届けられた包装肉
ペルシャ陣営の暗闇の奥。空気を叩く乾いた反発音。
何かの塊が放物線を描いて飛んでくる。投石機の最も緩いスイング。
ドサ、グチャ。
野営地の中央。火の粉が舞い上がる。くすぶる焚き火の灰の真ん中に、それは落ちた。
ずんぐりとしたシルエット。粗く編まれた麻の袋。
周囲を取り囲んでいた傭兵たちが、一斉に半歩後ずさる。サンダルが砂利をこする耳障りなノイズ。誰も触ろうとしない。
クセノフォンが歩み寄る。足の裏。冷え切った泥の感触。すり減った革の底越しに、尖った石英の欠片が足の裏の肉に食い込む鈍い圧迫。
麻袋。
結び目の部分に、黒っぽい液体がべったりとこびりついている。土と混ざって固まりかけたペースト。
匂い。
酸化した血液。古い十円銅貨を口いっぱいに頬張ったときの、あの強烈な鉄の味が鼻腔の粘膜を直接撫で回す。
クセノフォンは腰の短剣を抜いた。刃こぼれした青銅の刃。
結び目に刃を押し当てる。切れない。麻の太い繊維が刃の欠けた部分に引っかかり、ささくれ立つ。
ツァッ。舌打ち。腕の筋肉を強引に収縮させ、鋸のように前後に引く。ブチリ。
繊維が弾ける。袋の口がだらしなく開いた。
ゴロ。ゴロン。ゴチャ。
灰を被った泥の上に、五つの球体が転がり出た。
重力に従って最も手前まで転がってきたのは、泥にまみれた金髪の束。
プロクセノス。
いや。数時間前までプロクセノスというラベルで識別されていた、ただの肉。
半分開いた眼球。水晶体の表面はすでに水気を失い、カサカサに乾燥している。そこに野営地の白い砂ぼこりが、まだら模様にへばりついている。
まばたき。しない。
眼瞼の筋肉を駆動させるための電気信号のケーブルが、顎のすぐ下で物理的に切断されている。
匂いの層が変わった。
鉄の悪臭を突き破って、強烈に甘ったるいバラの香油の匂いが爆発する。安物だ。プロクセノスが天幕へ赴く前に、首筋に執拗に塗りたくっていた油。
甘ったるい花。生臭い血。
二つの相反する分子が鼻腔の奥でぶつかり合い、脳髄をシェイクする。強烈な不快感。
クセノフォンの鼻の穴がピクピクと痙攣した。
首の断面。
視界に強制入力される細部。
白くちぎれた気管の管。軟骨のリングが不規則なギザギザを描いてちぎれている。食道の潰れたピンク色のひだ。
その中心。砕けた頸椎の骨の鋭い破片が、周囲の赤い筋肉の繊維に深くめり込んでいる。刃物が一撃で骨を断ち切れず、強引にこじった痕跡。
火の向こう側。欠けっ歯のアカイア人が鼻を鳴らした。
「おや、随分と綺麗に切り揃えられたな」
しゃがれ声。
「アテネの教養も、刃物の前じゃただの軟骨だ」
クセノフォンはしゃがみ込む。膝の関節の軟骨がポキリと高い音を立てた。
プロクセノスの顔。
下顎の骨が完全に外れかけている。口がだらしなく、巨大な穴のように開いている。
「外交の成果を聞かせろよ」
クセノフォンは、その暗い口腔を覗き込んだ。紫色の舌の根元。歯茎に挟まった、夕食の羊肉の繊維。
「太守はお前の舌をいくらで買ったんだ」
音声の出力はない。
空気を振動させるための肺は、数キロ先のペルシャの天幕の豪華な絨毯の上に 置かれたままだ。
思想。教養。高尚な遠征。
数時間前までこの開いた穴からとめどなく射出されていた音声信号は、完全に蒸発した。
残されたのは、ハエが卵を産み付けるのにちょうどいい、温度を失いつつあるタンパク質の窪みだけ。
人間。尊厳。そんなものは存在しない。
研ぎ澄まされた青銅の質量が、時速数十キロで肉の層を突き破り、骨の結合を破壊するコンマ数秒の物理的プロセス。その絶対的な速度の前では、倫理も誇りもゼロだ。
完全にゼロ。マイナスですらない。
ただの物質の損壊。包装紙を破って中身の肉を取り出しただけの手順。
クセノフォンは、足元に落ちていた乾いた木の枝を拾った。
先端に黒い蟻が二匹、慌ただしく這い回っている。
その枝の先で、プロクセノスの金髪の生え際を突っつく。
ゴロン。
頭部の角度がわずかに変わる。
隠れていた首の断面から、どす黒い血の塊がぼとりと泥の上にこぼれ落ちた。
再び、香油と血の入り混じった悪臭が舞い上がる。
胃の底。重たい鉛の球がゆっくりと裏返る感覚。
消化不良の豆が、胃酸の海の中で不規則にうねっている。
喉の奥にへばりつく、乾いた痰のざらつき。
クセノフォンはそれを、ゴクリと飲み込んだ。
アテネの栄光。ペルシャの莫大な富。
そのどれを足しても、目の前の泥にまみれた5キログラムの肉片の重さを、たった1グラムすら変えることはできない。
枝を放り投げる。蟻が灰の中に落ちてジリジリと焦げる微かな音。
ただの、生ゴミの陳列だった。




