市場(アゴラ)の死骸換算
城外の荒れ地。雑草がまばらに生える乾いた土の上。そこに仮設された市場。都市の商人たちが荷車を並べ、武装した兵士たちの監視下で交易の場が開かれている。
トラペズスの商人たちは、布で口と鼻を覆っている。一万の腐臭を少しでも肺に入れないための防御膜。彼らの目が、値踏みするように傭兵たちの手元を追う。
アカイア人の兵士が、泥まみれの手を前に突き出す。握られているのは、黄金の腕輪。ペルシャ特有の緻密な細工が施された分厚い金属の輪。しかし、その細工の隙間には、酸化して真っ黒に変色した血の塊がびっしりとこびりついている。誰の血か。腕輪を切り取る際、持ち主の静脈から噴き出したものだ。
商人が手を伸ばし、指先で腕輪に触れる。その瞬間、商人の右目尻がピクリと引き攣る。微細な筋肉の痙攣。金属の冷たさではなく、へばりついた血肉の感触に対する生理的な拒絶反応。だが、目は黄金の純度を計算している。
「この腕輪で麦十袋だ」
アカイア人が枯れた声で凄む。唾液の飛沫が商人の顔に飛び、商人は反射的に顔を背ける。
「ペルシャの太守の首を切り落として取った値打ち物だぞ。俺の槍が奴の気管をぶち抜いたんだ。その価値がわからねえのか」
殺戮の武勇。命がけの労働。六千キロを持ちこたえた暴力的成果。
商人は鼻で笑う。口を覆う布の向こうで、冷徹な算盤が弾かれる音が響く。
「人殺しの手間賃は価格に乗らない」
商人は平坦な声で告げる。布のせいでくぐもった、ひどく無機質な響き。
「付加価値ゼロだ。ただの汚れた金属の塊。重さで量って、せいぜい麦二袋だ」
アカイア人の喉仏が大きく上下する。激しい怒りか、あるいは猛烈な飢えの表れか。奥歯を噛み締めるギリギリという音が、クセノフォンの耳まで届く。
相場のズレ。
戦場では、この腕輪一つで百人の命が買えたかもしれない。刃の届く範囲がすべてだった世界での絶対的価値。だが、この安全な城壁の外では、それはただの「重量のある物体」に無残に還元される。命のやり取りも、切断された太守の首も、一万人が死に物狂いで歩いた六千キロの距離も、すべては市場の天秤の上で「手間賃ゼロ」と切り捨てられる。
アカイア人の指が、槍の柄を強く握り直す。指の関節が白く突っ張る。皮膚の下で血管が青く浮き出る。暴力の行使。目の前の商人の頭蓋骨を砕き、麦をすべて奪い取るだけの物理的な力は、間違いなく彼の手にある。
だが、城壁の上の弓兵たちが、油断なくこちらに狙いを定めている。一本の矢がアカイア人の喉を貫けば、取引は終わる。そして、彼の肉体は他の傭兵たちにとっての「麦二袋分の重量」にすらならないだだの生ゴミに変わる。
「……二袋でいい。寄越せ」
アカイア人は腕輪を商人の足元に放り投げた。金属が乾いた土に当たる鈍い音。
商人はそれを拾い上げ、代わりに麻袋を二つ、荷車から引きずり下ろす。
アカイア人が麻袋の両端を鷲掴みにする。持ち上げた瞬間、彼の肩の関節がゴキリと鈍く鳴る。筋肉が悲鳴を上げている。だが、その顔には安堵が浮かんでいた。麦。カロリー。生存の確定。
取引の成立。命の切り売り。
クセノフォンはその光景をただ眺めている。
自分の生身を、他人の血糊と一緒に叩き売り、その日を生き延びるための麦粥に変える。史料にある通りの、ただの哀しい職業の末路。アテネの栄光も、ソクラテスの問答も、この乾いた土の上では何の意味も持たない。
隣の列では、トラキア人がペルシャの短剣を銀貨三枚と交換している。短剣の柄には、持ち主の脂がテカテカと光っている。
相場。価値。
彼らの魂は、すでにこの市場の天秤の上で完全に計量され、廃棄物として処理されつつあった。




