第31話 王断
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闘技場に満ちていた熱気がゆっくりと沈んでいく。
代わりに広がったのは、張り詰めた静寂だった。
中央に立つ二人――サーニャと国王レオグラン・ガルドリア。
互いに一歩も動かず、ただ視線だけが交錯する。
「――はじめ!!」
その瞬間、空気が裂けた。
レオグランの踏み込みは、まるで地面そのものを蹴り砕いたかのような衝撃を伴っていた。
次の瞬間には、その巨体がすでに間合いへと入り込み、振り下ろされた爪撃が空間ごと叩き潰す。
――直撃。
サーニャは剣で受けたが、その衝撃は殺しきれず、体ごと後方へ弾き飛ばされた。
足が地面を削り、砂煙が舞い上がる。
観客席から、息を呑む音が漏れた。
「……どうした」
ゆっくりと歩み寄りながら、レオグランが嗤う。
「その程度か」
砂煙の中から、サーニャが立ち上がる。
大きく崩されたはずの体勢を、何事もなかったかのように整えながら。
「……まだだ」
その声音に揺らぎはない。
だが次の瞬間、再び振るわれた一撃は先ほどよりも鋭さを増していた。
横薙ぎに放たれた爪が風を裂き、わずかに遅れて衝撃が追いつく。
サーニャは半身で受け流すが、完全には逃がさない。
刃がかすり、火花が散る。
さらに一撃。
返しの斬撃。
間を詰めた突き。
畳みかけるような連撃が続く。
それらをサーニャは、わずかな動きで受け流し、逸らす。
だが、すべてを完璧に避けているわけではない。
わずかに掠める。
わずかに遅れる。
その“ズレ”が、戦況を錯覚させる。
「はっ……ははは!!」
レオグランの笑いが広がる。
「やはりその程度か!!」
観客席にも、その空気が伝わり始める。
――押されている。
しかしサーニャの目は、変わらない。
むしろ、わずかに細められていた。
(……乗ってきた)
その攻防を見ていたレイは静かに踵を返し、闘技場の外へと向かう。
この国の住民はほぼ全員が試合に釘付けだ。
外は、異様なほどに人の気配がなかった。
――だが、その中に一箇所だけ人だかりがある。
「兄貴ぃ、無事かいな」
軽い調子で声をかけてきたのはヤコウだった。
その背後には、見慣れた面々。
「お前らこそ、問題なさそうだな」
「そらまぁな。で、どうなん?」
「サーニャが国王とやってる。……まあ、あれはもう終わる」
わずかに視線を闘技場へ戻しながら言った。
レイの言葉に、ヤコウはニヤリと笑う。
「ほんなら、その次に向けて準備せなあかんな」
「ああ」
その頃――闘技場では。
ガギィン!! ガギィン!!
金属と爪がぶつかり合う激音が響いていた。
レオグランの猛攻。
だが、そのすべてをサーニャは捌き切る。
そして次の一撃を受け流しながら、静かに口を開く。
「……この国は、間違っている」
金属音の中に言葉が落ちる。
レオグランの動きが、ほんの一瞬だけ鈍る。
「……何がだ?」
「武力だけでは、いずれどうにもならない時が必ず来る」
剣を滑らせるようにして、衝撃を受け流す。
「それに――四天王も、もうゼルドしかいない。この国の戦力は大幅に下がる」
「だからどうした」
吐き捨てるような声。
「測定器も、今はいない」
その言葉に、レオグランの目が細くなる。
攻撃の手が、わずかに止まった。
「彼らだけが、この国を抑制していたのにこの先、どうこの国を統治する」
わずかな間。
だが、その沈黙は観客にも伝わる。
「……はっ」
やがてレオグランは鼻で笑った。
「そんなもの、いなければまた生み出せばいい」
その視線が、ゆっくりと観客席へ向く。
「この国民の中からな」
ざわり、と空気が揺れた。
言葉の意味を理解し、恐怖がじわじわと観客たちに広がる。
「……そんなの恐怖による支配じゃないか」
「黙れッ!!」
怒声とともに、力任せの一撃が叩き込まれる。
サーニャの体が押し込まれ、足元の石畳が砕ける。
「この国は弱肉強食!!」
さらに押す。
「弱きものは淘汰されるのが当然だ!!」
ついに弾き飛ばされる。
地面に叩きつけられた衝撃が、重く響いた。
観客席から、短い悲鳴が上がる。
「……違う」
サーニャはゆっくりと立ち上がる。
血を拭いながら、まっすぐにレオグランを見る。
「強きものは弱きものを、弱きものは強きものを支える」
一歩、踏み出す。
「互いに助け合うことで、この国は強くなる」
今度は自ら踏み込む。
刃と爪が真正面からぶつかり合う。
「今の国民は違う!!」
押し返す。
「矛先が自分に向かないように……自分を守るために、弱い者を虐げているだけだ!!」
その言葉に、観客の何人かが顔を伏せる。
「それでは、この国はいずれ崩壊する!!」
「……黙れ」
低く、吐き捨てるように。
再び叩きつけられる一撃。
サーニャの体が弾かれる。
「――それでいいではないか」
レオグランの声は冷たい。
「弱い者が消え、強い者だけが残る。それがガルドリアだ」
サーニャは、すぐに立ち上がる。
今度は観客席へと視線を向けた。
「……私は」
静かな声。
「この国の人たちに、もう手を出させない」
その言葉が、場に落ちる。
「私が勝ったら――彼らを解放しなさい。彼らはもう恐怖に怯えながら生きる必要はない」
その時だった。
「サーニャさん!!」
「負けるな!!」
「がんばれ!!」
声が響く。
観客席の一角。そこにいたのは、かつて救い出した者たちだ。
それから彼らの声に呼応するように他の観客からも声が上がった。
「頼む!国王を倒してくれ!」
「助けてくれ!」
国王が勝った後の未来――。
そして、自分に降りかかる恐怖を想像し、声を上げずにはいられなかった者たちだ。
やがてそれは、会場全体へと波のように広がっていった。
レオグランの表情が歪む。
「……黙れ」
低く呟き。
次の瞬間には、怒号へと変わる。
「黙れ黙れ黙れぇ!!」
その声は、もはや威厳ではなく焦燥だった。
「お前たち全員、この戦いが終わったら殺してやる!!」
その言葉に、観客の空気が凍りつく。
サーニャは静かに息を吐く。
構えを落とす。
居合の姿勢。
「……終わらせる」
レオグランが踏み込む。
今度は迷いなく、すべてを叩き潰すための一撃。
その軌道は、サーニャの後ろにいる観客すら巻き込むものだった。
距離が詰まる。
あと一歩。
その瞬間――
サーニャの手が動いた。
一閃。
遅れて、風が裂ける音が響く。
次の瞬間、レオグランの体は、上下に分かれていた。
崩れ落ちる。
ガルムを屠ったあの一撃。
沈黙が会場を包む。
そして――プツンと糸が切れたように歓声が、爆発した。
「――勝者、サーニャ!!」
サーニャは剣を収め、ゆっくりと観客席を見渡す。
救い出した者たちに小さく手を振る。
涙を流す者もいた。
その光景を受け止めてから。
一歩、前出て静かに口を開く。
「……みんな、聞いてくれ」
その一言で再び会場の空気が静まり返った。




