表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
傭兵隊長クセノフォン  作者: 世間の果て
第十五章:ソクラテスのいない空
PR
79/82

陳列された市民たち

 広場(アゴラ)の広大な石畳。

 白茶けた光が上空から容赦なく叩きつけられ、足元の石をフライパンの底の温度にまで引き上げている。すり減ったサンダルの薄い革底を貫通し、足の裏の角質層を直接チリチリと焼く熱。足裏の汗が石に触れて一瞬で気化する不快な微振動。


 広場(アゴラ)の中央に、異様な金属の山が築かれている。

 かつて重装歩兵が左腕に固定していた青銅の丸盾の束。何百、何千という円盤が無造作に積み上げられている。太陽光が青銅の表面を反射し、網膜の奥に鋭い痛みを突き刺す。ただの分厚い金属の皿の集積。表面にこびりついた古い羊脂が熱で溶け出し、空気中にどろりとした酸化臭を撒き散らしている。

 盾の裏側にある腕を通す革帯。手汗と泥で黒光りして硬化している。かつて市民の誇りと呼ばれ、祖父から父へ、父から子へと受け継がれた神聖な防具。マラトンの土を吸った手垢。今はただ、グラム単位で計り売りされるスクラップの山だ。一番上に乗った盾の縁に、茶色く干からびた犬の糞がこびりついている。糞の表面に一匹の銀蝿がとまり、前脚を忙しなくこすり合わせている。


「見ろよ」


 欠けっ歯の男が顎をしゃくった。トラペズスからずっと横を歩いている生き残りの傭兵。男の欠けた前歯の隙間から、黄色い唾液が糸を引いて垂れ下がり、顎の無精髭に絡みつく。


「ペルシャを追い返した英雄の孫たちが、ペルシャの銀貨をもらうために四つん這いになっている」


 青銅の山の脇。長い列がアゴラの端まで伸びている。

 並んでいるのは、アテネの市民たちだ。かつてこの場所でペリクレスの演説に熱狂し、民主政の投票権を誇っていた男たち。彼らの背中はひどく丸まり、肩甲骨が薄汚れたチュニックの裏から鋭角に突き出している。栄養失調で皮膚が骨に張り付いている。列の先頭に立つ男の、ひび割れたかかと。ひび割れの奥に黒い泥が詰まり、そこから黄色い体液がわずかに滲み出ている。男は右足に体重をかけるたび、痛みを逃がすために不格好に膝を曲げる。


 列の行き着く先。

 日除けの天幕の下で、ペルシャの徴募係が胡座をかいている。過剰な香料の匂いが風に乗って鼻腔を刺す。役人のふくよかな指先が、蜜蝋を塗った木の板を尖筆で乱暴に引っ掻く。


 カリッ。ザリッ。


 乾いた摩擦音。

 男たちの名前が、アテネの戸籍から抹消され、巨大な暴力装置の在庫番号として上書きされていく音。カリッ。三十代の男。ザリッ。十七の若者。カリッ。蜜蝋の削りカスが、役人の膝の上にパラパラと落ちる。黄色く丸まったカス。耳糞に似ている。思ったが、すぐに忘れた。


「俺たちも同じだ」


 クセノフォンの声帯が、ひどく冷たい排気音を押し出した。


「彼らはただ、俺たちより数年遅れて自分たちの肉に値段をつけただけだ」


 欠けっ歯の男が短く鼻を鳴らす。

 役人の手元で、硬貨の詰まった革袋が持ち上げられる。チャリ。

 分厚い銀貨同士がぶつかり合う鈍い摩擦音。その音が広場に響いた瞬間、列に並ぶ数百人の男たちの喉仏が、一斉にごくりと上下した。猛烈な嚥下音の連鎖。空っぽの胃袋が銀貨の音に反応して一斉に痙攣し、酸っぱい胃液を食道に逆流させる。条件反射。パブロフの犬。


 国家という概念の完全な蒸発。

 ここにあるのは、カロリーの欠乏と、それを補填するための金属の円盤の等価交換だけだ。血統。教養。市民権。すべては胃壁を収縮させる空腹感の前に無効化された。ペルシャの太守が提示する一ドラクマの銀貨。それが、アテネの男たちの肉体と魂をパッケージごと買い叩く絶対的な価格。

 かつてクセノフォン自身がサルディスの野営地で経験した儀式。掌に落とされた銀貨の冷たさが、体温を奪って生ぬるく発酵していくあの吐き気。今、目の前で数百人の市民が同じ吐き気を飲み込みながら、自らを進んで陳列棚に並べている。


 右隣で、列を離れたばかりの若い市民が座り込んでいる。

 男の掌には、たった今手に入れた三枚の銀貨。男はそれを親指の腹で狂ったようにこすり続けている。銀の表面にこびりついた汚れを落とそうとしているのか。それとも、金属の硬さを通じて自分がまだ生きていることを確認しているのか。親指の爪の横のささくれが裂け、微かな血が銀貨の縁に付着する。男の目は焦点が合っていない。焦点の合わない濁った眼球の奥で、すでにトラキアの村を焼き討ちする火柱が燃え始めている。


 無償の愛国的献身。

 ただの幻覚だ。最初からそんなものは存在しなかった。腹の膨れた貴族たちの知的遊戯。腹が減れば、全員が刃物を持って隣人の喉を裂きに行く。

 彼らは戦場に向かうんじゃない。食うためにのた打ち回るための、巨大な屠殺場へ自ら足を踏み入れている。

 社会の骨格は完全にへし折れ、その髄液までが貨幣という酸で溶かされた。残ったのは、明日の朝飯のために自分の肉を削って売る哀しい機械の群れだけだ。


 チャリ…。

 また硬貨が鳴る。

 クセノフォンは足元の石畳に落ちていた青銅の盾の破片を、無意識にサンダルで蹴り飛ばした。破片が石畳の上を滑り、乾いた金属音を立てて溝に落ちる。

 太陽の光はますます白さを増し、アテネの乾いた空気を病的に焼き焦がしていく。一万の怪物に引き裂かれた世界は、今度は自らの内臓を食い破るための果てしないループ運動を開始していた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ