦闘職の集団らしい。
商会は事態に対応するため、複数の対策班を編成した。
別件でこの地方に来ていたギルとバネッサも、助っ人として参加することになった。
「オールド・ルーキー」の商人、ギル。
「腹ペコ猫」のエース採取師、バネッサ。
新米のクロエですら、噂を耳にしていた二人組だ。
ギルは、白髪が少し混じっているものの、筋肉の塊のような大柄な身体は若々しい。
豪放そうな男だが、大きな声は朗らかだった。
元々は採取師のエースであり、商人に転職して大成功した人物だという。
その横に立つバネッサは、金髪に緑の瞳を持つ少女だった。
とても伝説の一人には見えない。
だが、久遠であると聞いている。
見た目より、はるかに多くの経験を積んでいるのだろう。
装備は、サバイバルナイフだけだろうか。
周囲の騒ぎを、どこか人ごとのように眺めながら、ぼんやりとよそ見をしていた。
◆ ◆ ◆
昨晩、商圏の東側にある、一般人――非転生者の集落が襲われた。
近くにいた採取師チームが現場を確認したところ、小さな集落の住人九名が殺されていた。
残された足跡などから、二十名近くの転生者による犯行と思われる。
集団は食料や酒などを強奪した後、山に戻っていったようだ。
警察に連絡は入っていない。
ほぼ一息に、全滅させられたのだろう。
山で集団を捜索する戦闘班が三班。
そして、被害集落に残る「転生者の痕跡」を消す清掃班。
各班は、すぐに出発することになった。
見習いのクロエは、清掃班の中にいた。
移動中のトラックの中で、助っ人として同行しているギルとバネッサは、二人とも無表情だった。
クロエは、荒事が苦手だ。
格闘術の成績は平凡。
それだけなら、まだいい。
問題は、血を見ると心が怯んでしまうことだった。
仲間から陰で「腰抜け」「頭でっかち」と呼ばれているのも知っている。
戦闘班に入らずに済んだことには、ほっとしていた。
だが、清掃班の作業のことを考えると、気分は重い。
なぜ自分たちの商圏で、こんな大事件が起きたのか。
クロエは、自分の運の悪さを呪った。
血の清掃も、やらされるのだろう。
そう思うと、気が滅入った。
山道の入り口で、トラックが止まった。
ここから森を横断し、襲撃事件があった集落へ向かう。
ギルの指示で、バネッサは前衛に加わっていた。
森の中、班は速足で進んでいく。
クロエは、なんとかそれについていった。
いつもの倍はある移動速度。
慣れない速足に、下半身の筋肉が悲鳴をあげる。
木々の間から、月の光が漏れていた。
汗のにおい。
全員の、静かな足音。
森の起伏を越え、大きな川の川岸が木々の間から見え始めた頃。
前衛の採取師とバネッサが、同時に足を止めた。
――止まれ。身を低く。
バネッサが、ハンドサインで背後に伝える。
全員が即座に腰をかがめた。
静寂。
なんだ?
クロエも慌てて身を低くする。
――進行方向の右。川の手前。焚火。距離、三百メートル。
状況を簡潔に伝えるバネッサ。
全員に緊張が走った。
清掃班は、その性質上、戦闘力が他の班に比べて低い。
ギルが班長に、バネッサを斥候に向かわせることを提案した。
小柄なバネッサは、この班の中で一番隠密性が高い。
バネッサは、森の中へ静かに消えていった。
◆ ◆ ◆
ほどなくして、バネッサが戻ってきた。
班長が開いた地図を指さしながら、小声で報告する。
身なりと言葉から、転生者で間違いない。
十四名を確認。
全員、パワータイプの戦闘職。
大型の剣や槌で武装。
焚火を囲んで食事をしていた。
会話は少なく、統制が取れているように見える。
こちらの戦力では、まず勝ち目がない。
「十四名か。これは本命かな」
ギルが、ぼやくように班長へささやく。
「報告では二十名とありましたが、誤差の範囲ですかね」
「いや。周囲警戒に回っている可能性の方が高い」
「確かに」
「となると、ここは危険だ。一旦、トラックの付近まで下がろう」
ギルの提案で、全員が来た道を戻ることになった。
その時だった。
「ギルさん。武装した二人の人間が近づいてきます」
センサーを片手に、バネッサがささやく。
「まじかよ」
二人の声は、妙に平静だった。
その何でもないような口調に、クロエは少しだけ安心感を取り戻す。
だが、次の瞬間。
「ギルさん、相手が速い。トラックの方向から来ます」
「まずい。全員、茂みに隠れろ!」
クロエは、隣の茂みに飛び込んだ。
その視界の端に、上半身裸の大男二人が、こちらへ向かって走ってくるのが見えた。
速い。
クロエは生まれて初めて、死が近づいてくる予感を覚えた。




