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傭兵隊長クセノフォン  作者: 世間の果て
第十四章:世間の果て
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閉ざされた青銅と腐った肉

 トラペズス。黒海の南岸。ギリシャの植民都市。

 目の前にそびえるのは、整然と切り出された石の壁だ。その中央に鎮座する青銅の二枚扉。完全に閉鎖されている。

 太陽が容赦なく金属表面を熱する。青銅の照り返しが、網膜をチリチリと焼く。熱波。眼球の裏側に赤い染みがこびりつく。


 足元。きれいに舗装された石畳。六千キロの泥濘、砂漠、雪山を踏み越えてきた足にとって、この規格化された平坦さは暴力的だ。硬い。すり減った革サンダルの底は、もう紙一枚の厚さすらない。石の冷たさと硬度が、足裏の角質を直接突き破って神経に到達する。文明の硬度。骨が軋む。踵にひびが入り、微かに血が滲む。痛覚というより、純粋な異物感。地形に合わせて足を変形させる必要がない空間。ここでは、彼らの足のほうが規格外の欠陥品だ。


 一万の肉の塊が、城門の前で停滞している。

 風下から、肺の奥底を直接刺す強烈な酸っぱい臭いが立ち昇る。腐敗した羊脂。アルメニアの雪山で貪った正体不明の肉の焦げ跡。乾いた人糞。傷口から滲み出て酸化した黒い血。六ヶ月間、水で洗われたことのない一万の皮膚の集合体。それらが混ざり合い、巨大な粘液塊として空間を支配している。彼らの吐く息そのものが、有毒なガスだ。


 城壁の上。兜を被った見張りの顔が小さく動く。

 兜の頂飾りが、風で左に傾いている。右の留め具が壊れているのか。左、右、左。赤い馬毛の無意味な揺れ。城壁の石の継ぎ目から、乾いた枯れ草が一本だけ突き出ている。風で小刻みに震えている。その根元を黒い虫が這う。網膜の端でその揺れと虫の軌道を処理しながら、クセノフォンは舌打ちをした。口の中に砂と鉄の味が広がる。


「ギリシャ語で門を開けろと叫べ」


 隣で槍の柄に寄りかかっていたトラキア人が、嗄れた声帯を震わせる。男の右頬には、いつから付いているのか、黒ずんだ肉の破片がへばりついている。


「無駄だ。お前の顔に張り付いたペルシャ人の干からびた脳醬が、文法を全部キャンセルしてる」

 クセノフォンは前を見たまま吐き捨てた。


 トラキア人は自分の頬を無意識に掻く。爪の間に黒いカスが挟まる。男はそれを指で弾き飛ばした。

「俺たちはアテネの市民だ。同胞だ。言葉が通じる」

「通じない。向こうの耳には、野犬の遠吠えしか届かない。俺たちはただの胃袋だ。歩く巨大な消化器官だ。消化器官に市民権はない」

 同胞。アテネの栄光。ヘラスの血。

 無効。完全に無効化されている。

 彼らはギリシャ人ではない。極限のカロリー欠乏と、それを補うための果てしない暴力の行使。六千キロの泥の中で、彼らの細胞は別種の生物へと強制置換された。言語や血統の共有は、この圧倒的な排泄物の臭いの前でただの幻影に成り下がる。


 城壁は、外敵から市民を守るための構造物だ。

 今、壁の内側の市民は、外でうごめく一万の肉袋を正確に「外敵」と認識している。正しい。彼らは正しい。一万の胃袋は、門が開けば都市の麦を喰らい尽くし、女を犯し、金目のものをむしり取る。生存のための純粋な物理法則だ。


 喉仏が上下する。生ぬるい唾液を飲み込む。金属の味。

 青銅の門は微動だにしない。門の表面に打たれたリベットの数を数え始める。一、二、三。十七個目で太陽の反射が眼球を真っ直ぐに貫く。やめた。


 背後で、誰かの腸が鳴る。ギュルル。

 ひどく水っぽい、不気味な収縮音。それが伝染する。あちこちで、空っぽの腹膜が裏返る音が連鎖していく。胃酸が自分自身の粘膜を溶かす微細な発泡音。一万の飢餓のコーラス。

 彼らは救済の地に辿り着いたのではない。自分たちの暴力が市場価値を持たない安全地帯の境界線で、巨大な汚物としてただ検疫を受けている。


 太陽がジリジリと首筋を焼く。

 乾いた土埃をたっぷり吸い込んだ汗が、泥水となって背骨の溝を這い下りる。革鎧の隙間で止まり、そこに不快な冷たさを残す。

 門は開かない。開くわけがない。

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