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傭兵隊長クセノフォン  作者: 世間の果て
第十四章:世間の果て
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同胞喰らいの胃袋

 トラペズスから数日歩いた先の荒野。

 空腹の臨界点が、都市から離れた最初のギリシャ人村落で弾けた。


 太陽が真上から照りつける。乾燥した土のひび割れが、村の境界を示す石垣まで続いている。麦畑はすでに刈り取られた後だったが、石積みの倉には冬を越すための蓄えがあるはずだった。


「豚だ」


 誰かのくぐもった声。その一言が起爆剤になる。

 一万の胃袋が、同時に収縮し、発作的な飢餓のパルスを脳髄に叩き込む。整然とした行軍の列は、一瞬にして形を失う。前衛のトラキア人たちが、武器を握り直すことすら忘れ、よだれを垂らしながら村の柵へ突進する。


「やめろ! 俺たちはギリシャ人だ!」


 村の男が、粗末な農具を構えて叫ぶ。アテネ訛りではないが、間違いなく同胞の言葉。だが、その音声は傭兵たちの鼓膜で完全に別の信号に変換されている。

『カロリーの存在証明』。

 それだけだ。


 先頭を走っていた兵士が、農夫の胸倉を掴む。ためらいは一切ない。槍の石突きが弧を描き、農夫の頭蓋骨を側面から強打する。

 グチャ。

 熟れた果実を無造作に叩き潰したような、水っぽい破裂音。農夫の頭が不自然な角度に折れ曲がり、口から歯と血の泡が飛び散る。膝から崩れ落ちる肉の塊。それをまたぐことすらせず、兵士は倒れた農夫の顔面をサンダルの底で踏みつけ、そのまま豚小屋へと向かう。


 豚の悲鳴。甲高く、空気を引き裂くようなキーキーという絶叫。

 数人の男たちが小屋に群がり、素手で豚を引っ張り出す。青銅の短剣が、豚の腹を無造作に切り裂く。


 ブワッ。

 強烈なアンモニア臭と、獣脂の匂いが混ざった生温かい内臓の熱気が顔面に噴き出す。ピンク色の腸が、泥まみれの地面にドクドクとこぼれ落ちる。


「どけ! 俺の分だ!」


 男たちは豚がまだピクピクと痙攣しているのも構わず、手掴みで肉をむしり取りにかかる。指先が内臓の粘液でぬるぬると滑る。青いハエが瞬く間に群がり、男たちの目や鼻にたかるが、誰も払いのけようとしない。


 村の女たちが悲鳴を上げ、子供を抱えて逃げ惑う。だが、追う者はいない。彼女たちは「食用」ではないからだ。傭兵たちの眼球は、完全に血走り、豚の脂肪と倉の麦袋だけに焦点が合っている。


 クセノフォンは、少し離れた小高い丘からその光景を見下ろしていた。

 隣で、副官が豚の腿肉の塊を焚き火に放り込む。まだ毛が残っている。炎が脂を溶かし、黒焦げの匂いが立ち昇る。


「おい、こいつらギリシャ人だぞ。言葉が通じる」

 副官が、火かき棒で肉を転がしながらニヤリと笑う。歯の隙間に、昨日の干し肉の繊維が挟まっている。


「通じるさ。『命だけは助けてくれ』ってな」

 副官は、半焼けの肉を棒の先からむしり取る。火傷しそうなほどの熱さを無視して、喉の奥にねじ込む。脂の粘り気が唇をテカテカに光らせる。


「ペルシャ人の悲鳴より意味がわかる分、飯がうまい」


 愛国心。同胞愛。ヘラスの連帯。

 胃酸の海に投げ込まれたそれらの概念は、シュワシュワと音を立てて溶け去った。

 空腹を満たすためなら、言語や文化の共有など、肉の臭みを消すための安い香辛料に過ぎない。バビロンの泥の中で死体を食い漁ったときから、彼らの内臓は完全に作り替えられている。


 自分たちと同じ言葉を喋る人間から奪い、殺す。

 それはペルシャ兵を殺すよりも、はるかに効率が良かった。相手の思考が読める。どこに食料を隠すか、どうやって命乞いをするか、そのパターンが手に取るようにわかるのだ。


 村のあちこちで、石倉がこじ開けられ、略奪の歓声が上がる。

 アテネの没落を予見させる光景。国家の防壁となるはずの暴力が、寄生虫として自らの社会の骨格を内側から食い破り始めている。彼らはもう、祖国を守る市民ではない。ギリシャという巨大な肉体を内側から腐らせる、貪欲な胃袋の群れだ。


 クセノフォンは、副官から差し出された豚肉の切れ端を受け取る。

 指先に伝わる、べっとりとした生温かい脂。

 彼は無表情のまま、それを口に運んだ。咀嚼する。豚の血と、微かな泥の味が舌の上で混ざり合う。

 飲み込む。胃が歓喜の痙攣を起こす。

 これで、明日も歩ける。

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