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傭兵隊長クセノフォン  作者: 世間の果て
第七章:クナクサの断頭台
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宙吊りの刃

 ひやり。

 熱を失った風が、バビロンの赤土を舐めるように吹き抜けた。

 汗と羊脂で密着した革鎧と、背中の真皮の間。そのわずかな隙間に入り込んだ気流が、クセノフォンの脊髄を急速に冷やす。

 ブルッ。

 筋肉が不快な反射を起こす。太陽はまだ網膜を焼いているというのに、皮膚感覚だけが真冬の井戸の底に落ちたように冷たかった。


 周囲の男たち。一万の高度に武装した浮浪者。

 彼らの動きが、先ほどの統制の取れた「ムカデ」から、完全に別の生き物へと変質している。

 視線が定まらない。

 足取りは重いが、どこかヒョコヒョコと不規則だ。

 右斜め前。メガラ出身の男が、さっきまで自分が殺そうとしていたペルシャ兵の死体の上に馬乗りになっている。

 殺意はない。ただ、死体の腰に巻き付いた粗末な革袋の紐を、ひどく熱心に、小刻みに震える指で解こうとしている。

 ブチッ。

 紐がちぎれる音。男は革袋の口を開け、中から薄汚れた硬貨を数枚取り出した。銅貨か、あるいは質の悪い銀貨。

 男はそれを手のひらに乗せ、太陽の光にかざす。

 その横顔。頬骨が異常に突出し、目は落ち窪んでいる。

 アテネの彫像が示す、調和のとれた市民の横顔ではない。

 ゴミ捨て場で腐った魚の骨を見つけた、野良犬の横顔だ。


 クセノフォンは足元を見た。

 自分がたった今、腸を踏み潰したペルシャ兵の死体。

 その腰にも、水袋がぶら下がっている。

 羊の胃袋を縫い合わせた、黒ずんだ革袋。表面には泥と、たった今クセノフォン自身が撒き散らした黄色い吐瀉物がべっとりと付着している。

 汚い。

 だが、その袋の底がわずかに膨らんでいるのが見えた。

 水だ。

 あるいは、安いワインの残りかすか。


 右手。

 槍の柄に張り付いたままの血糊と手汗の接着剤。

 クセノフォンは無表情に、その右手を強引に柄から引き剥がした。

 メリッ。

 手のひらの皮が薄く剥がれ、微小な毛細血管から赤い点がポツポツと滲み出す。痛い。

 だが、その痛みはすぐに喉の猛烈な渇きにかき消された。

 舌が口蓋に完全に張り付き、気道がひび割れた土管のように乾ききっている。

 クセノフォンは膝を折った。

 死体の横にしゃがみ込む。

 強烈なアンモニア臭と、酸化した血の臭いが直接鼻腔を殴る。

 構わず、吐瀉物まみれの水袋に手を伸ばす。

 指先が死体の冷え始めた太ももに触れる。ゴムのような弾力。

 袋の口の紐を解く。

 固結びになっていて、なかなか解けない。

 イライラする。

 指の爪の間に、死体の血と泥が真っ黒に詰まっていく。

「クソッ」

 声にならない掠れた音が、喉の奥から漏れる。

 歯だ。

 クセノフォンは袋の結び目に自分の前歯を立てた。

 泥と酸っぱい吐瀉物の味が、直接舌先に乗る。

 犬歯で強引に紐を引きちぎる。

 ブツン。

 口が開いた。


 袋を両手で持ち上げ、顔を上に向ける。

 開いた口を、自分のひび割れた唇に押し当てる。

 生ぬるい、泥水のような液体が、チョロチョロと口内に流れ込んでくる。

 不味い。

 強烈なカビの臭いと、羊の脂の味。

 だが、それが喉の奥の粘膜を潤した瞬間、クセノフォンの脳髄に強烈な快感が走った。

 ゴク。

 嚥下音。

 頭蓋骨の裏側で、干からびたスポンジが急速に水分を吸い込んで膨張するような、物理的な充実感。

 もっと。

 袋を傾ける角度をきつくする。

 最後の一滴まで、泥水だろうが何だろうが胃袋に叩き込む。

「プハッ」

 飲み干して、袋を死体の顔面に投げ捨てる。

 口の周りにこびりついた泥を、手の甲で乱暴に拭う。


「これからどうする」

 真横。

 イボ男が、自分の太ももから抜いた矢の羽を弄りながら、虚ろな声で聞いてきた。

 彼の目もまた、焦点が合っていない。

 アテネの法。ソクラテスの問答。キュロスの黄金。

 それらすべてが完全に消滅した、絶対的な空白の空間。

 そこにあるのは、自分たちの肉体の重みと、猛烈な空腹、そして一万本の槍だけだ。


「とりあえず」

 クセノフォンは立ち上がった。

 膝の関節がポキリと鳴る。

 右手で再び、血まみれの槍の柄を握り直す。

 今度は、接着剤はない。自分の手のひらのわずかな血が、滑り止めになるだけだ。

「転がってる死体から金歯でも抜くさ。腹は減るからな」

 声のトーンは、自分でも驚くほど冷たく、乾いていた。

 そこに悲壮感はない。哲学的な絶望もない。

 ただの、極めて合理的なスケジュールの提示。


 社会の骨格。

 そんなものはバビロンの砂埃の中に完全に溶解した。

 ここは、誰の所有物でもない巨大な空き地だ。

 俺たちは、この空き地に放り出された純粋な暴力の塊。

 誰の命令も聞かない。誰の法にも縛られない。

 ただ、自分の胃袋を満たすためだけに、他者の肉を切り裂き、金歯を抜き、麦を奪う。

害虫。

 あるいは、神が設定し忘れた不具合。

 クセノフォンは、自分の口角がわずかに吊り上がるのを感じた。

 狂気ではない。

 ただの、あまりにも純度の高い「生存の論理」への同調。

 宙吊りの刃。

 振り下ろす対象は、もはや「敵」ではない。「食料を持っているすべての動く肉」だ。

 風が再び吹き抜ける。

 今度は冷たくなかった。

 クセノフォンは、次に解体すべき死体の腰回りを物色するため、重いサンダルを引きずりながら、ゆっくりと歩き始めた。

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