第11話「夏の日・3」
翌日もターゲットの家を監視するが、午前中の結果は昨日と同じだった。
恐らく、午前中は勉強、午後は遊ぶという生活の指導をされているのだろう。
センサーの反応にも、相変わらず不審な点は見られない。
バネッサはコンビニのおにぎりを食べながら、二日もご馳走が続いたので、晩御飯はおうどんとか食べたいな、とぼんやり思っていた。
「あ、今日は早いですね」
双眼鏡を覗いていたアキラが、小さく声を上げる。
ターゲットの少年が、虫取り網を担いで家を飛び出したようだ。
今日は昆虫採集か。
単独行動だったらチャンスだ。
バネッサとアキラが乗る軽自動車は、軽くタイヤを鳴らして出発した。
バネッサは、薄い緑のワンピースを着ている。
昨日着ていたものは、ランドリーサービスに出した。
「バネッサさんは、その色が好きなんですね」
「え、うん。好きなんですよ」
数十年前。
日本語を教えてくれた美也子先生が、
「バネッサちゃんは、この色がとても良く合っています」
と言ってくれた。
だから、外出着はこの色が多い。
自分ではよく分からない。
けれど、美也子先生が褒めてくれたので、間違いないのだ。
◆ ◆ ◆
カブトムシは、夜のうちに木の幹に蜜などを塗っておき、早朝、その蜜に集まったところを捕まえる方が良い。
そんな話を、聞いたことがあるような気がする。
岩陰から監視をしながら、バネッサは思う。
少年には、そんなセオリーは関係ないのだろう。
木々の中を走り回っている少年の純粋さが、まぶしい。
バネッサは、昨日と同じ大石に座った。
ちょうど大きな木が、日差しを遮ってくれている。
川の上を流れる風が気持ち良い。
認識阻害装置を起動する。
のんびり待とう。
木の枝が流れてきた。
何となく拾い上げる。
夏の色をした葉っぱが、数枚付いていた。
阻害装置の起動中は、センサーの精度が落ちる。
たまにターゲットの姿が見えなくなるが、アキラも監視しているはずだ。
大きな問題にはならないだろう。
しばらく、ぼんやりしていた。
採取師の任務で、何時間も監視をしていたことはある。
ただ、今回はターゲットが子供ということで、ほんの少し気が緩んでいた。
手元の枝についている葉っぱを、一枚ちぎる。
テレビで、葉っぱを楽器にしていた場面を見たことがある。
真似して唇にあて、息を吹いてみる。
音が鳴る様子はない。
んん?
どうして?
葉の位置や息の吹き加減を変えてみても、変わらず「シュー」とか「ブー」とかしか音が出ない。
「草笛、ぜんぜんピーピーならないんですけど!」
思わず、声に出してしまった。
「ぷっ」
吹き出したような声がした。
川沿いの小道を振り返ると、ターゲットの少年が、こちらを見て笑っていた。
少年は、いつの間にか小道のすぐ近くまで来ていた。
大失態だ。
草笛に集中して、無駄な音を発してしまった。
少年はニヤニヤとこちらを見ている。
だが、阻害装置を見破っているのか、声に反応しただけなのか、判断がつかない。
バネッサは、ハッと気づいた。
阻害装置を停止。
即座に再起動。
その間のターゲットの様子を見る。
通常の人間ならば、目の前でバネッサが消えたように認識するはずだ。
しかし、ターゲットの様子に変化はない。
これは。
バネッサは、試しに笑いかけてみた。
ターゲットは、慌てて視線をそらした。
「草笛って難しいんだぜ。知らないの?」
ターゲットがぼそりと言い、そのまま走り去っていった。
確かに。
阻害装置の影響を受けていない。
どう見ても、そこにいる人間に向けた反応だった。
認識の揺らぎも、違和感もない。
◆ ◆ ◆
アキラと合流し、少年を追いかける。
すぐ近くの公園に、彼の姿を見つけた。
友達に、採取したセミを見せている。
残念ながら、カブトムシは捕まえられなかったようだ。
双眼鏡でその様子を見ながら、アキラが言った。
「しかし、川では大胆な行動でしたね」
「いや、あの、油断しちゃって。草笛とか、あの」
「いえいえ、責めてませんよ、バネッサさん」
「なんか……すいません」
アキラの観測位置からは、川辺の一部始終がよく見えていたらしい。
「私も監視していました。阻害装置の再起動時、ターゲットには全く反応がありませんでした」
「私も同じ観測結果です。目の前で見ました」
バネッサが微笑みかけた際、ターゲットは明らかに視線をそらした。
「阻害装置の影響を受けない可能性は、すこぶる高まりましたね」
「バネッサさん。明日以降はどうしますか」
「センサーの反応は、引き続き様子を見ましょう。阻害装置の件も、条件を変えて何度か確認したいです」




