Cafe Girouette (カフェ ジルエット)
風見市の駅前は今日も混雑している。
平日の夕方にも関わらず少し狭い道を歩けば通行人と肩をぶつけかねないような有様で、スーツ姿の男性から買い物袋を下げた主婦、老人が犬と散歩していたりチャラついた若者が我が物顔で闊歩していたりと大都会らしいといえばらしい人の多さである。
そんなごった返しているような中を爆走する姿があった。
あたしだ。
「ぬおおおおおうううううう! 遅刻遅刻ぅううああ!」
やばい!
バイト間に合わん!
「ひったくりをふん捕まえてる場合じゃ無かった!」
しょうがないよ。目の前でやられたら体が動いちゃったんだもん。しょうがないよ!
地面からの反発を得たいがために一歩一歩を踏み抜くような力強さで駆ける駆ける。陸上競技のアスリートが情熱を傾けるがごとくの疾走だ。まるで敷き詰められた長方形のタイルとマイシューズから悲鳴が聞こえてくるよう。
今度遅刻したらクビになってしまう。それすなわち、乙女のおしゃれ資金が減少することを意味する。月ごとに母上から下賜されるお小遣いだけでは到底足りないのだ。断じて許容できぬ。
「見えた!」
残り1分を切ったところで『Cafe Girouette』という看板が見えた。バイト先の喫茶店だ。
楽勝楽勝、と思いながら扉に体当たりをするつもりで更に加速。
取っ手を掴もうと腕を伸ばし――。
「へぶっ!」
唐突に扉が開いたため、向こう側に居た人の胸に女の子らしからぬ声を出しながら顔面から突っ込む形となった。鼻の頭をさすさすしながら涙目となる。うう、カッコ悪い。
「痛った~」
「すまない、怪我は無かったかい?」
「ぅあ、すいません。そっちこそ大丈夫でし――ひゃあ!」
ぶつかった人の顔を良く良く見てみれば、なんと、すさまじいイケメンだった。
ファッション雑誌にのっているような俳優だとかタレントだとかがブサイクと呼ばれるどころかマジ霞んで姿を消すレベル。整っているなんて言葉じゃ安っぽすぎて使えないぐらいの造形美。髪とかもうサラッサラの白。一瞬染めてるのかな?と思ったけれどあの色ツヤは天然にしか出せない。瞳は晴天を思わせるスカイブルーで見ていると引き込まれそうな魅力があった。下から上まで服装は全てが黒一色で、カジュアルシューズからジーンズ、ベルト、ブラックジャケットから除くインナーまでもが墨に浸したかのような飾り気の欠片も無い感じだったが、彼の容姿を不思議と際立たせているように見えた。
「わ、わ……あの、その、」
「? やはりどこか怪我でも?」
蒼い眼がこちらを心配そうに見下ろしてくる。しどろもどろになってる体と喉は別に背も高いんだなーと心はぼんやり別の思考。次いで、倒れないように肩を両手で支えられていたことに気づき、カーッと顔面が熱くなる。
「あぅ、だ、大丈夫です」
「そうか。それは良かった」
他人の事なのに本当に嬉しそうに微笑むなぁ、根がきっといい人なんだろうなぁ。
「アユミ君」
「あ、アルベールさん」
若干名残惜しくも支えてもらっていた手を離してもらい(超イケメンとはいえ初対面の人に名残惜しいってなんだあたしゃ)、呼ばれた声の方向――バイト先の店長に向き直る。
執事服を着こなした老齢のフランス人、アルベールさんが『Cafe Girouette』の店長だ。
柔和な眼差しに豊かな口ひげ、加えて知識と経験を蓄えてきたナイスオールドな雰囲気を纏ういかにもジェントルなお方である。
ちなみにフランス料理の達人。喫茶店なのにそんじょそこらのレストランなんか目じゃないくらいに美味しくて地方からわざわざ食べにくる人も居るくらいだ。あたしなんてクロワッサンひとつですっかり惚れ込んでしまい、バイトを申し出る始末。
料理の腕とその柔らかな人あたりによって老若男女問わず一定以上の人気がある御仁である。彼が振りまく紳士オーラにあてられると男の子は「あんな大人になりてぇ」と憧憬の眼差しを、女性は何か大きなものに包まれているような安心感を抱くそうだ。
そんな紳士の中の紳士、あたしも尊敬してやまないアルベールさんは白髪の彼に負けないぐらいいい感じのニッコリとした笑顔でこう言った。
「――遅刻したので、解雇ですね」
「しまったーーーーーーー!!!」
あわわわわ、やっちまった。やっちまったよ!
白髪の彼の顔を見たのとはまた別の動揺が走る。頭を抱えて「神よ!」と叫びたくなるような状態だ。美丈夫に肩を支えられての天国から一気に地獄へと叩き落とされた気分である。
「あ、あのぅ、そのぅ、時間までにお店にはたどり着いたんで情状酌量の余地をどうか!」
「ふむ、店主に到着の報告をしていないのに時間には間に合ったと、そう主張するわけですかな?」
「う……」
「しかも、お帰りになられる当店のお客様に扉を開けた勢いそのままに頭突きを行い、そのせいで報告が遅れた、と、そう主張するわけですかな?」
「うう……」
お、怒っていらっしゃる……。
全面的にあたしが悪いことは理解していたのだけれど、仏のように微笑むアルベールさんを見て蜘蛛の糸にすがるような気持ちで両手を合わせて具申してみてばっさり言い返されました、そんな感じです(3度どころか10度ぐらい仏の顔を見せてきてくれたのだが流石に鬼となった模様)。バツの悪いような感じでたじたじなあたし。どうすれば……。
なんて、あたしに圧倒的不利なやりとりをしていると――。
「そこまでにしてあげてくれないか、アルベール」
「クロ殿……」
隣に立っている白髪の彼から思わぬ助け舟が出た。
「ふえ?」と口から小さく疑問符が漏れる。ちょっと予想外の展開に思考がついていかない。ぼけっとしたあたしをよそに堂々とした彼と一転困ったような顔のアルベールさんの会話は続いていく。
「しかしそれでは……」
「私がこのタイミングで店を出ていかなければ彼女は間に合っていたし、私にぶつかることも無かった。違うかい?」
「自分が悪いとおっしゃいますか……」
「そう思ってくれても構わないけど、そんなことを言うつもりは無いよ。私も彼女も二人ともただ単純に……運が悪かっただけさ」
「ふむ……」とアルベールさんは目を閉じて一息。
それから何かに納得したようないつもの柔和な表情。
「ここはクロ殿に免じて、というところでしょうな。アユミ君、何かこの方に言うことは無いですかな?」
「は、はい!」
あれよあれよという間に解決してしまった。
半ば状況を把握できぬままあたしは彼に頭を下げる。
「ぶつかっちゃって、すいませんでした!」
「なに、問題無いさ。この通りケガも無いよ。こちらこそすまなかった」
ぽんぽんと手のひらでこともなげに自分の胸を叩く彼。
「あ、あれ……?」
違う。
謝罪も言いたかったことのひとつだけれど、何か違う。
ましてや謝った相手に謝らせるなんてことをあたしは望んでいたわけじゃない。
「それじゃあアルベール。先ほどの件だが、見つかったらすぐに連絡を」
「承りました」
彼はあたしに自分の無事をアピールすると、踵を返して扉の取っ手に手をかけた。一度振り返り、二言三言アルベールさんと会話を交わす。言いようもないすっきりしない感情があたしの中に渦巻いている間にそのやりとりは終わり、いよいよ彼は扉を開けて出ていこうとする。
「あ、あの……!」
それは焦燥感から出た言葉だった。
意味を持たない、引き止めるだけの、何を言うべきか決めてもいないが故に飛び出てしまった言葉だった。
「?」
彼は立ち止まり、首だけ少し捻ってこちらを見る。
何も言ってこないあたしを不思議そうな瞳で見つめている。
その蒼さに再び気遅れして何も言えなくなりそうになる。
けれども、ただ謝りたかっただけではないのだと思うから。
バイト先が無くなる無くならないだなんて、そんなちっぽけなことなのだけれど。
でも見ず知らずのあたしを、本人には何の得にもなりはしないっていうのに助けてくれたのは凄く嬉しいことだと、そう思ったから。
「ありがとう!」
ただ感謝を伝えたくて、そう言った。
「ああ、どういたしまして」
背中越しに見た彼の笑顔は、惚れちゃいそうなぐらいいい笑顔だった。
パタン、と扉が閉まる。
ぽけーとした顔でそれを見送った。なんだか今日は呆けてばかりだなと思う。
「さて、アユミ君」
立ち尽くしているあたしの背に声がかかる。アルベールさんだ。
ハッ!として振り返る。いかんいかん。気持ちを切り替えねば。
「ご、ごごご、ごめんなさい! すぐ着替えます働きます!」
「ええ、そうして下さい。今日は忙しいですよ。今からかきいれ時ですからね。それにレジと接客と清掃をひとりでやっていただきます」
「えーと、マ、マリさんは……?」
「先日、新しい料理を覚えたいとおっしゃってましたからな。今日はキッチンに入っていただきます」
「のおおおお……」
いつもなら先輩のバイト店員と二人でやっている仕事量をひとりとは。
解雇は回避できたものの無罪放免とはいかなかったらしい。とほほ。
◆
「つっかれたー!」
メイド服を着ながらスカートをフリフリ営業スマイルを振りまくこと数時間、閉店と相成りただいま終業後の清掃を終えたところでござい。
「おつかれー、アユっちー♪」
「オツカレさまでーす」
一通り仕事を終えて快活に話しかけてきてくれるのはマリさん。ここのバイトは半年先輩の1歳年上だ。肩口まで伸ばした髪をポニーにしていらっしゃる現代希少種(ポニーって実はあんまり見ないよね?)。ちなみにメイド服はアルベールさんでは無く彼女が推したがために採用される運びとなったらしい。なんちゅー余計なことを。
「いやー、もー、体中ばっきばっきですよー」
「あはは、倍速早送りみたいだったもんねー。そのうち声まで裏返るんじゃないかと思ってニヤニヤしながら見てたよー♪」
「そのうち3倍速になりますよ。たぶん服とか真っ赤になってます」
「お、余裕だねー♪」
実際のところまだ余力がある。
というのも最期までひとりでホールをまかないきるなんてことは無く、半ばからマリさんのアシストが入ったのだった。マリさんがこっそり教えてくれたのだけれどもアルベールさんの指示だったらしい。しかもその時に聞いた話だと、あたしが遅れている間に言ってたらしいのだが解雇する気も無かったとのことだ。最初からちょっとした罰を与えるだけのつもりだったとは身内に厳しいようでいて甘いお人である。
それに案外あっという間に時間が過ぎてしまった。なんだか昼間のクロ(とか呼ばれてた)って人のことをつらつら考えてたらすぐだったのだ。うーん、今でも思い出すとなんだか胸のあたりがもやんもやんする……。
「……ところでさあ、聞いたー?」
「何をです?」
「新しいUMAのウ・ワ・サ♪」
マリさんは磨いたカウンターに肘を掛けて普段の活発なイメージに輪をかけて溌剌としたオーラを振りまき始めた。なんで珍奇珍妙な生物の話題の時にこんな元気になるんだこの人は。趣味がもっと良ければもてまくりだろうに勿体無い。
「お、新ネタですか!?」
と、内心を隠しつつあたしは食いついた。
マリさんの話は面白い。元々摩訶不思議事象大好きっ子のあたしは感化されるのも容易く、すっかり「UMAは居るんじゃないか?」なんて考える程度には染められてしまった。昼間、れーちゃんとだべってた時に食い下がったのもこの人の影響が大いにある。
「最新も最新ってわけじゃないんだけどねー。……最近、夜になると風見市に『化け蜘蛛』が出るって話知らない?」
「化け蜘蛛……?」
「そ。でっかい、人のサイズぐらいある蜘蛛なんだって」
マリさんがちょっと声を低くして話し出す。あたしはちょっと予想していたのと違う答えが出てきたので思わず聞き返した。てっきりあのキツネリスの話だと思ってたので若干期待はずれだ。しかもでかい蜘蛛とかキショい話題になってきたのでなおのことである。
「テトちゃんじゃ無いんだ……残念」
「ん、テト?」
「実は昨日、キツネリスっぽいものを見かけまして」
「何それ!? 何それ!? 詳しく!!」
「ちょ、近い! 近い! くっついちゃいます! 後で話すんで先にそっちから!」
「約束だよ!?」
「はーい。てかいくらなんでも巨大蜘蛛だなんてガセっぽすぎませんか~? しかも風見市でだなんて」
「くそぅ、信じてないねアユっち。いいから聞いてよ。実はちょいちょい前からそれっぽい話はあったの。例えば……1ヶ月ぐらい前かな。銀行強盗が捕まったのは覚えてる?」
「えーと、3億円ぐらい盗まれたってやつでしたっけ?」
テレビでやってたやつだ。通常の強盗とちょっと手口が違ってたんでよく覚えてる。
地下から穴掘ったり金庫の入口を爆破したりなんて力押しじゃなくて、金庫開けるのに必要なパスワードと指紋と網膜を持ってる人を全員昼間に拉致って夜に金庫の前までわざわざ連れて行って開けさせたという流れだったはずだ。
「確かあれもう犯人グループって捕まっちゃってますよね? 警察が暴徒鎮圧用の発泡ウレタン剤射出機だかで拘束したとか」
「うふふ。それがさー、実はそうじゃないの」
「そうじゃない?」
「警察の知り合いに聞いたんだけどさ、公表してる情報は大嘘。アレ、警察が捕まえたんじゃなくて、既に何者かが捕まえてたらしいの」
「ええー!?」
本当だとしたらちょっとショック。公的権力であるところの警察様が市民に偽って逮捕劇をでっちあげるとは。面子もあるんだろうけれどそんなんだからなりたい職業ベスト10から転げ落ちるんだよ……。
しっかし、マリさんの知り合い口軽いなー。守秘義務感ゼロじゃん。大丈夫かー日本警察?。
「近くの住民から通報があったんだって。で、現場に駆けつけた警官の話だと粘性状の、蜘蛛の糸みたいなのでがんじがらめにされてたらしいの」
「みたいなのって?」
「組成としては横糸と同じタンパク質分子でできてるみたいなんだけど、太さが通常の千倍」
「千ば……マジです?」
「マジもマジ」
「んーと、そーゆーのって人口的に作ったりはできないんですか?」
「近年だと遺伝子を牛や羊なんかに注入して人工的にクモ糸を生成させようとする研究もあるの。けど、それって全部完成には至ってないのよね。ね、面白いと思わない? 人工的に作れないとされるクモ糸、しかも千倍の太さで複数人の全身を覆うとなると100万匹以上から採取しても足りないのよ? 誰が、どうやって、何のためにわざわざ蜘蛛の糸なんかで拘束したのか、真相は謎に包まれたままなの」
「おおー」
すげー。
話がそれっぽくなってきてちょっとワクワクゲージが上昇中です、あたし。
「何やらおもしろそうな話をしていますな」
「あ、店長。おつかれさまです」
我らがCafe Girouetteの店長、アルベールさんである。何やらいい香りを漂わせながら小さめの皿を片手にこちらにやってきた。
「お疲れ様です。新作ですがどうですかな? イチジクのタルトです」
「「是非!」」
あたしとマリさんはガチでハモりながら我先にと手を伸ばした。
小皿の上にちんまりと乗ったそれ。円形に型どられたタルトの上に生クリームが敷かれ、それを布団替わりにイチジクの果肉が放射状に寝ている。中心にはミントの葉で緑が彩られている。見た目は割とシンプルだ。
しかし騙されてはいけない。今までの経験上、アルベールさんの料理は隠れているところに凄まじい手間と技工が凝らされているのだ。
「いただきまーす。あむっ♪ ………ん、んぅ、んぅーー♪」
しげしげとタルトを眺めていたらマリさんに先を越されてしまった。しかも咀嚼するたびにクネクネとしなまで作っている。おのれ、どれほどの威力があるというのだ。
「じゃあ、あたしも。はぁくっ」
気合を入れるかのようにまずは一口。
タルト生地のざらついた感触が舌をなぞる。咀嚼する。最初の衝撃。
こやつ、生クリームだけかと思ったら更にその下にアーモンドクリームとブルーベリージャムを隠し持っておった。アーモンド特有の甘さと香りはタルト生地に良く合う。そこからブルーベリーの酸味により味覚がリフレッシュされる。
舌が一新された後は生クリームだ。これもただものでは無い。ほんのりとチェリーの香りがする……たぶん、キルシュとかのリキュールを使っている。ブルーベリーのおかげでアーモンドの甘味が和らげられ、生クリームの濃厚さが感じられる仕様となっている。
そしてアーモンド、ブルーベリー、生クリームと続いた最期にイチジクの果肉だ。噛むたびにじゅわっと果汁が溢れ、口内を染めていく。しかもこれもリキュールが使われている。イチジク本来のとは別の、オレンジみたいな芳しさだ。なんだろう、何が使われてるかわからない。悔しい。正体を確かめようと咀嚼を続けるとクリーム、果物、クリーム、果物と味のジャンルを上下に揺さぶられてあたしの口の中はよだれでもうすごいことになっていた。種類の違う拳打を立て続けにうちこまれてるようなもので、ジャブ、ストレート、ジャブジャブストレートと容赦呵責無く責め立ててくる。耐え切れなくなったところで飲み込み、キレキレのアッパーを食らったようにあたしはノックアウトした。
「こ、降参でーす。もうダメでーす。立てませーん」
「ご満足いただけたようで何よりです。メニューに並べても問題無さそうですな」
「イチジクの果肉って、何のリキュールが使われてるんです?」
「コアントローです。スピリッツにオレンジの果皮等を加えて蒸留して作るのですが、いい香りだったでしょう?」
「ですです。あたしもうメロメロですよー」
「気持ちはわかるよー、アユっち。あと生クリームにキルシュと、アーモンドクリームにラムも入ってるねー。3種類もリキュール使ってここまで味がケンカしないなんて店長流石です。キャー!」
なんと、ラム酒まで使われていたのか!
流石と言うのならマリさんも流石である。日頃からアルベールさんに料理を教えて貰っているだけのことはある。
「それで、都市伝説の話でしたか」
「あ! そうですそうです! 店長も興味あります? というか伝説じゃないですよ! 既にリアルです!」
「落ち着いてください。都市伝説ではないということは根拠はあるのですかな?」
「もちのろんですよ。さっきの蜘蛛の糸の話に加えて噛まれたって人も居るんです」
「噛まれた?」
「とある暴力団の構成員で、麻薬販売ルートの管理人だそうです」
それも記憶に新しい。2週間ぐらい前だったと思う。捜査令状を黄門さまの印籠のごとくデカデカと振り回しながら容疑者宅へ刑事が乗り込んだらキマってラリってる現場を抑えたってやつだ。皮肉な話でクスリを売って稼ぐ側の人間がクスリに溺れてたわけである。かといってなんら同情の余地は無く、あえなくブタ箱行きとなった。
「それももしかして警察が情報操作とかしてるんですか?」
もしやと思って聞いてみた。
「ピンポーン」
ぬう。結構知らないところで捏造いっぱいやられてるのかもしれん。
「容疑者が自宅で薬物摂取して前後不覚に陥っているところを逮捕って発表されてるんだけど、これも嘘。確かに薬物は発見されたんだけど容疑者は自分で使ってたりなんかしてないの。それもそうだよね。商品に手を出したらとんでもないことになるし」
「ふむ。それはごもっともですな」
「じゃあどうなってたのか? これもさっきの銀行強盗と同じで動けない状態にされてたの。といっても糸は無かった。ロープもテープも無く、手足を拘束されてる様子はまるでなかった。それなのに容疑者は動けない状態だった」
ゴクリ、と唾を飲み込む。
話が怖い方向へ向かっている。マリさんの口上にも段々と熱が入り始めたように見える。
「病院に運び込まれたあと容疑者の体を検査すると、とある神経毒が検出されたの。α-ラトロトキシンって言ってね。セアカゴケグモって毒グモが持ってるやつで全身まで回ると発熱、めまい、発疹、呼吸困難、震え、徐脈や頻脈、括約筋のけいれん等の諸症状が出るのだけれど、1匹に噛まれたにしてはありえない量が容疑者の体から出てきたんだって。……それで、説明が最期になっちゃったけど左足の太ももに見つかったらしいよ」
「な、何がです?」
「獣の牙ぐらいのサイズの噛み跡が!」
「う……」
獣の牙って、そんな、それぐらい大きい毒牙で噛まれたってことだろうか?
だとしたらそれを持ってる奴はいったいどんな――。
「と、こんな感じなんですけどどうですか店長!?」
「ふむ、確定的な証拠に欠けますな。存在の証明とまではいきますまい」
想像に飲まれて怖じているあたしの隣ではしかし、アルベールさんが涼しい顔で立っていた。マリさんの問いかけにも余裕のある大人といった風情だ。
「そのα-ラトロトキシンというのは人工的に生成できないわけではないでしょう。であるのならばナイフを一本用意して刃に大量に塗り、太ももを2回ほど刺せばよろしい。それで状況は出来上がります」
「ううむ、店長手ごわい……」
「それに人のサイズほどもある巨大蜘蛛など現実に居るのであればまず発見されていないわけがありません。見つかっていればマスメディアは今頃大騒ぎでしょう。似たような話はいくつもありますが私の経験の上ではどれも眉唾でしたよ。そうそう突飛な話はあるものではありません」
アルベールさんは苦笑しながら否定する。
けど本当にそうだろうか? あたしは昼間のれーちゃんとの会話を思い出していた。
バイオハザード説にしろ外来説にしろ微笑にも可能性は残されている。
バイオハザードなんて某ゲームで実際に出てきてたりするわけだし、外来説……は外国にもそんな巨大蜘蛛なんて居ないから今まではまずありえなかった。今までは。
キツネリスと一緒でラピュタ島から来た、と仮定すればどうだろう? なんでもかんでもあの島と関連付けすれば解決するなんて思っちゃいないがその可能性はあってもいいように思える。
「なんにしろ危なそうな話には近づかない方が無難でしょう。最近このあたりも物騒ですからお二人とも寄り道などせず真っ直ぐ帰宅なさってください。今日のニュースでも3人も死亡したとありましたから」
「え?」
3人も死亡? 初耳だ。
あたしはテレビを積極的に見たりするわけでもネットニュースを漁るわけでもないので情弱と親友に言われがちだが、それでも自分が住んでいる街で起きたことを知らなかったのはなんだか悔しい。
「あ! ま、待ってください! それ、それです!」
今日の最新情報であれば知らなかったのもしょうがないことなのかと納得しようとしていたところで、マリさんが急に思いだしたかのように声をあげてスマホを操作しはじめた。
「胴体を太い杭みたいなのでめった刺しにされた死体が見つかったやつですよね? 実は、その犯人を見たって人が居るんです」
スッ、スッ、とマリさんの指がスマホの液晶を滑る。
「皮肉な話なんですけどその目撃したって言い張ってる人も別件で署内に拘留中だったみたいで、追加の取り調べは比較的スムーズに行われたらしいです。なんでも、元の容疑は婦女暴行だそうです」
「婦女暴行?」
「うん、昨日の夜に捕まったんだって」
昨日の夜。
あれ? その時間帯って――。
「目撃者の供述だと婦女暴行してる最中に襲われて、『化け蜘蛛』に目の前で友人3名を殺されたんだとか」
嫌な予感がした。
マリさんがスマホの液晶をこちらに向ける。
――【死亡者3名】の文字の横に、昨日見た狐目、茶髪、大男の写真があった。
だいぶ更新に間があいてしまいました(汗)。
段落の空け方変えました。そっちの方が見やすいかなーと思い(1~2話目更新済み)。
主人公の知り合いに警察官が居るという設定は消去。なんだか書きづらかったので(汗汗)。
更新遅いわ書式変えるわ設定変えるわでどうしようもない作者ですが今後とも生暖かい感じで見守ってください。




