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傭兵隊長クセノフォン  作者: 世間の果て
第五章:内陸への一歩(アナバシス)
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前進する空洞

 白茶けた地平線が、巨大な素焼きの鉢の底のように広がっていた。上から熱がのしかかってくる。大気は重く、透明な泥のようだったが、もうそんな比喩などどうでもよかった。


 クセノフォンの足の裏は、三日前に死んだ。牛革のサンダルと角質の境目が、汗と砂でドロドロに溶け、どこまでが自分の肉でどこからがただの腐った革なのか、わからない。踏む。めり込む。引き抜く。腿から腰にかけて、鈍い痛みが上がってくる。骨がこすれる音が、ときどき耳の奥でする気がした。


 前を歩くスパルタ兵の首筋に、親指大の黒い粉瘤があった。黄色い脂がにじみ、砂が固まって厚い皮をこしらえている。それが右に左に、歩くたびに揺れる。クセノフォンはそのひび割ればかりを見ていた。アッティカの海岸線みたいだと思ったが、すぐに忘れた。どうでもいい。ピンを刺して膿を絞り出したら、どんな音がするだろうか。そんな馬鹿げたことばかりが、頭の表面を滑っていく。


「水だ」

 隣の欠けっ歯が言った。舌が上顎に張りついて、声がズウダと聞こえる。唇のひびから血がにじみ、顎を伝って黒く乾いていた。

「小便でも飲め」

 クセノフォンの声は擦れて、喉の奥から鉄の味が這い上がってきた。

「俺たちはどこへ行くんだ」

 欠けっ歯の目が黄色く濁っている。焦点など合っていない。ハゲワシの影を数えているのか、それとも頭の中の幻の水を眺めているのか。

「明日の飯がある場所だ。それ以上先を見るな。目が潰れるぞ」


 昔、アテネの広場で老人が吐いていた言葉が、ふとよぎった。善とか、徳とか、魂の美しさとか。あんなものはこの熱風の中では一瞬で蒸発する。ただの音だ。脳のシワの間で、何かがプツプツと焼けていく感覚があった。知性が死んでいく。それは、意外と心地よかった。


 ただ、熱い。

 吸う息が、かまどの排気のように肺を焦がす。気管支が干からび、細胞が一つずつ潰れていくのが、はっきりわかる。吐くたびに、内臓が削られる。

 背後には、もうユーフラテスの濁流はない。船もない。アテネの法廷も、銀貨と引き換えに捨てた。戻る理由など、最初からなかった。

 左の列で、ボイオティアの兵が突然止まった。革帯の留め金を見つめ、何かぶつぶつ呟いている。真鍮が剥げ、下の黒い地金が顔のように見えたらしい。男は指でこすり、舌を伸ばそうと屈んだ。

 次の瞬間、背後から青銅の盾の縁が飛んできた。

 ボキッ。

 鈍い音がして、男は前のめりに倒れた。後続の足が、その顔を容赦なく踏みつける。鼻の骨が砕ける乾いた音が、足音の合間に混じった。誰も顔をしかめない。ただの石か、倒木か。何か邪魔なものを跨ぐだけの、わずかな歩幅の調整。一万三千から、一つ減った。それだけ。


 クセノフォンの胸の奥で、何かがぽっかりと開いた。

 かつてそこにあったものは、もうない。対話とか、正義とか、そんな贅肉は全部溶けた。残ったのは真空だ。真空は、ただ暴力だけを吸い込む。

 脳が、単純な指令だけを繰り返す。

 歩け。

 奪え。

 食え。

 胃が痙攣し、酸っぱい胃液が逆流する。クセノフォンはそれを飲み込んだ。貴重な水分だ。舌の根元が焼けるが、それも飲み下す。

 地平線の向こうに、野営地があるはずだ。天幕の中に干したイチジクと、羊の肉と、新しいサンダルがある。

 そこへ行く。それを奪う。この空っぽの胃に詰め込む。そのためなら、ゼウスの腸を引きずり出して首を絞めてもいい。神の血は、きっと喉の渇きを潤してくれる。


 一万三千の肉袋が、同じ歩幅で地面を叩き続けている。

 ザク……ザク……ザク。

 個の輪郭はとっくに溶け落ちた。故郷の名前も、顔も、汗と一緒に流れ落ちた。ただの巨大な殺戮機械。その駆動音。


 クセノフォンは自分の右腕を見た。日焼けと泥にまみれた、他人のような棒。ただ槍を握るための付属物だ。

 彼は、もうその一部として、完璧に機能し始めていた。

 空っぽの筒。

 明日の朝飯のカロリーを計算するためだけの、ただの器官。

 白く濁った太陽が、その表面を無慈悲に焼き続けていた。


 バビロンの平野。白茶けた空。太陽はただの高温の金属円盤だ。

 熱。

 一万の青銅の装備。歩くオーブン。

 クセノフォンの頭蓋骨は、コリントス式の兜のなかでじっくりと蒸し焼きにされている。

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